つくろう、島の未来

2024年12月26日 木曜日

つくろう、島の未来

島を愛し、鳥を愛する研究者・千葉県立中央博物館研究員の平田和彦さんによる寄稿連載「しまぐに日本の海鳥」。今回は、日本で暮らす海鳥の中で最も長寿が記録されているオオミズナギドリの子育てについて。繁殖の成功と長生きとを両立させる画期的な戦略を、島々との関わりも交えながら解説します。

オオミズナギドリの鳥山。この中に、伊豆諸島で繁殖するロングトリップ中の親鳥も混じっていたかもしれない。背後は下北半島尻屋崎に続く下北丘陵の山並み(2020年10月撮影・尻屋崎沖)

海鳥が上位独占! 野鳥のご長寿ランキング

野鳥の寿命を調べる方法の一つに、標識調査があります。足環などによって個体識別し、観察や再捕獲を繰り返すことで、移動や渡りのルート、寿命などの情報を得ることができます。

この標識調査を環境省から委託されているのが、鳥類学を専門とする日本で唯一の機関である山階(やましな)鳥類研究所です。同研究所の研究者らが発表した論文によると、1961年から2017年までの57年間に蓄積された289種の記録の中で、最初に標識されてから最後に確認されるまでの期間(あくまで生存が確認された期間であり、必ずしも寿命と一致するわけではありません)が30年以上に達したのは6種類のみで、そのすべてが海鳥でした。

最も長かったのはオオミズナギドリ(ミズナギドリ科)の36年8カ月、2位はアホウドリ(アホウドリ科)の34年4カ月、3位はウトウ(ウミスズメ科)の33年10カ月、それにコアホウドリの33年1カ月、ウミネコ(カモメ科)の32年10カ月、クロコシジロウミツバメ(ウミツバメ科)の32年0カ月と続きました。

英数字が刻印された金属製の足環で標識されたウミネコ(2013年6月撮影・大間弁天島)

しかし、海外には70歳以上のコアホウドリ(しかも現役の繁殖個体!)がいることは、連載の第7回で紹介した通りです。日本国内のコアホウドリの記録とは2倍以上もの隔たりがあります。今後ますます情報が蓄積されることで、国内の野鳥の長寿記録が更新されるとともに、野生下における平均的な寿命が明らかになると期待されます。

日本記録はオオミズナギドリの40歳以上

日本の野鳥で最長だった36年8カ月のオオミズナギドリの記録は、1975年5月16日に繁殖地である京都府舞鶴市の冠島(かんむりじま)で標識された成鳥が、2012年1月16日に越冬海域のマレーシアで衰弱していたところを保護されたものでした。

この個体について、冠島でオオミズナギドリの調査を長年続けておられる龍谷大学の須川恒さんから、さらに詳しくお話を伺いました。保護されたのは、越冬海域である南シナ海のラブアン島(マレーシアの連邦直轄領)。冠島からは4,000キロメートル近い距離にある、ボルネオ島のサバ州沖に浮かぶ島です。マレーシアの野生生物・国立公園局の職員が、山階鳥類研究所に連絡をくれました。

オオミズナギドリは4歳以上でようやく繁殖を開始しますが、この個体は成鳥として繁殖のために冠島にいたところを捕獲されたので、標識時点ですでに4歳以上であり、すなわち2012年には少なくとも40歳を超えていたことになります。残念ながら、保護されたその日のうちに息絶えてしまったそうですが、まさに天寿を全うしたと言える大往生でした。

なお、冠島は日本を代表するオオミズナギドリ繁殖地のひとつで、1924年(大正13年)には国の天然記念物に指定されました。以来、地域のシンボルとして市民にも親しまれ、1965年(昭和40年)には公募により京都府の鳥に選定されました。

冠島のオオミズナギドリをモチーフとした郵便局の風景印 左:大正15年・東舞鶴局(駆逐艦野分進水記念)/中:昭和58年・東舞鶴局(初日印)/右:昭和62年・舞鶴魚屋局(初日印)

繁殖成功と長生きのトレードオフ

野生動物が生き延びるのはとても難しいことです。天敵に襲われたり、餌が見つからなかったり、さまざまな困難が待ち受けているからです。

動物の寿命は種類によって異なりますが、それに応じて繁殖の戦略も変わってきます。多くの小鳥のように、1回の繁殖で育てられる雛の数が多い代わりに寿命が短い鳥の場合、自分が長生きすることよりも、1回1回の繁殖でより多くの雛を巣立たせることを優先して頑張ります。例えば、あまり餌が多くない年には、自分の寿命を縮めてしまうほどの無理をしてでも、雛に十分な餌を与えられるように奔走するでしょう。

一方、多くの海鳥のように、1回の繁殖で育てられる雛の数が少ない代わりに寿命が長い鳥の場合、その年の繁殖だけでなく、自分が長生きすることにも気を配らなければいけません。そのため、あまり餌が多くない年には、雛のための餌を捕るのに疲れ果てて自分の寿命を縮めてしまうくらいなら、その年の繁殖を諦め、翌年以降の(若い個体なら数十年以上に渡って続く)繁殖に備えて自身の体調管理に集中することも選択肢として取りうるでしょう。

