つくろう、島の未来

2020年01月21日 火曜日

有人離島を擁する都道県のうち、離島に暮らす人の数が最も多い鹿児島県では、島を支える地域おこし団体が、自立的・安定的に活動を継続できるよう支援すべく、2016年度より離島地域おこし団体事業化推進事業を実施している。この流れから2019年に鹿児島離島を支える当事者らが主導する「鹿児島離島文化経済圏(リトラボ)」がスタート。9月に実施された合宿型フィールドワーク「種子島トレセン」(詳しくは#04)に続き、10月16日に行われた「硫黄島トレセン」を取材した。

(写真・鹿児島離島文化経済圏 文・さわだ悠伊)

三島村で問う、お金が介在しない豊かさ

続いてリバースのメンバーが前方に集まり、チームの紹介と彼らが目指す三島村のビジョンについて話し始めた。

リバースは、まだ結成まもないチームだ。三島村の3島はこれまで島民同士の深い交流はなく、それぞれが独自に活動してきたが、移住を受け入れたい地域と移住希望者がプレゼンを行い、地域が移住希望者を指名する「南九州移住ドラフト会議2019」への参加を機にチームを結成。

硫黄島トレセンが決まってからは、何度も打ち合わせを重ねてきたという。

硫黄島トレセン13

リバースのメンバーは、三島村のビジョンとして「まず自分たちが楽しむこと」「美しい島を後世に残すこと」「そこそこ稼ぐこと」の3項目を挙げた。

ここで山下さんがすかさず反論する。「『そこそこ』という表現は腑に落ちない。稼げない自分への言い訳に聞こえてしまう。稼ぐことは、決して悪いことではありません。いくらではなく、いかに稼ぐかが大事なのではないか。そして、稼いだお金を地域でどんな風に使うかが問われてる」

甑島にUターンし、農業から始めて現在は宿、カフェ、豆腐屋などの経営や特産品の商品開発など事業の幅を広げてきた山下さんは、自身の経験を交えながら厳しい表情でリバースのメンバーに問いかける。

リバースのメンバーは、山崎さん以外は全員Iターンである。島に魅了されて移住した人もいれば、家族との時間を削って激務をこなす毎日に疑問を感じて移住した人もいる。「そこそこ」という表現は、「仕事に追われることなく暮らしたい」という気持ちの表れなのかもしれない。

子どもたちが帰ってきたくなる島にしたい

稼ぐ目的について、大岩根さんが口を開いた。「稼いだお金は山のゴミをなくすことに使いたい。でも、移住して『生きていくのに必要なのは、お金ではなく食べ物だ』ということを実感したのも事実。硫黄島ではお金以外のものが物々交換のように行き交い、みんな楽しそうに暮らしている。そんな、お金が介在しない豊かさもあるんだということを知ってもらいたいという思いもある」。

続いて山崎さんが話し始める。「先日の会議で、『自分の子どもの世代が帰ってきたくなる島にしたい』という話が出た。自分が島に帰ったのも『竹島を変えたい』というより、自分に子どもが生まれたことで、我が子が大人になったときに島の人口が減って帰る場所がなくなるのは嫌だと思うようになったから」と、Uターンのいきさつを話した。

すると、参加メンバーから「子どもたちが帰ってきたくなる島とは、具体的にどういう状態を指すのか。目的を達成するためにはまず明確なビジョンが必要なのでは?」「稼いだお金の使い道は?」などの質問が相次いだ。

「島で何かに挑戦したいという人がいればサポートしたい。そのためにはノウハウも資金も必要だが、チームで協力して三島村を『前向きに何かをがんばれる場所』にしたい」と山崎さんは話す。さらに、「移住や定住だけではなく、まずは島出身者が祭事や休暇の際に帰省したくなるような島になれれば」と続けた。

ここで黒島はUターン者が多いという話題が出る。黒島在住の藤原さんは「黒島の人は、よい人間関係を築けそうだなと思わせる、『かかわりしろ』のようなものを作るのが上手。島を離れた人も受け入れてくれる『余白』があるのかも」と話す。

白熱した議論が展開するうちに時刻は23時を回り、ワークショップの感想を言い合う「チェックアウト」が行われた。

参加メンバーから「コンセプトを考え抜く大切さを実感した。今日出た課題をチームで深堀りしていくべき」「小さい組織だからこそできることがある。個人・社会・組織の関係性を問われているように思う」といった意見が寄せられた。

それを受けて、リバースのメンバーは「メンバー間で話しているだけでは決して出てこなかったキーワードを得られたのは大きな収穫」と述べた。

異なる島の住人で結成されているチームゆえに、ビジョンが曖昧だといずれ方向性を見失う。厳しい意見が飛び交うことで、今リバースに必要なのは「自分たちは何者で、どうありたいのか。そしてこれから三島村をどうしていきたいのか」というビジョンを明確にすることだと痛感したようだ。

