2019年7月吉日、鹿児島で新たなプロジェクトが旗をあげた。名前は「鹿児島離島文化経済圏(リトラボ)」。有人離島を擁する都道県のうち、離島に暮らす人の数が最も多い鹿児島県では、島を支える地域おこし団体が、自立的・安定的に活動を継続できるよう支援すべく、2016年度より離島地域おこし団体事業化推進事業を実施している。この流れから新たに生まれたプロジェクトがいかなる動きを見せるのか、レポートする。
(写真・鹿児島離島文化経済圏 文・鯨本あつこ)
「島で生きる人」が日本一多い鹿児島が推めるにぎわいづくり
鹿児島市内を訪れると、まるで地球が呼吸しているかのように桜島が噴煙をあげていた。鹿児島県には、雄大な自然を感じる都市を中心に約160万人が暮らしているが、そのうちの1割が「島」に暮らしていることはあまり知られていない。
鹿児島県は北と南の端も島である。北端は長島町の獅子島(ししじま)で、南端は奄美群島の与論島(よろんじま)。その距離は600キロメートルに及ぶ。
人が暮らす島は約31島。人口規模の順では、奄美大島(約6万人)、種子島(約2万8000人)、徳之島(約2万2000人)、沖永良部島(約1万2000人)、屋久島(約1万2000人)と並び、60人~150人規模の7島で構成されるトカラ列島の十島村や、3島で構成される三島村など、その個性は実に多様である。
「島で生きる人」が日本一多い鹿児島県では、2016年より離島地域おこし団体事業化推進事業に取り組む。その目的は、鹿児島の「島」を支える地域おこし団体が、自立的・安定的に活動を継続することができるよう、「事業計画の作成」や「商品開発」「販路拡大」「ビジネスパートナー探し」「生産体制の確立」などを個別的・総合的に支援すること。
2019年からは離島地域おこし団体連携支援事業として、これまでの経緯をベースに、離島地域おこし団体同士の連携を図り、「鹿児島県の離島」としてのにぎわいづくりを展望。
2019年度の事業運営者には、自らも離島地域おこし団体の当事者である、上甑島(かみこしきじま|薩摩川内市)の東シナ海の小さな島ブランド株式会社が選ばれ、7月下旬にキックオフイベント事業が開催された。
いかにして「島に生きる人」がつながり、にぎわいを醸成していくのか、同事業をレポートをする。
鹿児島の島を支える人が集結「セイルミーティング」
7月31日、鹿児島市のクリエイティブ産業創出拠点施設「mark MEIZAN(マークメイザン)」に、鹿児島県内の「島」から人々が集まってきた。
会場に入る面々の表情は明るく、面識のある島人は挨拶を交わし、席に着く。
中心世代は30~40代と見られ、乳幼児を抱いたお母さんの姿もちらほら。80席超の椅子がすべて埋まったところで、彼らが目的とする「セイルミーティング」がスタートした。
「セイル」とは船の「帆」である。このイベントは離島地域おこし団体連携支援事業のキックオフだが、それをあえて「船の出航」にかけて「セイルミーティング」と名付けたのは、今年、事業運営者の山下賢太さんだ。
遡ること7月8日、セイルミーティングの告知がFacebookページに投稿されていた。
そこには、「令和元年、新しい時代のはじまりに鹿児島離島の人々と地域をつないで、新たな価値を創造するコミュニティ『鹿児島離島文化経済圏=リトラボ』を設立します」というメッセージとともに、「離島出身者・会社員・企業団体・学生・自治体、一緒に鹿児島の離島を盛り上げてくださる皆様のご参加をお待ちしております」と呼びかけられていた。
県事業としては異端とも感じられるが、今現在、この会場に集まっているのは、このメッセージに呼応した人々だ。
参加費は無料だが、交通費は実費。日帰りのできない島から来た参加者は宿泊も伴うため、決して安くない金額を自己負担している。
それでもここに駆けつけた人の眼差しは熱く、じわじわと会場の熱気が高まるなか、山下さんがマイクを握った。
上甑島で生まれ育った山下さんは10年前に島へUターンした人だ。
進学のために島を離れた山下さんは、ふるさとに帰郷したある日、大好きだった風景が開発により崩されていたことに危機感を覚え、島の原風景を守ることを決心。東シナ海の小さな島ブランド株式会社を立ち上げ、島で途絶えかけていた米作りを復活させ、集落に新たな豆腐屋をつくるうち、その志に共感した仲間を島内外で集めてきた。
豆腐屋、宿泊施設、アンテナショップなど、多数の事業の動かす中心人物として、島で生きる二児の父として、地域づくりの実践者として、最近では国の会議にも出席するようになった山下さんは、甑島だけでなく鹿児島離島全体の未来を展望し、離島地域おこし団体連携支援事業に応募。「鹿児島離島文化経済圏(リトラボ)」を企画した。
山下さんはセイルミーティングの冒頭、150年前の鹿児島で起こった明治維新のはじまりを例に挙げた。
「150年前の明治維新。日本は鎖国の時代にありました。人々が海を自由に行き来できなかった時代に、鹿児島からは19名の侍を乗せた船がイギリスに密航し、明治維新の立役者となったといわれています。いま、私たち一人ひとりが島に暮らしながら、何を背負って生きていかなければならないのか? 鹿児島の島と島、人と人、本土と島とを、つなぎ直し、新しい時代に帆をかかげましょう」
都市部に比べると、離島地域には地理的な隔絶性があり、明るく語りづらい歴史の爪痕が残る島も存在する。
こうした背景から、鹿児島県内の31島のうち、本土と架橋されない有人26島では、全国の255島が対象となる離島振興法と、奄美群島8島が対象となる奄美群島振興開発特別措置法のもと、さまざまな振興施策や支援策が展開されている。
鹿児島離島の地域を興す「同士」が主体的に展開
リトラボも県の支援事業だが、山下さんは参加者にあえて「この場では、『支援する側』『支援される側』ではなく、みんなと一緒になって価値をつくっていく同志になってほしい」と呼びかける。その心は「みんなでリソースを出し合って、よりよい未来に向かっていく」ためだ。
山下さんが描くリトラボは団体ではなく「思いのある有志の人たちが集まりつづける熱量の高いチーム」と言い、出入りは自由。つまり、この場に来ることができなかった「鹿児島の島々で生きる人」にも、門戸が開かれているのだ。
この事業で追い求めるのは「鹿児島離島の地域おこし団体同士が互いにつながり、連携を図る状態」である。
その対象団体の当事者でもある山下さんは、その絵を実現するべく、山下さんが自ら地域づくりのノウハウを学んできた、「地域創生トレーニングセンター(以下、トレセン)」(※)のスキームをリトラボに採用。2019年度中に、鹿児島県内の2島でフィールドワークを開催する。
(※)キリンホールディングスがCSV活動として実施する、地域の価値を生み出すリーダーやプロデューサーの連携を図り、地域創生を目指すフィールドワークプログラム。山下さんは2期から参加し、各地のプロデューサーと連携を図ってきた
さらに、鹿児島離島の価値を広めるため、本土側の飲食店や小売店、旅行代理店と連携し、島の食材やもの、旅の販売も実施するという。
普段、島に暮らしている一人ひとりは、熱い想いを胸に活動していても、きっかけがなければ海の向こうにいる「同士」に出会うことができない。
しかし、リトラボという船に乗ることで、同士に出会えるかもしれない。参加者の眼差しには、そんな期待が感じられた。
#02では、セイルミーティングの後半に開催されたプレゼンテーションとワークショップを紹介する。