「大人の島留学」が盛り上がる隠岐島前3島には、今や全国区に広がる島根県立隠岐島前高校の「高校魅力化プロジェクト」をはじめ、さまざまな学びのプログラムが存在しています。
多様な「学び」がめぐる隠岐島前で得られることとは?その最前線を探るべく、大野佳祐さんに話を聞きました。(文・片岡由衣)
※ページ下の「特集記事 目次」より関連記事をご覧いただけます。ぜひ併せてお読みください。
※この記事は『季刊ritokei』39号(2022年8月発行号)掲載記事です。フリーペーパー版は全国の設置ポイントにてご覧いただけます。
>>前回:「働き、暮らしながら島で学ぶ「大人の島留学」とは?【特集|島だから学べること】」はこちら
「問い」を立てられる人はしなやかで折れない
「高校魅力化プロジェクト」(※)を始めて12年が経ちました。最近では、「大人の島留学」や企業向けの研修プログラムなど、島外の大人向けの教育プログラムも展開されています。
※ 島根県立隠岐島前高等学校で始まった、学校を生徒が行きたい、保護者が通わせたい魅力ある場にするプロジェクト。グローバルとローカルを結び、不確定性の高い時代にも対応できる人材の育成を目指す
高校生に関わるうちに、自分自身で「問い」を立て、それを考えたり仲間と対話したり、実際に行動に移したりする子が伸びていくことを実感しました。「問い」を立てられる子は、折れない竹のようにしなやかで、落ち込みなどの“揺れ”が起きたとしても、「なんでこういうことになったんだろう」と戻ってくることができる。
そこで、高校生がもっと問いを立てられるようになるといいなと、隠岐國学習センターの「夢ゼミ」で、高校生たちと「しつもんカード」(※)をつくりました。高校生の未来に対して、大人が「こうしてみたら?」とアドバイスすることもできますが、変化の早いこれからの時代においては大人の体験談よりも、高校生自身が将来を「自分ごと」として考えることの方が重要です。
※ Life is Learning 高校生が未来の「私」に贈る問い【対話型カードセット】。生徒たちが「しつもんメンタルトレーニング」を実践する藤代圭一さんと一緒につくったカードセット
人に教えてもらうのではなく「私が夢中になっていることって?」「私はどんな生き方がしたいんだろう?」と、「しつもんカード」を使いながら考えたり、もっと言うと、実は誰にでも問いをつくる力があることを知って欲しいと思っています。
船に乗ってスイッチオン 島で自分と向き合う学び
こうした経験を生かして、2020年には教育分野と観光分野の協業で大人向けの「Life is Learningツアー」をスタートしました。コンセプトは「まっさらな島に来て、自分と向きあう」。学びのプログラムではありますが、体験や学びなどから何かを得ることよりも、自分のこだわりやあたりまえを外していくUnlearn(アンラーン)の過程に重きを置いていて、これまでに20名ほどの社会人が参加してくれました。
Life is Learningツアーでも「しつもんカード」を使います。しつもんカードには、「どのようなことに時間を使いたいですか?」といったカードがあります。それに対して、たとえば「今は子どもとの時間を優先すべき」など、それって本当にそうなんだっけ?と思うことを「べき」と思い込んでいることがあります。
そういったことを、誰かに問われて考えるのではなく、自分自身で引いたカードで自ら問い直すんです。忙しい毎日の中で、自分自身に問いかけながら生きている人はそんなに多くいません。
自分のよくないところにばかりに目を向けてしまったり、誰かから問われると関係性の中で身構えてしまうので、誰かと一緒に自分でカードを引くのもポイントなんです。
このツアーで参加者の変化にふれた場面がありました。心身に不調をきたして休職中というその方が引いたカードは「10年前の自分に会えるとしたら、何を伝えたいですか?」。問いに答えるうちに、その方はぼろぼろ涙をこぼされたんです。質問を通じて自分自身に向き合い、自分自身を縛っていたかもしれない「べき」から解き放たれた瞬間に見えました。
島だから学べることとして、「船に乗って行く」こともひとつの価値だと感じます。飛行機だとどこに行くのかを肌で感じづらい。船は移動速度が速すぎないから、風を受けてぼーっとする時間にスイッチを切り替えやすい。一人ひとりが日常の中で抱えているものを、本土にいったん置いてくることができるのかもしれません。
工夫する余白が島にはある
4歳の娘と日々自然の中で過ごしていると、「センス・オブ・ワンダー」(=神秘さや不思議さに目を見はる感性)を感じることが多くあります。畑では「この草ってなんでここに生えてくるんだろうね」、海では「魚はどこに住んでるのかな」など、島の子たちはいつも「自然」と「問い」とともにあります。
先日、娘が散歩の途中にあんずの木の下で、「木から落ちてくる実を拾いたい」「いつ落ちてくるの?」と言って、しばらく待っていました。おもしろい問いだなあと思いつつ、時間の流れや自然に対して改めて島の豊かさを感じました。
島は人々のしなやかさも魅力です。農作物は思い通りに育たないし、牛乳を買いたくても船が欠航して入ってこない日もある。そこで「まあ、しょうがないよね!」とポジティブに諦めることができるのが島で暮らす人たちの強さ。「雨が降らない中、みんなの田んぼを生かすために溜池の活用法を考える」という風に、常に考えなければいけない環境があるんですよね。
そういった工夫する余白があるのも島の良さだと思います。情報やものがあふれる時代のなか、自分たちで考えて工夫ができるのは実はとても贅沢です。
学びを起点に地域の可能性も広がる
海士町は「ないものはない」を掲げていて、図書館が手狭であればそのハンデを逆手にとって「島まるごと図書館構想」を掲げ、公共施設や民家に書架を設置し、いつでもどこでも誰でも借りられるように工夫してきました。
こういうと「海士町だからできるんじゃないの?」と思われることもありますが、それぞれの島が培ってきた歴史や風土は大きく異なるので、それぞれの島が「いま持っているもの」に着目すれば独自のプログラムをつくれるように思います。
島に来て8年が経ちますが、島も変わってきたように感じています。高校生や若い子が増えて、あちこちでおじいちゃんおばあちゃんと話している姿を見かけます。
来年は隠岐島前高校に「地域共創科」という新しい学科もでき、高校生たちが地域により深く関わる時間がさらに増えます。大人の島留学で来ている若い世代が、日曜日の小学校の校庭でみんなでサッカーをやっている風景を見かけたこともうれしかったです。そんなことこれまでなかったですから。学びを起点にずいぶんいろいろなことをやってきたんだなぁと思います。
【お話を伺った人】
大野佳祐(おおの・けいすけ)さん
1979年東京生まれ。大学卒業後、早稲田大学職員として大学改革を推進。2010年にはプライベートでバングラデシュに180人が学ぶ小学校を建設。2014年に海士町へ移住し、隠岐島前高校魅力化プロジェクトに参画。現在は、全国初の学校経営補佐官となり、隠岐島前教育魅力化プロジェクトをはじめ複数の事業に携わる。
>>次回:「島に学ぶ先生と先生に学ぶ島人の化学反応(前編)【特集|島だから学べること】」に続く