島を愛し、鳥を愛する研究者・千葉県立中央博物館研究員の平田和彦さんによる寄稿連載「しまぐに日本の海鳥」。第4回に続き、島で暮らし繁殖する海鳥たちをおびやかす危機について、平田研究員が考察します。
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島に生きる海鳥たちの危機(前編)
島に生きる海鳥たちの危機(中編)
何万年、何百万年という地球の活動によって育まれてきた、海鳥たちが安心して暮らせる島の環境。ところが、近代以降の100年、200年というわずかな期間に、島は人間の影響を受け、海鳥にとって必ずしも安住の地ではなくなってきています。
変化する島の環境と、そこに暮らす海鳥が抱える危機について、前編・中編に続き紹介します。
人が島に持ち込む外来種
島にもともといなかった動物が人間によって持ち込まれ、野生化することがあります。その理由はさまざまで、ネズミのように人が無意識のうちに船で運んでしまう場合もあれば、ペットや家畜として意図的に持ち込まれたネコやヤギなどが野生化したものもいます。さらに、人にとって有害な生物を駆除する目的で、その天敵となる動物が積極的に放たれることもあります。
しかし、自然界はそう人間の思惑通りにはいきません。導入された動物は数が増えすぎたり、駆除目的とは違った生物を食べたりして、それぞれの島に在来する生態系のバランスを崩す例が相次ぎました。
例えば日本では、農作物や人家に被害を及ぼすネズミの駆除を目的として、伊豆諸島など広い地域でニホンイタチが導入されました。また沖縄本島や渡名喜島(となきじま|沖縄県)、奄美大島(あまみおおしま|鹿児島県)などでは、ネズミに加え危険生物のハブ対策として、フイリマングースが導入されました。しかし、イタチやマングースは、オカダトカゲやアマミノクロウサギといった希少種を含む多様な生物を食害し、絶滅の危機を招きました。
外来種に脅かされる海鳥
連載の第2回で、海鳥が繁殖地に島を選ぶ大きな理由として、天敵が少なく安心して子育てできる環境であることを紹介しました。ところが、人間が島に持ち込み、野生化させてしまった動物の中には、ノネコやネズミのように海鳥を襲い、海鳥に深刻な影響を与えているものもいます。
もともといなかった天敵に抵抗する術を持たない海鳥は、次々に殺され、卵から親鳥まで壊滅的な被害を受けてしまいます。
また、直接海鳥を襲うわけではないヤギなどの草食動物も、島の草木を食べ尽くし、地面を踏み荒らすことにより、海鳥繁殖地の環境を悪化させることが問題となっています。
海鳥の多くは集団繁殖するので、繁殖地に外来種が入ってしまうと、たちまち多くの個体がその被害を受けることとなります。また、一回の繁殖で産み育てられる雛の数が1羽やせいぜい2羽の種も多く、ひとたび減少してしまうと、その後個体数を回復するのにとても長い時間を要します。このような理由から、海鳥は、外来種による影響を最も受けやすい生物のひとつと言えます。
深刻なノネコの問題
海鳥にとってノネコは、ネズミと並んで特に深刻な影響を及ぼす捕食者です。例えば御蔵島(みくらじま|東京都)のオオミズナギドリは、1970年代後半には175~350万羽が繁殖していましたが、近年は10万羽程度にまで減少したと推定されています。最近の40年間に、実に9割以上も減少したことになります。
この激減を引き起こしたのが、ノネコによる捕食です。オオミズナギドリの繁殖期に採集されたノネコの糞の約8割から、オオミズナギドリの羽毛や骨が検出されました。さらに、ノネコが1日に必要なエネルギーから考えると、ノネコ1頭につき年間300羽以上ものオオミズナギドリが捕食されていると推定されました。
中編で紹介した粟島(あわしま|新潟県)の人工光による被害の程度を格段に悪化させているのも、ノネコの存在です。もし光に誘引されて島に墜落しても、そこに捕食者がいなければ、命まで落とす海鳥はもっと少なくすむはずです。
