島の周囲にたくさんの野生のイルカが暮らす東京都の御蔵島(みくらじま|御蔵島村)では、1994年からイルカの個体識別調査が行われています。
しかし、この調査もコロナ禍のあおりを受け、例年通りの実施が危ぶまれていました。
そこで、同調査を行う御蔵島観光協会では、調査費用の支援を求めるクラウドファンディングを実施。4月30日の開始から5日間で、目標の200%を超える支援が集まりました。
御蔵島観光協会で調査研究の窓口を担う小木万布(こぎ・かずのぶ)さんは、クラウドファンディングで調査費用を集めたことについて「他の島でも活かせるかもしれない」と話します。その内容について、話を伺いました。
本企画では、新型コロナウイルス感染症の拡大を受けて苦境に立たされる、島の暮らしや経済を支える動きを【コロナに負けるな!】と題して紹介します。
歴史ある御蔵島の調査研究を支える支援の輪
- リトケイ
-
御蔵島のクラウドファンディングは5日間で200%を超えるたくさんの支援が集まっています。
- 小木
-
4月30日の午後4時にスタートしたので実際、想像していたよりも早く、たくさんの方にご支援いただきました。
- リトケイ
-
支援者の方にはどんな方が多いのでしょうか?
- 小木
-
御蔵島に20年以上通い続けて下さっている人や、まだ行ったことがないけどいつか行ってみたいと仰る人など、幅広いです。
- リトケイ
-
イルカの個体識別調査とはどんなものなのでしょう?
- 小木
-
群れをつくる生き物の個体識別調査は世界中にありますが、名付けを伴う個体識別は今西錦司のニホンザル調査から始まりました。御蔵島では26年間、島の周りに生息しているイルカを調査しています。イルカの個体識別調査は日本だと天草なども有名ですが、御蔵島のように水中映像をつかった個体識別調査を20年以上続けている例は、御蔵島の他はバハマくらいかもしれません。
御蔵島周辺には約140頭のイルカが生息しています(画像提供・御蔵島観光協会)
- リトケイ
-
水中映像以外の個体識別調査とはどう違うんですか?
- 小木
-
普通は背びれの形で個体を識別していますが、それだと雌雄の違いが分からない場合もあり、間違いも起こります。御蔵島では水中観察出来るので雌雄差を直接観察できます。また、体の特徴や傷跡など複数の手掛かりで個体を判別するため、誤識別してしまう可能性も低くできます。特徴的なイルカには、一頭一頭に名前もついています。
- リトケイ
-
今回、コロナ禍で調査研究が難しくなったそうですが、具体的にはどのような障害が発生したのでしょうか?
- 小木
-
この調査は観光客向けのイルカウォッチングを行なっている船長さんに協力いただき、ツアー催行時に調査員も乗船させてもらっていました。コロナの影響で、4月以降は観光客はゼロになり、年間を通じて観光客の見込みも立てられない状況とななったため、例年通りの調査が行えない状態になったんです。
東京・竹芝港から船で約8時間の御蔵島は1島1村の小さな島。約300人が暮らしています(画像提供・御蔵島観光協会)
- リトケイ
-
調査にはどのくらいのお金がかかるのでしょうか?
- 小木
-
1年間の調査費には300万円ほどかかりますが、イルカの調査員として雇っているのが自身の研究を目的にした大学生でボランティアのため、船代や人件費まで払うなら600万円以上かかってしまいます。今年は大学生を島に呼ぶことが難しそうなので、イルカウォッチング船でガイドをしている方々に、映像撮影をしてもらおうと考えています。
- リトケイ
-
そこでクラウドファンディングでお金を集めることができれば、船を出したり、機材や調査員の人件費をまかなえて、研究を止めることなく行えるというわけですね。
- 小木
-
はい。クラウドファンディングを行わなくても研究がまったく途絶えるわけではないのですが、データ量には歴然の差ができてしまいます。毎年、赤ちゃんイルカが10頭ほど確認されるのですが、生まれてくる赤ちゃんイルカたちの記録は今年にしかできません。
御蔵島観光協会で毎年調べている赤ちゃんイルカ情報(画像提供・御蔵島観光協会)
- 小木
-
赤ちゃんイルカを連れているイルカがいたとしても、お友だちイルカがベビーシッターをしていることもあり、それがお母さんイルカとは限らないので、母子関係の特定するためには、研究を継続してデータを積み上げないと分からないんです。
- リトケイ
-
なるほど。そうすると、やはりこの1年のデータは欠かしたくないですね。
- 小木
-
御蔵島には毎年8,000人ほどの観光客がやってきますが、そのほとんどがイルカウォチング目的の方です。データを見ると、3回以上御蔵島に来島されたことがある方だけで半数近くになります。
- リトケイ
-
リピーターがとても多いので、そうした御蔵島のイルカファンが今回の支援者となっているんですね。
- 小木
-
本当にありがたいです。もともと御蔵島を知っていた方も、たまたま今回の件で知った方にも、御蔵島の個体識別調査の結果をしっかり伝えていきたいという決意を新たにしました。
小木万布さんは御蔵島に移住して21年。大学院生としてイルカの調査をしながら御蔵島で暮らし、2004年より御蔵島観光協会で勤務
- リトケイ
-
ところで、小木さんは今回のコロナ禍で調査研究を実施するためにクラウドファンディングを活用されたことが「他の島でも活かせるかもしれない」と感じられたとのこと。どのような点を活かせるとお考えですか?
- 小木
-
はい。調査研究費用をご支援いただくためにクラウドファンディングという手法をとりましたが、この方法は他の島でも採用できるかもしれないと感じました。
たとえば、オーバーツーリズムに悩んでいる島なら、コロナ禍のうちに、お客さんが来なくなった状態の対照データをとることができます。自然環境や島内の人間関係などがどのように変化するのか、貴重なデータをとれるはずです。
- リトケイ
-
確かに。そうしたデータは、島の環境や社会を持続可能にするヒントになるかもしれませんね。
- 小木
-
調査研究を目的にしたクラウドファンディングで資金を集めることができれば、普段は観光業をされている人が調査員を担当するなど、仕事も生まれるかもしれません。そして、それはガイドの力量をあげるトレーニングにもなり得ます。
- リトケイ
-
今回の支援者のなかにはまだ御蔵島を訪れたことのない方人もいるかと思いますが、そうした方へのメッセージはございますか?
- 小木
-
(島内には宿が少ないため)シーズンになると宿の予約が本当に大変なので、まず宿の予約をして、その次に船の予約をしてくださいね。コロナ禍でも島とイルカはなくなりませんので、気長にお待ちしています。
【5月10日追記】御蔵島での新型コロナウィルス罹患者発生について
既にご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、先日島内にて新型コロナウィルス罹患者が発生いたしました。これをうけて、島内での感染拡大を防ぐための行動が最優先されるため、御蔵島観光協会の勤務体制や営業時間も大きく変更となり、今までどおりの対応が難しい状況となってしまいました。
皆様からのご支援により、やっと経済的な目処がついた今年の調査。今後の島内における感染拡大状況次第ではございますが、感染拡大防止に向けた最大限の配慮と対策を織り込んだ体制と方法を検討、精査しながら進めていきたく思っております。
まずは、26年続けてきた調査が今年も行えるよう、引き続き最大限の努力を重ねて参りますので、皆様のご理解賜りたく、何卒よろしくお願い申し上げます。(御蔵島観光協会 小木万布)
【関連サイト】
みくらしま観光案内所(一般社団法人 御蔵島観光協会)
【御蔵島イルカ個体識別調査】継続支援プロジェクト!(CAMPFIRE)