「島活性化のモデルケース」。長崎県の島で、小値賀(おぢか)島など17の島々でつくる小値賀町は、高い評価を受けてきた歴史があります。リゾート開発の手が入っていない豊かな自然環境や、島の恵みに寄り添った自給自足的な暮らしなど「ありのままの小値賀」を、まるごと観光資源として活用。島経済を支えると同時に国内外でファンを掘り起こし、ヒトを呼び込む好循環を生み出してきました。
この連載企画は、内閣府の補助事業として運営されている地方創生『連携・交流ひろば』とリトケイ編集部のタイアップによりお届けいたします。(取材・リトケイ編集部)
島活性化のモデルケースと称される小値賀(小値賀町役場提供)
<1>単独町制を選択し、民泊と古民家ステイでファンを集める
長崎県・佐世保港で高速船に乗り込み、豊かな漁場として知られる東シナ海を西に向かう。90分近く走ると、大小さまざまな島が姿を現した。海底火山の溶岩が流れ出てつくられたという小値賀諸島だ。
島々の中核となる小値賀島に足を踏み入れると、日本の原風景を思い起こさせる古い漁師町に迎えられる。島には、コンビニもファミレスもない。リゾートホテルもない。聞けば、明治時代に建てられた建物も多く、古いものは江戸末期にまでさかのぼる。
佐世保港から高速船で90分ほど先にある小値賀(©おぢかアイランドツーリズム)
細い路地裏ですれ違ったお年寄り、喫茶店で隣に座った主婦のあつまり、昼食を食べに入った飲食店のご主人、みな「都会から来たとね?」「お仕事?」と気さくに話しかけてくれる。
「旅人でも、昔からの知人のように扱われる」――。そう聞いてはいたが、島に足を踏み入れると、決して誇張ではないことを実感することができる。
古くは遣唐使、近代は捕鯨船の寄港地として、海上交通の要所でもあった小値賀。多様な人が島を出入りしてきた歴史を背景に、島外者を受け入れるおおらかな風土が根付いていると言われる。
民泊事業は小値賀の代名詞となった(©おぢかアイランドツーリズム)
住民投票の結果、単独町制への道へ
「平成の大合併」時、小値賀町は住民投票の結果、単独町制の道を選択した。
厳しさを増すことが予想されていた町財政よりも自主性を優先した結果だったが、人口は1950(昭和25)年の10,968人をピークに減少の一途。少子高齢化、第一次産業の低迷から、生き残りをかけた施策が待ったなしの状況となったが、そこで町が活路を見出したのが観光事業だった。
当時は、都市部で暮らす人たちのなかで、物質的な豊かさよりも心の豊かさを求める傾向が強まり、いわゆる「グリーンツーリズム」に注目が集まっていたとき。その風潮を追い風に、民泊事業に着目した。
日本の原風景が残る小値賀の街並み(©おぢかアイランドツーリズム)
県が2005年、民泊に関する規制緩和を断行したことも追い風となり、行政と観光協会、民間がタッグを組み、グリーンツーリズムを推進する任意団体を設立。翌年、この団体を母体とする「NPO法人おぢかアイランドツーリズム協会」が発足した。組織改編を経て、現在も島の観光業を担う中核団体として、各種サービスをワンストップで提供している。
民泊事業では、観光客が島内の一般民家にホームステイ。釣りや野菜の収穫などを中心とした島暮らしを体験できる。受け入れ先の家庭も、本業である農業や漁業を生かしながら一定の副収入を得られるほか、公共的な観点では島の第一次産業を支える結果にもつながっている。
民泊先の家庭は2005年に7軒でスタートしたが、実績を重ねるうち島民の関心も高まりをみせ、現在は約30軒、受け入れ可能人数は100人に上る。宿泊料金の8割が受け入れ先家庭の取り分となっている。
さまざまなタイプがある小値賀の古民家(©おぢかアイランドツーリズム)
次なる一手「古民家ステイ事業」が知名度アップをさらに後押し