とは言え、ノネコが大量の海鳥を捕殺したり、繁殖して数を増やしたりするのは、人間によって島に連れてこられたにもかかわらず、適切に飼育・管理されずに野生化してしまったネコが必死に生きた結果です。ノネコによって殺される海鳥はもちろんですが、海鳥を襲うノネコもまた被害者と言えます。
あなたも参加できるネコと海鳥の保護
ノネコから海鳥を守るには、地道にコツコツと、島からノネコの数を減らしてゆくほかありません。北海道天売島(てうりとう)や伊豆諸島の御蔵島では、ノネコに対してもより良い形での海鳥保護が進められています。罠で捕獲したノネコを殺処分するのではなく、飼い主となる里親を探し、ネコとして幸せに生きてもらえるようにする取り組みです。
長年人と交わることなく暮らしてきた大人のノネコの多くは人を恐れたり獰猛だったりして、およそすぐに飼える状態ではありません。時間をかけて人に慣れさせ、避妊・去勢手術などの処置を施すことも必要です。そのために、島内外の有志や行政のほか、獣医師や研究者など、多岐にわたる分野や立場の人々が真剣にこの問題に向き合い、協力・連携しています。
天売島ではほとんどのノネコの捕獲が完了しつつありますが、御蔵島ではノネコが依然として数多く生息しています。ボランティア団体はこのネコたちを「森ネコ」という愛称で呼び、捕獲と譲渡の取り組みを粘り強く続けています。
皆さんのまわりに、これからネコを飼いたいという方がいたら、ペットショップ以外の選択肢としてこのような「森ネコ」もいることや、その活動を進めるうえで里親の存在が大切であることなどを、ぜひ広めていただけないでしょうか。多くの人がこの問題を知り、関心を寄せることが、活動を後押しします。
御蔵島での活動については、「御蔵島のオオミズナギドリを守りたい有志の会」のウェブサイトをご覧ください。
ノネコ問題の解決に向けて
ネコは、島の魅力を高めてくれる存在にもなります。宮城県田代島(たしろじま)や愛媛県青島(あおしま)、香川県佐柳島(さなぎじま)のように、ネコの島として人気を誇っている島がたくさんあり、多くの人がネコとのふれあいを楽しみに島を訪れます。
しかし、多くの島で過疎化が進む中、「人よりネコが多い島」が増えることを、手放しで歓迎できるわけではありません。ネコが増加する一方で、島の人口が減り、ネコの適切な管理が行き届かなくなると、ネコの野生化に歯止めをかけられず大量のノネコを生み出すこととなるからです。ネコを中途半端に管理することは、ネコに島の生態系や環境を破壊する片棒を担がせることにつながるのです。
また、すべての島で、天売島や御蔵島のように海鳥保護とノネコの里親探しを両立できるわけではありません。ノネコを島から除き去り、さらに里親に譲渡できるまで面倒を見るには、膨大な時間と労力がかかります。そのことに根気強く取り組める人材も限られています。そのため、多くの害獣対策と同様に、罠で捕獲したネコを安楽死によって駆除せざるを得ない場合も多いのが現実です。
海鳥や島の生態系を守るためにはもちろんですが、将来、駆除によって悲しい最期を遂げなければならないノネコを増やさないためにも、ネコの野生化は、早急に食い止めなければいけません。遅れた分だけ、悲しいノネコを増やします。島やネコを愛する多くの方と共に、解決を目指したい課題です。
【ご案内】うみ鳥っぷ[umi-Trip]―海鳥とめぐる島の旅・半島の旅―
利島村郷土資料館で、令和3年9月27日(月)~12月3日(金)に展示『うみ鳥っぷ[umi-Trip]―海鳥とめぐる島の旅・半島の旅―』 が開催されます。
この夏、千葉県立中央博物館で開催された夏の展示『うみ鳥っぷ』の内容から、利島村で繁殖するオオミズナギドリなど、利島村と関わりの深いストーリーを抜粋・編集した巡回展示です。中央博物館での展示風景、実際に展示した標本や資料の写真も織り交ぜてお届けします。
※利島村の新型コロナウイルス感染症対策に従って、ご来館ください。