つくろう、島の未来

2019年12月09日 月曜日

岡山県の西南部にある笠岡市は、7つの有人島がある笠岡諸島を有しています。北から高島、白石島、北木島、真鍋島、大飛島と小飛島の2島が総称で呼ばれる飛島(ひしま)、そして最南端にある六島(むしま)。

平成22年の国勢調査では7島あわせて2,166人だった人口は、平成27年には1,625人に減少。人口減少に伴い、産業衰退や学校存続の危機など、多くの課題が存在する笠岡諸島を支える団体や人々を訪ねました。

この連載企画は、内閣府の補助事業として運営されている地方創生『連携・交流ひろば』とリトケイ編集部のタイアップによりお届けいたします。(取材・リトケイ編集部)

笠岡諸島・真鍋島 市職員の個人ブログに綴られた「本気」に惹かれた移住者

市役所、第二市役所が島づくりの旗を振っても、1島1島を支える人がいなくなれば、そこで島と人の物語は途切れてしまう。そのため、海社では副理事長の森本洋子さんを中心に、空き家対策と移住希望者に向けたサポート事業にも力を入れていた。

一方、市の特命組織「島おこし海援隊」では、任務を受けた隊員(市職員)が島で活動をするなか、ブログを開設して活動状況を発信していた。

そして、その動きが島にある一家を呼び込むこととなる。

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北木島から定期船に乗り、南東に向けて約15分で真鍋島に渡る。石積みの堤防に密集した木造家屋が古きよき漁村風景として目に映る。

昼寝をする猫たちを横目に小さな路地に入りこむと、古い建物の隙間に1軒のカフェを見つけ、のれんをくぐった。

真鍋島に引き寄せられた夫婦と子どもたち

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迎えてくれた近藤真一郎さんと民子さんは、2007年に真鍋島へ移住して12年になる。

移住前は地元・神戸で訪問介護の事業所を経営していたという真一郎さん。介護業界に疑問を抱いたことを機に「違うことをしよう」と考え、移住という選択肢を考えはじめていた。

そしてインターネットで情報を探すなか、前述のブログに辿りついた。

当時、近藤家には小学2年生と1歳になる娘がいて、民子さんは第3子を身ごもっていた。真一郎さんの誘いに、民子さんは「小学校の夏休みだったので、遊びに行くのかなと感じていました」と当時を振り返る。

そして一家は日帰りの予定で島へ渡り、話は急展開を迎える。

真鍋島に渡った一家は、ちょうどその日、開催されていた島の祭りに参加することとなった。民子さんは海社の森本さんに「泊まっていきなさい」と言われ、真一郎さんは祭りの打ち上げに参加。翌朝になると、真一郎さんの仕事が決まっていたのだ。

「初めて会ったのに、見ず知らずの家族に『泊まっていきなさい』ということが衝撃でしたが、私は森本さんと夜な夜な話をして、夫はおじさんたちと飲みにいって、一気に話が進んでいました」と民子さん。

真一郎さんは「今思えば仕込まれていたのですけど」と話し、子どもを持つ世帯の移住者を迎え入れたかった市の職員や森本さんの願いに、「まんまと引っかかった」と笑った。

「移住した後はどうなるのか?」ぶつけ合った本気が心をつなぐ

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ただし、真一郎さんと真鍋島の出会いは「甘さ」が引き寄せたものではない。

移住先を探していた真一郎さんは、さまざまな自治体に問い合わせていたところ「よかったらどうぞ」「就農の案内もあります」といった、通り一辺倒な回答をもらうことに疑問を抱いていた。

どうぞと言われるだけで「その先、どうなるのだろう?」と、未来が見えなかったからだ。

その点、笠岡市は異質だった。真一郎さんの目にとまったブログの執筆者は、「島おこし海援隊」の一人として、笠岡諸島で活動していた守屋基範さんだった。守屋さんが個人のブログに綴っていたのは「来る人を選びます」という趣旨の内容。真一郎さんは「応募する側としてハードルの高さを感じる内容でしたが、それが逆に『本気』で受け入れを考えていると感じた」という。

ちなみに、「移住した後」を気にした真一郎さんは現地を訪れる前に、ブログに対して湧いた疑問を「辛口のコメント」として守屋さんに届け、衝突している。しかしその時、互いの意思をぶつけたことで真一郎さんはかえって相手の「本気」を感じ、その「守屋さんに会いたい」と考え家族を誘い、真鍋島へと渡っていた。

漁協の事務を担い10年後に独立

神戸で介護事業を営んでいた真一郎さんは、当初、島で介護の事業所を立ち上げることも考え、森本さんに相談したが「まだ早い」という反応を得て、漁協への就職を選んだ。

経営や財務のノウハウを持っていた真一郎さんは、大型合併したばかりの漁協で事務局を担う。「デスクワークの仕組みが成り立っていなかったので、手書きだったものをオンライン化するなど、合理化を図った10年でした」(真一郎さん)

