つくろう、島の未来

2022年07月06日 水曜日

つくろう、島の未来

今回の『季刊ritokei』 特集タイトルに掲げた地域共同体の「シマ」とは何か?かつて家族的な集団で暮らしていた人類の祖先は、進化の過程で「他者を含めた共同体(シマ)」をつくり、現代に至ります。ここでゴリラ研究の第一人者であり、屋久島(やくしま|鹿児島県)とのゆかりも深い人類学者の山極壽一さんにお話を伺いました。

「シマ」の響きには「なわばり」や「テリトリー」という意味も重なるだけに、内向きに閉じたイメージもありますが、「シマはそこだけで閉じているわけではありません」と山極さん。島々の可能性にまで広がるお話は、ウェブ版『ritokei』では前編・後編に分けてお伝えします。(制作・ritokei編集部)
※ページ下の「特集記事 目次」より関連記事をご覧いただけます。ぜひ併せてお読みください。

※この記事は『季刊ritokei』38号(2022年5月発行号)掲載記事です。フリーペーパー版は全国の設置ポイントにてご覧いただけます。

>>前回:シマをめぐる島ラジオ あまみエフエムが見た奄美のシマ【特集|つよく やさしく たのしい 地域共同体に学ぶ 島のシマ】はこちら

屋久島の「シマいとこ」にみる創造につながる「接触」の必要

1970年代の中盤あたりから、屋久島には長いこと通ってきました。直径40キロメートルの島の外周に各集落があって、それぞれに数百人が住み、集落ごとに言葉も文化も習慣もずいぶん違う。シマ意識というのか、地域共同体がひとつの文化の単位になっているのです。

昔はバスなどもなかったので、遠方の集落を行き来するのに1〜2泊しなければなりませんでした。そうなると各集落を渡り歩くことになるので、それぞれの集落にいる頼れる相手に、子どもを預けたりしていたそうです。屋久島ではそうした集落を超えて頼れる間柄を「シマ兄弟」や「シマいとこ」といいます。

集落はそこだけで閉じているわけではありません。トビウオ漁など大規模な漁をするために各集落の人が集まってみんなで漁をする習慣も昔からあったと島の方に聞きました。屋久島という島全体で生きていくには、他の集落の顔見知りと協力することが必要なんです。

この例で僕が思い出すのは、2001年にユネスコのパリ総会で行われた「文化的多様性に関する世界宣言」です。その第1条1項目には「自然にとって多様性は重要であると同時に文化にとって多様性は重要である」と書いてあります。これはすごいことだと思う。文化の多様性が自然の多様性にも結びついているのですから。

このことは屋久島にいるとよく分かります。屋久島の気候は東西南北で違いますし、海の流れも雲の動きもまるで違います。島の多様性に準じてそれぞれの集落に多様な文化があり、そこに住民が誇りを持っているのです。

加えてこの宣言の第7条には「創造性というものは複数の文化が接触することによって生まれる」とも書かれています。つまり、地域共同体が持つ固有の文化はひとつで孤立していてはいけない。「シマ兄弟」や「シマいとこ」のように、それぞれの文化が接触し合うことによって新たな未来が開き、人間の新しい発想が生まれ、生活の改善が進むのです。

人類の進化を踏まえると、人類の祖先といわれる人々はかつては家族的な集団で暮らし、森林からサバンナに移ったときに肉食動物から襲われる危機的状況に陥ったため、複数の家族で集まって暮らし始めたんじゃないかと僕は思っています。

そういう狩猟採集民は、なわばり意識を希薄化して土地を共有化します。大体150人ぐらいの男女が集団となり、流動と集散を繰り返す。コモンズ(共有地)を他の集団と共有し、自然が劣化したり獲物が少なくなると、みんなで移動する。これはゴリラも一緒なんですが人間は異なり、農耕牧畜漁業を始めて定住するようになったわけです。そうすると、土地に対する愛着とか執着が次第に強くなり、なわばり意識が強くなってくるのです。

けれど、そこでなわばりを閉じ「集落以外の人は敵だ」と寄せつけないようにするのではなく、交流を通じてなわばり意識を希薄にしていくのは、人間の知恵かと思います。

人間が信頼関係を結べる最大値は「150人」

僕が先ほど「150人」といったのは、ダンバー数と呼ばれる数字でもあります。人間の脳はゴリラの3倍はあるのですが、人間の脳が大きくなった理由が、集団の規模に比例しているという仮説があります。

