長崎市内から西に約100キロメートル。福江島を中心に11の有人島と52の無人島で構成される五島市は、2019年の転入者が転出者を上回り、「社会増」に転じたことで注目を集めています。人口は3万6,696人(2019年12月末現在。住民基本台帳)。多くの移住定住者が集い、関係人口として期待される「仕事をすること」「暮らすこと」を目的にした来島者が増加している五島市の動きを紹介します。
この連載企画は、内閣府の補助事業として運営されている地方創生『連携・交流ひろば』とリトケイ編集部のタイアップによりお届けいたします。(取材・リトケイ編集部)
「社会増」に転じた五島市で何が起こっているのか
2020年1月8日、五島列島南部の離島自治体の人口が「社会増に転じた」ことが報じられ、注目を集めた。3万6,696人(2019年12月末現在。住民基本台帳)が暮らす五島市の社会増(転入者数が転出者数を上回る状態)は、同地域の人口がピークだったとされる1955年以降で初めてと推測される。
五島市は、福江島を中心に11の有人島と52の無人島で構成される離島自治体である。長崎市から西に約100キロメートル。空路なら福岡空港や長崎空港からわずか約40〜50分、長崎市内や福岡市内などとつながるフェリーや高速船も定期運行している。
空の玄関口・五島つばき空港
東シナ海の豊かな漁場に面した五島列島は釣り人の聖地として知られ、2018年にはキリスト教の禁教時代に、ひそかに信仰を伝え続けてきた人々の歴史を物語る教会群などが「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」として、ユネスコ世界文化遺産に登録された。
そんな釣りや観光を目的にやってくる来島者は存在していたが、地方創生の文脈で特筆すべきは、近年、「仕事をすること」「暮らすこと」を目的にした来島者が増加し、社会増を実現していることだろう。
五島市で何が起きているのか。島を訪ね、その背景を探った。
「あえて、真冬の五島」を訪ねる都会のビジネスパーソン
富江地区にある私設図書館「さんごさん」(撮影:廣瀬健司)
「さんごさん」と名付けられたこの施設は、かつては珊瑚漁で隆盛を極めた港町で30年ほど空き家になっていた古民家を活用するべく、東京の広告代理店に勤めるメンバーらがクラウドファンディングで資金を募り、2016年に小さな図書館として生まれ変わらせた場所だ。
日暮れとともに続々と人が集まり、テーブルには各自が持ち寄る惣菜やお刺身、お菓子などが並べられると、持ち寄った飲み物で乾杯し、あちらこちらで会話がスタートした。その人数は時間を追うごとに増え、最終的には40人を超える人が会話を楽しんでいた。
「さんごさん」で開かれたポットラックパーティの様子
この会は「ポットラックパーティ」と呼ばれ、五島市が2020年1月16日から1ヶ月間実施する地域課題解決型ワーケーション(真冬の五島で“ほとんど娯楽のない場所でどのようにワーケーションを楽しむか”)企画「五島ワーケーション・チャレンジ」の一環で開かれた交流会である。
「ポットラック(potluck)」の意味は「あり合わせの料理」。五島市の移住者らが自主的に開いていた持ち寄り会の名称と運営スタイルを、都会から島にやってくる人々と地元住民との交流の場として五島市の担当者が採用。同企画を担当する五島市地域振興部地域協働課・課長の庄司透さんに話を聞いた。
五島市では2019年5月に、都市在住のビジネスパーソンを五島に招き入れ、ワーケーションを行う「リモートワーク実証実験」が開かれていた。
主催は、ミレニアル世代のビジネスパーソンを主要ターゲットに、ビジネスニュースの配信を行うBusiness Insider Japan。
東京から1,240キロメートル離れた五島で、リモートワークを行うという企画を、五島市は後援し、会場手配や、子連れの参加者が市内の小学校や保育園を利用できるようコーディネートしたほか、金銭的な出費として特別ゲスト3名分の旅費を支援した。
ビジネスインサイダーを通じて参加者の募集が開始されると、定員の5倍が応募。約50名のビジネスパーソンが来島し、市内のホテルやコワーキング施設、カフェなどを仕事場にしながら滞在した。