そして移住から10年が経過したところで漁協から離れ、島の生活で感じてきた課題を解決するビジネスに乗り出した。

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「私たちが移住をした時に、先輩移住者の家族が高齢者向けの配食サービスをされていたのですが、その人たちが島を離れたのでなくなっていました。それでも配食サービスは必要だと森本さんが一人で配色サービスをされていましたが、デイサービスも立ち上げるとなった時に森本さんも配食サービスができなくなり、私たちが配食サービスをすると伝えたら『そこを使ってお弁当をしなさい』と言ってくれました」(民子さん)

民子さんのいう「そこ」は、現在、夫婦が運営する一棟貸しゲストハウスの1階厨房をさす。元は観光案内所として活用される目的で建てられた建物で、長らく配食サービスの厨房となっていた場所だ。

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夫婦はそこで配食サービスを始め、真鍋島だけでなく白石島や六島からの引き合いも受けて1日50食ほどを出していたが、航路の再編により他島への営業が難しくなり、現在は真鍋島だけで1日20食程度に。加えて、デイサービス用の食事として週3〜4回、30食ほど提供している。

そして2018年にカフェをオープン。「こういう拠点を持つと、なかには移住したい人がいて、相談を持ちかけてくる人もいたので、僕らが自由に使えて『泊まっていっていいよ』といえるようになるといいなと思いました」。そして、カフェに併設されるゲストハウスと一棟貸しの宿2軒も開業したふたりは、14年前に一家が真鍋島を訪れた日のような出会いを待つ立場に変わった。

来て欲しいのはプライドを捨て、再出発を図れる人

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今、ふたりが感じている島の課題は「担い手不足」だ。

20〜40代の働き手はほぼおらず、44歳になる民子さんが主婦層では最年少。今年4月には郵便配達の担い手が不在となったため、民子さんは午前中の郵便配達を担い、午後は森本さんが担当しているという。「森本さんは『なんでもやるしかない』という感じなので、私はそれについていきますという感じです」と民子さんは語る。

14年の間に4人の子どもたちが真鍋島で育った。子どもたちは映画『瀬戸内少年野球団』のロケ地となった木造校舎の小中学校に通い、島中の大人が子どもを気にかけてくれた。

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幼児から中学生までの期間、4人の子どもたちと島で過ごせたことは良かった。高校生になれば島から通わせるしかないため、民子さんは「移住したものの、毎日通っていく姿を見た時に移住してよかったのかなと不安が大きくなった」と正直な母親の想いを語ってくれた。

このまま子どもたちが減っていけば、小中学校は陸地側に統廃合されてしまう可能性がある。ただ、他地域を見回せば、インターネットを介した多様な教育環境が増え、仕事を持って地方へ移動するリモートワーカーも増えている。

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「経済的な心配はあまりないのですが、生活基盤としてこの島がどうなっていくのだろうという心配はあります。子どもが卒業して、学校が廃校になると、郵便局などの生活インフラもなくなってしまうかもしれない」と話す真一郎さんに、12年前のブログに書かれていたよう「来る人を選ぶ」としたら、どのような人を望むか聞いてみた。

「プライドを捨ててこれる方が良いと思います。都会でしてきたことをここでもやって生きていこうとすると、来る人も島もいいことにならないように思います。自分や家族含め、ここで新しく出発するぞという気持ちを持っているかどうかが、一番大きいかなと思います」(真一郎さん)。

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>> vol.01 笠岡諸島・六島
「麦作りを復活させ、クラフトビールを醸造。島を未来につなぐ若者」に続く

特集記事 目次

島×地方創生「ない」から生まれる創造力の「ある」島へ

ある人は、島の暮らしを「東京の真逆」と言いました。
お店、公共サービス、交通機関、学校、病院、介護施設など、どれもが少ない(あるいは無い)島の暮らしは、確かに、真逆と言えるでしょう。しかし、島には「ない」から生まれる動きがあり、その動きをつくる「人」がいます。島には、多くの都市で見られなくなったものがあり、雄大な自然に、人と人が助け合う暮らし、創造的な地域づくりなど、島だから「ある」ものがあります。この連載企画は内閣府の補助事業として運営されている地方創生『連携・交流ひろば』とリトケイ編集部のタイアップによりお届けいたします。


地方創生とは、日本の視点でいえば、「人口の東京一極集中の是正」であり、島の視点に立てば「戻っておいで」「移り住んでおいで」を後押しする動き。内閣府の補助事業として運営しているウェブサイト「地方創生『連携・交流ひろば』」では、全国の地方創生に関心ある人がつながるきっかけとなる情報や、地域づくりのノウハウ、専門家と意見交換ができる交流掲示板などを提供。「島に移り住みたい人」も「移住定住者を増やしたい島」にとっても有益な情報が集まっています。

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