つくろう、島の未来

2019年11月13日 水曜日

有人離島を擁する都道県のうち、離島に暮らす人の数が最も多い鹿児島県では、島を支える地域おこし団体が、自立的・安定的に活動を継続できるよう支援すべく、2016年度より離島地域おこし団体事業化推進事業を実施している。この流れから2019年に鹿児島離島を支える当事者らが主導する「鹿児島離島文化経済圏(リトラボ)」(離島地域おこし団体連携支援事業)がスタート。9月18日に種子島で行われた合宿型フィールドワーク「種子島トレセン」をレポートする。

(写真・鹿児島離島文化圏 文・鯨本あつこ)

島を支える当事者とともに、いざ「種子島トレセン」へ

9月18日、鹿児島港南埠頭を訪れると、7月31日に開催されたセイルミーティング(詳しくは #01 #02 #03 )で見かけた顔ぶれが揃っていた。ここから高速船で1時間半、一行は種子島に向かう。

今回、種子島(たねがしま)で行われる合宿型フィールドワークは「トレセン」と呼ばれている。正式名称は「地域創生トレーニングセンター」。キリンホールディングスがCSV活動として実施しているプログラムだ(※)。

(※)キリンホールディングスがCSV活動として実施する、地域の価値を生み出すリーダーやプロデューサーの連携を図り、地域創生を目指すフィールドワークプログラム。山下さんは2期から参加し、各地のプロデューサーと連携を図ってきた

トレセンがリトラボのフィールドワークに採用された理由は、鹿児島離島で地域を支える当事者であり、リトラボ運営者でもある甑島(こしきじま)の山下賢太さん自身が、トレセン受講生だったことにある。

日頃は甑島で活動する山下さんだが、トレセンに参加したことで全国各地で地域の価値を生み出すリーダーやプロデューサーに出会い、地域づくりのノウハウと「同士」と呼べる仲間を得てきた。

リトラボというプラットフォームが「思いのある有志の人たちが集まりつづける熱量の高いチーム」として機能するよう、山下さんは自らの好経験を生かし、キリンホールディングスに協力を仰ぎ、スキームを導入したのだ。

種子島トレセンはどのように進展するのか。噴煙をあげる桜島を眺めながら一路、種子島を目指した。

1泊2日のプログラムは種子島の受け入れチームが企画

種子島の西之表港に到着すると、種子島で活動する上妻昇志さんと内野康平さんが、参加メンバーの到着を待ち構えていた。バスに乗り込み、まちかどインフォメーションセンターに移動。

まずは、参加メンバーの自己紹介を行い、1泊2日の工程が案内された。

種子島トレセンの参加費は自己負担。にもかかわらず、屋久島(やくしま)や甑島、奄美大島(あまみおおしま)、硫黄島(いおうじま)、鹿児島本土から15名が集い、トレセンの運営手法を提供したキリン担当者や、山下さんと同じくトレセンの受講経験者でもある地域プロデューサーなどがご意見番としてボランティア参加していた。

移動コストの高い離島地域でのフィールドワークや研修では、交通費や参加費が補助されるものある。「交通費・参加費は実費」で参加者を募ることは簡単ではないが、向上心の高い参加者に絞られるメリットがある。

リトラボという取り組みが「思いのある有志の人たちが集まりつづける熱量の高いチーム」を目指すなら、「交通費・参加費は実費」は有効。実際、参加メンバーの表情からは「学びたい」「繋がりたい」という意欲が感じられた。

種子島トレセンは、受け入れ地域がホスト役となり、ツアーを企画運営するという。

ホスト役は、今年5月に西之表市で開業した「コネクト」をプロデュースする上妻昇志さんと、広島、福岡、種子島を拠点に活動する一級建築士の内野康平さん、西之表市の地域おこし協力隊でありヨガスタジオをオープンさせたばかりという川越麗子さんの3人。

上妻昇志さん。熊本出身で2年前に種子島へ移住。SUPや釣りなどアウトドアを中心に種子島の「遊びづくり」を考え、現在は2019年5月に開業した「コネクト」のプロデューサーとして活動中 内野康平さん。種子島生まれ、博多育ち。広島、福岡、種子島が拠点。一級建築士事務所 studio KANRO代表。泊まれる植物館あずまやを開業。SYO|YAプロジェクトなど進行中 川越麗子さん。西之表市地域おこし協力隊として活動する傍ら、インド政府公認ヨガインストラクターとしてヨガスタジオLOTUS BEACHを開業