リモートワーカーが集う「SERENDIP HOTEL GOTO」
「最初は『リモートワーク』と言われてもピンとこなかったが、五島市の新たな可能性を信じて、実証実験の場所として受け入れることを決めました」と話す庄司さんは、多くの人が自費で島にやってきた事実にまず驚いた。
参加者のプロフィールは、編集者、ウェブマーケター、ITエンジニア、引越し業者等で、多くが近年、増えつつある「インターネット環境とパソコンさえあれば、場所を問わず仕事ができる人々」だった。
「SERENDIP HOTEL GOTO」にはキッズスペースやランドリーも完備される
さらに庄司さんを驚かせたのは、実証実験への参加をきっかけに、島のリピーターとなり、わずか半年の間に五島市での創業にいたった人が6人も現れたことだった。
この潮流を掴むべく、五島市は独自企画として地域課題解決型ワーケーション企画を立案。民間事業者に運営を委託し、同年11月に「五島ワーケーション・チャレンジ」の募集をスタートさせた。
開催時期は五島市にとって観光業の閑散期にあたる真冬。
企画テーマには“ほとんど娯楽がない場所でどのようにワーケーションを楽しむか”を据え、「あえて、真冬の五島であいましょう」というメッセージとともに、参加者の募集が行われた。
「五島ワーケーション・チャレンジ」では、高速インターネットを配備したワークスペースがある市内のホテル「SERENDIP HOTEL GOTO(セレンディップ ホテル ゴトウ)」がメインの滞在拠点となり、市内複数箇所のカフェなどと連携し、参加者が仕事を行える場所も確保された。
五島ワーケーション・チャレンジの参加者にはグッズやタクシーチケットが手渡される
子連れの参加者には小学校や保育園の利用が案内され、ポットラックパーティや、駅伝、地元消防団との飲み会、お祭りなど、地元住民と「交流」できるイベントも多数開かれた。
開催期間は1月16日から1ヶ月間。1名あたり3泊4日以上9泊10日以内で申し込みを受け付けると、予定した50名の定員枠は埋まり、そのうち約2割はリモートワーク実証実験にも参加したリピーターだった。
有人国境離島法の支援制度を活用した雇用拡大が転出を防ぐ
リモートワーク実証実験に参加し、ワーケーション・チャレンジにもリピート参加した大久保貴之さんは、ウェブマーケターとして働いている。
主なクライアントは首都圏の広告代理店だが、場所を選ばずにできる仕事のため、ビジネスインサイダーの募集告知を見かけた時に、「こんな機会でもないと来ることはない」と思い応募した。
パソコンに向かい日常業務にあたるウェブマーケターの大久保さん
大久保さんは5月のポットラックで出会った地元企業との協業を展望し、五島市に法人を設立。ウェブマーケターのスキルを活かした地場産品のマーケティング等を実施する予定だ。
大久保さんが立ち上げた法人では地元人材の雇用も念頭に置いているが、そこでは2017年に創設された「特定有人国境離島地域社会維持推進交付金」も活用される。
五島市が社会増に転じた要因には、2016年4月に成立した「有人国境離島地域の保全及び特定有人国境離島地域に係る地域社会の維持に関する特別措置法(通称:有人国境離島法)」の存在も大きい。
交通や流通にかかるコストが高い離島地域では、都市と比べた条件不利性が産業振興の壁となり、転出者を増やす要因になってきたため、五島市をはじめ日本の国境に接する離島地域の社会が維持されるよう、2017年4月に有人国境離島法が施行された。
同法の交付金を活用する五島市では、2017年4月から2019年10月までに計348人(うち島外から109人)の新規雇用が生まれ、転出者の抑制につながっている。
都市から田舎暮らしを検討する人の中には、移住先での創業を考える人も少なくない。その際、「創業支援のメニューとして有人国境離島法が活用できることは大きいですね」と庄司さんは語る。
>>vol.3 五島市 福江島
<2>LINE、Slack、テレビ会議など柔軟なコミュニケーションを図る五島市に続く