人間の脳が大きくなりはじめた200万年前は、集団の規模もおそらく30人程でした。およそ20万年前に脳の大きさはストップし、現代人の脳も1,500cc程度なので150人という集団の規模がぴったりというわけです。

僕は150人という数は、人間が信頼関係を結べる仲間の数の最大値だろうと考えています。我々は今、SNSで何十万人もの人たちとつながれるかもしれません。しかし実際に何かトラブルに陥ったときに相談できるソーキャルキャピタル(社会関係資本)とも言える相手は、過去に喜怒哀楽を共にしたことのある人や、身体を共鳴させて付き合っている人たちになるでしょう。いくら通信機器が発達しても、人間が生身の体で付き合える人の数はそう多くありません。ですから、規模の増減はあれども、そういう人たちでつくられている共同体の規模も150人くらいが適当だと思います。

屋久島の隣にある口永良部島(くちのえらぶじま|鹿児島県)は、人口も120人規模なのでちょうどそれくらいですよね。ただ、その規模だと商店がなくなったりするので、僕の知り合いは「島にお店をつくりたい」と話していました。そんな風に、小さな共同体が必要とするものを確保して、集落内に配分できる人がいることは重要ですね。

観光客を受け入れる小さな集落や島に対して、僕はイタリアのアルベルゴ・ディフーゾという観光システムを薦めています。数百人規模の小さな村が「村ごとホテル」として観光客を少人数ずつ迎え入れる仕組みです。ホテルといっても大きな宿泊棟があるわけではなく、ホテルのロビーも村の道。観光客は色々なレストランで村自慢の料理を食べて、村人たちと話をしたり、地域活動に参加しながら数日間滞在します。

屋久島は1993年に世界遺産になり、最初は大型観光が流行りました。観光客がどっと押し寄せ、大規模なホテルが立つと、それまであった旅館はサービスとコストが釣り合わずにつぶれていきました。けれど、そのような状況でも素泊まり民宿は生き残りました。素泊まり民宿ができると、レストランが流行り始め、小さな居酒屋や弁当屋みたいなところに、観光客が来るようになりました。そういう人たちは1週間くらい滞在して帰るので、自然とアルベルゴ・ディフーゾに近い環境が生まれたんです。

大型観光はどうしてもリゾートとなってしまい、なるべく観光客と島の人たちが会わないよう「プライベートを楽しみたい」という人たちに向けたサービスになってしまう。観光はサービスですが、例えばそれが島の人たちと交流しながら島の文化とか自然を学んで持ち帰ってもらえるような教育ツーリズムだったらどうでしょう?観光客は地元のルールに従い、なおかつ参加費を払う形式になり、集落や島の文化が壊れることもありません。

こうした交流で触媒になるのはやはり子どもだと思います。今、都会にいる子どもたちは人工的な環境に暮らしていて、常時移り変わる自然と付き合うことに慣れていません。でも、学校教育では自然について多くのことを学ぶので、子どもたちは自然に関心を持っています。

けれど、都市の子どもたちは公園や庭、学校の校庭でしか自然と出合えないのです。自然との関わりは人間関係にも影響します。自然の強さを感じる場所では、どうしても人と人とで助け合わなければなりません。そこで、自然と人を一生懸命みつめるなかで自分の立場とか生き方を覚える。自然は人を勝手に教育してくれるのです。

>>人類学者の山極壽一さんに聞いたゴリラと屋久島に学ぶシマと島の可能性(後編)【特集|つよく やさしく たのしい 地域共同体に学ぶ 島のシマ】に続く


【お話を伺った人】

山極壽一(やまぎわ・じゅいち)さん
1952年東京生まれ。ゴリラを主たる研究対象に人類の起源を探る霊長類学者・人類学者。2014年10月より京都大学総長、2017年10月より日本学術会議会長などを歴任後、現在は総合地球環境学研究所所長。趣味は野外で採集した食材で料理をつくり、お酒を飲むこと

特集記事 目次

特集|つよく やさしく たのしい 地域共同体に学ぶ 島のシマ

今回の特集は「島のシマ」。 シマ・集落・村落・字・区など、多様な呼び名がある地域共同体(特集内ではシマ・集落・コミュニティなどとも表現します)には、地域の歴史やそこで生きる人々の個性が織り込まれた独自の文化や暮らしが存在しています。

ここでは、暮らしや文化、社会福祉、子育て、教育、防災、産業振興など幅広いテーマで、つよく・やさしく・たのしいシマをつくる人々の動きや、心豊かなシマを保つためのヒントなどをご紹介。

あなたのシマを思い浮かべながら、リトケイと一緒に日本の島をのぞいてみませんか?

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