つくろう、島の未来

2022年09月28日 水曜日

つくろう、島の未来

【エラブ旅嫁 育児中#02 旅嫁、勤務する】山口県出身。大阪の旅行会社で働いていた頃に沖永良部島(おきのえらぶじま|鹿児島県)出身の現在の夫と知り合い、結婚を機に島へUターンした島の島嫁ならぶ「旅嫁」の島日記。

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#02 旅嫁、勤務する。

うがみやーぶら!(こんにちは)
今回は沖永良部島(エラブ)に暮らし始めてからのお話。
・・・の前に、まずは引っ越しのことから。

島への引っ越しはどこも似たようなものでしょうが、
なにしろ家財道具の運搬がネック。
コンテナ1つを借り切っての運搬になるので
高いだろうなとは予想していましたが、
最初に業者さんから提示された見積もり額は、ワーォ出ました、30万円。

いやいやいや。30万円て。鼻血でる。

段ボールいりません、荷造りから搬出まで全て自分たちでやります・・・
等々、削りに削って最終的には18万円で落ち着きましたが、
そのために家財道具を入れたコンテナは島に到着後、
家まで運んでもらわず、港に留め置くことに。

これがねー。笑いましたよ。

大阪で業者さんから聞いたときは、
「担当者立会いのもとでコンテナを開錠します」
みたいな話だったのですが、実際に港へ荷物の引き取りに行くと、
「あ、もう鍵あけてますんで、取ってってください」。
で開けてみると、出発のときはキレイに積み上げてた家財道具が、
コンテナの中でぐっちゃんぐっちゃんに・・・。

なんかもう、怒る気にはならないんですよね。
「ああ、船が揺れたのね、うんうん」みたいな。
島=ユルい、という方程式は予習済みだったので、
待ってました!的なヨロコビのほうが大きかったです。
「ぎゃー」と言いつつ、内心「おいしい!」と(笑)。

こうして始まった島暮らしですが、
民宿開業を志してUターンしてきたにもかかわらず、
引っ越し1週間後にまず私の就職が決まり、
続けて夫も数年という限定つきですが某事業の専任職員に採用決定。

これはもう、アレです。単純に、ひよった(笑)。
目の前に定期収入を得られる仕事が転がってきたので
つい乗っかっちゃった、ってやつですが、
目標について明確なビジョンがないと人間ブレやすい、
というセオリーの生き見本みたいな有り様で、いや誠にお恥ずかしい。

とはいえ、数年内には民宿始めたいとまだ考えているし、
夫はともかく私に関しては、全く知らない土地で
いきなり商売を始めるよりも、島のことをじっくり学ぶ機会が持てて、
結果的には良かったと心から思っています。

右も左もわからないヤマトンチュ(=内地の人)に
窓口業務を任せてくださったチャレンジャーな上司に、本当に感謝。

仕事は周囲の方々に恵まれて、出産で辞めるまでの1年8ヶ月、
ほぼつつがなく勤めることができましたが、
お年寄りの島言葉(シマムニ)だけは、
最後までわからなくて難儀しました。
もっとも先方も、私の顔が明らかに島顔じゃないのを
見て出来るだけ標準語を使ってくれるんですが、
時々100%シマムニの方もいらっしゃって、そうなるともう選手交代。

・・・なんですが、島生まれでも若い人は
もうシマムニがわからないみたいなんですよねー。
普通に使いこなせるのは、今40代後半以上の方だけなんだとか。

最近でこそ、伝統文化を残そうということで
小学校などでシマムニを教えたりしているらしいんですが、
日常的に使っている世代が亡くなられてしまうと、
もうネイティブとしての使い手はいなくなるんですよね、きっと・・・。

言葉って民族の精神文化の支柱だと思うので、
エラブのシマムニもぜひ後世に残ってほしい。
義父母にお願いして、息子には出来るだけシマムニを
耳に馴染ませながら育てたいなと思っています。
世間では乳幼児の頃から英語を習わせるのが流行っているようですが、
うちはシマムニ英才教育(笑)。
島の子として、言葉を通じて「島の心」を感じながら育ってほしい。
そう考えています。

ではまた、次回に。

あ、余談ですが、仕事の研修で奄美大島へ行った時のこと。
奄美群島各地から集まった職員を前に奄美大島の職員さんが
開口一番「離島の皆さん遠路ご苦労さまです」と仰った際には、
「いやいや、アナタも離島ですよ!」と、
その場にいた全員が心の中でツッコミを入れたであろうことを、
ここに書き残しておきます(笑)。

読んでくださって、みへでぃろでょー(ありがとう)。

<#03に続く>

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