3人が作成したという種子島トレセンのしおりが参加メンバーに手渡され、一行はバスに乗り込み、ひとつめの訪問先「住吉窯」へ向かった。

種子島で生まれる「もの」の背景を見学

「種子島焼」と呼ばれる種子島伝統の焼き物をつくる住吉窯は、ホスト役の内野さんが再生したゲストハウス「あずまや」に施すキッチンタイルの製作を依頼した窯元だ。

ハイビスカスやバナナの木が生い茂る小道を登った先で、住吉窯の山本達也さんが一行を出迎えてくれた。

住吉窯は、一度は種子島で消滅していた種子島焼を再生した先代の窯を、山本さんの父が受け継ぎ、さらに山本さんが継いで今に至っている。

山本さんが種子島焼の概要を説明すると、参加メンバーから質問が投げかけられた。

山本さんは内野さんの依頼で「あずまや」のキッチンタイルを製作しているが、それまで内野さんと親交があったわけでもない。

参加メンバーに「依頼を断らなかった理由は?」と尋ねられた山本さんは、「面白そうだったのと、もともと『あずまや』の家主を知っていて、あそこが空き家になるのがもったいないと思っていたから」と真相を打ち明けた。

「あずまや」はもともと、家主である島の植物博士が、種子島の固有種や絶滅危惧種を集めた庭をつくっていたことで「植物園」として近隣に知られた場所だった。

内野さんは母親と「あずまや」の家主が友人だった縁から、物件を借受けることになったが、「あずまや」と同じ住吉地区で生まれ育った山本さんにとって、その場所はふるさとの一部。

そこに「種子島のものを使って宿をつくりたい」と持ちかけた内野さんの構想と、「自分にできることはやりたい」という山本さんの想いとつながり、種子島焼のキッチンタイルが完成したというわけだ。

では、その「あずまや」はどのような場所なのか。住吉窯を後にした参加メンバーは「あずまや」へ移動した。

種子島の「もの」でリノベされた「あずまや」へ

海岸線から山手に曲がり、小高い丘を登った小さな集落に「あずまや」はあった。

「植物園」と呼ばれる庭では、カノコユリやシマオオタニワタリなど、めずらしい植物が風に揺られている。そんな庭を抜け、「あずまや」の玄関を入った参加メンバーは、感嘆の声をもらす。

何もしなければ空き家として朽ちていたかもしれないという家が、心地よい空間にリノベーションされていたからだ。

内野さんは「あずまや」を10年限定で家主から借りている(詳しくはレポート#02へ)。理由は島外で暮らす家主が定年退職後に島へ戻ってくるため。

内野さんは家主が「10年後に帰って来たくなる空間」をつくるためにはどうしたらいいかと考え、自転車が趣味という家主のために、土間のあるリビングを設計。

大量にあった荷物は廃棄せずに屋根裏部屋をつくって収納し、「帰ってきたときに(屋根裏から)下ろせばいい」状態をつくっていた。

小さな空き家をゲストハウスに生まれ変わらせる構想を、あらかじめ近隣住民に伝える住民説明会も行っていたという内野さんに、参加メンバーが「住民説明会を開くのは義務じゃないよね」と意見すると、「義務はないが、母親のつながりであり失敗はできない。案の定、近隣から何をやるのか不安視する声はあったから」と内野さん。

近隣に理解してもらえたポイントとして「10年後に家主が帰ってくること」や「現在の耐震基準にあうように補強すること」などの例を共有した。

内野さんは稼働3割を見込んで「あずまや」をオープンしたが、地元住民向けに親戚が帰ってきた時に泊まれる地元価格も設定するなどした結果、稼働6割で運営できているという。

実際の「あずまや」を体感し、ビジネスモデルを聞いた参加メンバーからは、「こんな家だったらワクワクする」「(10年限定で借りるという)そういうパターン良いよね」という声が聞こえてきた。

#05に続く

特集記事 目次

鹿児島離島文化経済圏(PR)
有人離島を擁する都道県のうち、離島に暮らす人の数が最も多い鹿児島県では、島を支える地域おこし団体が、自立的・安定的に活動を継続できるよう支援すべく、2016年度より離島地域おこし団体事業化推進事業を実施。この流れから新たに生まれたプロジェクト「鹿児島離島文化経済圏(リトラボ)」の動きをレポートする。

ritokei特集