つくろう、島の未来

2021年12月07日 火曜日

つくろう、島の未来

【エラブ旅嫁 育児中#03 旅嫁、妊娠する】山口県出身。大阪の旅行会社で働いていた頃に沖永良部島(おきのえらぶじま|鹿児島県)出身の現在の夫と知り合い、結婚を機に島へUターンした島の島嫁ならぶ「旅嫁」の島日記。

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#03 旅嫁、妊娠する。

うがみやーぶら!(こんにちは)
奄美群島は沖永良部島にやってきて1年ちょっと。
暮らしにも仕事にもぼちぼち慣れて、
南国のまばゆい太陽の下、今日も元気だビールが美味い!
的な楽園生活を送っていましたが、
突如、その命の水が飲めなくなる事態が発生しました。

イッツ ア 妊 ターイム!!。

ご懐妊です。

授かったら嬉しいなとは思っていましたが、
いざ妊娠検査薬で陽性反応が出てみると、
瞬時にいろんな想いが湧き上がりますね。

まず気になったのは、「島で産めるのか?」ということ。
ちょうどこの年の初め、
島で唯一の常駐産科医であった今は亡きK先生(今春亡くなられました・・・)に
退任の意向があり、代わりの産科医がいないということで、
ついに島での分娩停止か?という騒ぎがあったのです。
全国でもトップクラスの出生率を誇り、
子供3人4人は当たり前のこの島で、赤ちゃんが産めなくなる。
すでにお隣の与論島は、そういう事態に陥っています。
今回は、ご高齢のK先生が続投くださるということで
なんとかエラブでの分娩継続という決着をみたのですが、
それも経過順調な妊娠での話。不測の事態にでもなれば、
自衛隊のヘリで沖縄か鹿児島本土に緊急搬送です。

こええ・・・。

なにしろ、こちとら30代の初産妊婦。
マル高です、マル高(言い方が古い)。

加えて、分娩台が怖かった。

20代で大野明子さん著「分娩台よ、さようなら」という本を読んで以来、
まだ結婚のケの字も見えていないうちから
「分娩台にあがりたくない、畳の上で自然分娩したい」
という固い信念が出来上がっていたのです。
そもそも分娩台というのは、
医療者側が処置を施しやすくするためのもので、
母子にとっては身体的負担がとても大きいもの。
いうなれば、仰向けに寝てウンチするようなもんです(いや、違うか)。

だもんで、経過順調なら島で産みたいけれど、
分娩台以外の場所で産んでいいんだったら・・・と思い、
妊娠3ヶ月の時点でK先生に相談してみましたが、あっさりNG。
これで、腹は決まりました。
山口県の実家から通える範囲で、畳の上で産める病院を探し倒し、
車で1時間の距離にある北九州市内の産院に予約を入れたのが、
妊娠5ヶ月の頃。分娩予約としては、わりと遅い時期でした。
たまたま受け入れてくれたから良かったものの、
実家近くだと産科医不足でどこの病院も里帰り出産は受け付けておらず、
よく耳にする「産み場所確保の難しさ」というのをちょっと実感。
この先もしエラブでの分娩が停止になったら、
里帰りする実家もない島のお母さんたちも
みな沖縄や鹿児島へ出て出産するしかないわけで、
産み場所確保に加え、出産予定日の何日も前から島を出て
病院近くに待機しなければならないのですから、ほんとに大変です。
今は非常勤の先生が交代で担当してくれている
エラブの産科ですが、なんとか継続してほしいものです。

それにしても、妊娠するまでは病院に行くこともほとんどない健康体でしたが、
妊娠を契機にいろんな症状が勃発。30数年溜めこんだ毒素を
出産前に出し切ってしまおうという体の廃毒反応だったかなと思いますが、
持病のアトピーが顔まで腫れ上がるほど悪化するわ、
足のデキモノが炎症おこして切除手術するハメになるわ、
とどめはアトピー性白内障の発症。
しかも、アトピーで皮膚科に、白内障で眼科にかかりたくても、
皮膚科も眼科も島にない。
月に数回だけ島外からそれぞれの科のお医者さんがみえて
診察してくださるのですが、予約とるのも大変。
急を要しない場合は、フェリーに乗って沖縄まで診察受けに行くこともあります。
フェリーの発着時間の都合で2泊3日にならざるを得ないので、
眼科にいくだけでちょっとした旅行。どんなセレブだ(笑)。

いくつかの医院と総合病院があるだけまだマシなほうなんでしょうが、
医療面での離島苦っていうのもやっぱりあるな、と思いました。

では、産んだ話はまた次回に。
読んでくださって、みへでぃろでょー(ありがとう)。
<#04 に続く>

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