民泊事業は、米国の高校生を受け入れる国際親善大使派遣プログラムで2年連続世界一の評価を得たことを契機として、一気に知名度がアップ。来島者がぐっと伸びたが、その流れをさらに後押ししたのが、古民家ステイ事業だ。
この事業は、築100年超を誇る旧家の屋敷や武家屋敷などの古民家を現代風にリノベーションし、一棟一組限定の貸し切り型宿泊施設として提供する取り組み。
現在、古民家は6棟整備されているが、いずれも日本の伝統建築の美しさを残しつつ快適な空間を提供。海を一望できる物件、路地裏にたたずむ建築物、豊かな緑に囲まれた建物など個性派がそろう。
この取り組みは、東洋文化研究家のアレックス・カーが島の古民家に高い価値を見出し、プロデューサーとして島人と協力しながらつくり上げた歴史がある。
一方、古民家ステイ事業がはじまると同時に、客層にも大きな変化が現れた。
都市部の比較的裕福な層や、若い女性といった観光客が増加。おぢかアイランドツーリズム協会の前田敏幸理事長は「古民家ステイ事業が始まり、民泊事業ではなかなか取り込めなかった都市部の層にも積極的にアプローチできるようになった」と振り返る。
古民家6棟は、実はいずれも島民が「まちづくりに活用してほしい」と町に寄付を申し出た物件。空き家の増加により伝統的な景観が失われるなか、朽ちるばかりとなった古民家を守ることで島の景色や文化を後世に残したい、との願いもあったようだ。
日本の伝統建築の美しさを残す古民家(©おぢかアイランドツーリズム)
「補助輪」不要。自走するおぢかアイランドツーリズム
民泊、古民家ステイ事業などにより、島産業を支える太い幹に育った観光業の強さを表す指標として、おぢかアイランドツーリズム協会の経営状況が参考となる。
直近の年間売上高は約1億円。設立当初に頼っていた県や町の助成金は不要となり、「補助輪」なしで自走できる体制が続いている。
島では、純粋な観光客ベースで年間15,000人程度を受け入れているとみられるが、そのほとんどが何らかの形で、おぢかアイランドツーリズム協会経由となっているという。
メディアへの露出増を機にUIターン者が増加
小値賀をめぐり特筆するべきは、「暮らすように旅をする」と表現されるこれら一連の取り組みが、観光客だけでなく移住者や関係人口の増加へとつながっていることだ。
観光事業が脚光を浴び、全国的な知名度がアップすると、TVや新聞、雑誌などの取材が殺到し、メディアに取り上げられる機会が飛躍的に増えた。
メディアへの露出が増えるにつれ、島暮らしにあこがれを持った若者を中心とするIターン者が増加。さらに「地元の良さを再確認した島の出身者も、島に戻り始めた」(島民)という。
Uターン者の中には、慣れ親しんだ地元で何かを始めたいという気持ちを持っていた人もいたが、比較的アクションを起こすことに積極的なIターン者が増えたことで「一緒に何かに取り組む仲間も見つけやすくなった」(同)という効果も生まれたようだ。
実際、国境に近い島での事業拡大や創業支援などを目的とする「国境離島新法」も追い風に、小値賀ではここ数年、移住者の手により飲食店や宿泊業などの開業が相次いでおり、単なる人口増にとどまらない多面的な効果を生み出している。
ある島民は「UIターン者だけでなく、ずっと地元で暮らしてきた島民の中でも、移住者に触発され自分も何かできるのではないか、という雰囲気もある」と話す。
小値賀の魅力を語るおぢかアイランドツーリズム協会の前田理事長
一般的なリゾート化とは一線を画し、島人にとっては当たり前だった暮らしや日常、町並みにいち早く価値を見出した小値賀。
前田理事長は、ハード・ソフト両面で変えなくてはいけないものもあることを指摘しつつ「利便性だけにとらわれるのではなく、大きくは手を入れず、島にある昔ながらのものを、上手に支えていくことが大切」と強調する。
>>vol.3 小値賀町 小値賀島
<2>企画書を手に、東京からやってきた男性が新たな空き家活用へに続く