チェックアウト終了後は解散となったが、ほとんどの参加メンバーは会場に残り、明け方近くまで話し込んでいた。

硫黄島の2つの「顔」を見学

朝8時30分。朝食を終えた一行は、大岩根さんの案内で鬼界カルデラのカルデラ壁を一望できるスポットや赤茶色の港内を望む「恋人岬」と「岬橋」を見物。

硫黄島トレセン14

そして最後に大岩根さんが「皆に見てもらいたい所がある」と山手に車を走らせた。

硫黄島トレセン15

案内されたのは観光客が立ち寄ることのない、野ざらしの山。目の前には畜産用の飼料が入っていたと思しき紙袋などが散乱している。そして少し離れた山の斜面には目を疑う光景が広がっていた。

硫黄島トレセン16

斜面にはゴミが大量に投棄されている。ワラなど土に還るものもあるが、プラスチックや金属のゴミも見受けられる。

ここは公的なゴミ収集場ではなく、昔から島の住人たちが暗黙の了解でゴミ捨て場として利用しているらしい。もちろん多くの島民は正規の場所にゴミを捨てているが、いまだにここにゴミを投棄している人もいるとのこと。

硫黄島の美しい自然環境を守るためには、ここは看過できない場所だと大岩根さんは考えている。これまで終始笑顔を見せてきた一行も、硫黄島のもう一つの顔を前に厳しい表情を見せる。

硫黄島トレセン17

ゴミ捨て場を後にした一行は、港へ直行し、船へと乗り込んだ。硫黄島では、フェリーの出入港の際に必ず島民がジャンベの演奏をしてくれる。一行も島の老若男女が楽しそうに演奏する姿をいつまでも見つめていた。

言い訳している時間はない。島の未来に向かう一歩を踏み出す

船が鹿児島港に近づくころ、最後のチェックアウトが行われた。参加メンバーらは、「5泊したのではないかと思うほど濃密で充実した時間を過ごせた」と非常に満足した様子。

一方、「ワークショップで出た意見は、自分自身にも問いかけながら仕事に生かしていきたい」と自らに置き換えて考えた人も。

リバースのメンバーは、やはりワークショップに刺激を受けたようで、山崎さんは「提供する側のはずが、たくさんのものをいただいた。皆さんから受け取った課題について早くメンバーと話したい。そしてそれをスピーディーに行動につなげたい」と話した。

そして、昨夜シビアな意見を述べた山下さんは、「人は言い訳をすると、成長できない」と前置いた上で、「私たちには言い訳している時間はない。常に最前線に立って、したいことを実現していく覚悟を持ってほしい。それが、島の未来を背負うということ。親のそんな姿を見ていれば、子どもにも必ずその思いは伝わるはず」とリバースのメンバーを鼓舞し、硫黄島トレセンは幕を閉じた。

硫黄島トレセン18

リトラボという船の乗組員の仲間意識が、今回のトレセンで高まったのは間違いない。帰りの船内では、早くも12月に鹿児島市で開催予定のイベントに三島村が出店する話で盛り上がっていた。出店に際し、物や場所を提供すると申し出る企業の経営者メンバーもいる。トレセンを通じてお互いが本音で向き合うからこそ、支援する側と支援される側といった垣根を超えていく瞬間を目の当たりにして、新しい鹿児島離島の可能性を見た気がする。

リトラボ2回目のトレセンは参加メンバーとホスト側、双方にとって今後のモチベーションを上げる契機になったようだ。一同の高揚した様子を見て、これは終わりではなく始まりなのだと確信した。

トレセン終了後、リバースのメンバーは今回のワークショップで得た課題について考え始めたようだ。後日、大岩根さんは「三島村・鬼界カルデラジオパーク」のブログで「硫黄島を学びの場にしたい」と書いている。それは、自身が移住したときから持っていた思いだ、とも。

ここにしかない自然やお金では買えない豊かな暮らしは三島村の財産であり、観光資源でもある。それを「学び」としてどのようにパッケージしていくのか。三島村のこれからの動向は、リトラボの今後の展開にも大きな影響を与えるだろう。

「島は海によって隔絶されているのか、それとも世界とつながっているのか」と山下さんは問う。そのカギを握るのは、当事者である島民の「覚悟」と居住地を超えた人と人とのつながりなのかもしれない。

硫黄島トレセン19

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鹿児島離島文化経済圏(PR)
有人離島を擁する都道県のうち、離島に暮らす人の数が最も多い鹿児島県では、島を支える地域おこし団体が、自立的・安定的に活動を継続できるよう支援すべく、2016年度より離島地域おこし団体事業化推進事業を実施。この流れから新たに生まれたプロジェクト「鹿児島離島文化経済圏(リトラボ)」の動きをレポートする。

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