ショートで繁殖成功、ロングで長生き:2種類のトリップを使い分けるオオミズナギドリの戦略

このように、繁殖の成功と長生きとを両立させるのはとても難しいことですが、オオミズナギドリは画期的な戦略でそれを実現しています。2種類のトリップを巧みに使い分ける「Dual foraging strategy」と呼ばれる戦略です。

親鳥が島にある巣を出てから洋上で魚やイカなどの餌を捕り、再び巣に戻ってくるまでの一連の行程を「採餌トリップ」といいます。伊豆諸島(いずしょとう|東京都)で繁殖するオオミズナギドリの親鳥は、巣を留守にする時間が1〜数日程度の「ショートトリップ」と、1〜2週間程度に及ぶ「ロングトリップ」を行います。それぞれ、どのような目的で使い分けているのでしょうか。

「Dual foraging strategy」について解説した展示(2021年8月撮影・千葉県立中央博物館令和3年度夏の展示『うみ鳥っぷ』での展示風景)

まず、ショートトリップは、その年の繁殖を成功させるために重要です。親鳥は、雛がすくすく育つように、たくさんの餌を頻繁に与える必要があります。そこで親鳥は、繁殖地に近い海域で餌を捕っては速やかに巣に持ち帰るショートトリップを行うのです。

伊豆諸島で繁殖する親鳥のショートトリップの旅先はいくつかありますが、繁殖地から50〜200キロメートル圏内の房総半島や三浦半島、伊豆半島の沿岸域などが挙げられます。もちろん、餌となる小魚の群れなどがいれば、繁殖地のすぐそばの海でも捕ります。ただし、多くの小鳥たちのように、1日に何度も巣に餌を持ち帰ることはありません。オオミズナギドリが繁殖地に帰るのは日没後の暗くなってから、そして繁殖地を出るのは日の出前の未明と決まっているのです。

一方、親鳥自身が長生きするために重要なのがロングトリップです。伊豆諸島で繁殖する親鳥のロングトリップの旅先は、主に北海道東部沖です。この海域には親潮が運んできた栄養が豊富で、オオミズナギドリの餌となるイワシやサンマなどの魚は脂が乗っています。親鳥たちは、このエネルギーリッチで栄養価の高い餌を大量に食いだめすることで、繁殖のために消耗した体力を回復させることができます。

オオミズナギドリは、年ごとに変動する餌の条件や雛の食欲に応じて、ショートトリップとロングトリップを適度な割合で組み合わせることで、繁殖の成功と自身の体調管理、すなわち長生きとを両立させるのです。

大技「ロングトリップ」を極められる3つの理由

ところで、ロングトリップの主な旅先が北海道沖であることをサラッと書いてしまいましたが、繁殖地から餌場までの距離は時に1,000キロメートルを超えます。「ちょっと外食」という程度の距離ではありません。オオミズナギドリの親鳥たちは、毎年、しかも繁殖期の間に何度もこれを繰り返すわけですが、体力を回復するどころかかえって消耗してしまうんじゃないかと疑いたくなるほどです。

これには、ミズナギドリ科やアホウドリ科の海鳥が持つ、非常に長い翼に秘密が隠されています。面積の大きな翼をめいっぱい広げて風に乗る「ダイナミックソアリング」という飛び方で、風の力をうまく利用してほとんど羽ばたかずに飛翔することができます。そのため、ロングトリップのような長距離移動も、私たちが想像するよりもはるかに省エネで成し遂げることができるのです。

他にも気がかりな問題があります。雛たちは、両親がロングトリップに出てしまうと、長い時には2週間程度も留守番をさせられることになりますが、どうして餓死したり、発育不良に陥ったりしないのでしょうか。

この問題は、雛が長期の絶食に耐えられることに加え、ロングトリップから帰ってきた親鳥が雛に与える特別な栄養食によってクリアしています。この栄養食の正体は、親鳥がロングトリップの間に食べた魚の栄養を凝縮したオイルで、「胃油」と呼ばれます。胃油は非常に高カロリーで、絶食後の雛の体力を回復させることができます。長い留守番を終えた雛にとっては、この上ないご褒美と言えます。

巣穴で留守番をするオオミズナギドリの雛(2020年9月撮影・利島)

さらに、御蔵島(みくらしま|東京都)で行われた研究によると、雛の絶食期間ができるだけ短く済むように、一部の親鳥たちは工夫をしているようです。両親が何らかの方法で連携し、片親がロングトリップに出ている間、もう片親はショートトリップを繰り返すなど、そろってロングトリップに出てしまうことを避けていると考えられています。

繁殖の成功と長生きとを両立するオオミズナギドリの生態には、体の特徴を活かしたさまざまな知恵と工夫が込められています。育児を頑張りながら自身の健康にも気を配ることが大切なのは、人間も海鳥も同じですね。

     

離島経済新聞 目次

寄稿|平田和彦・千葉県立中央博物館研究員

平田和彦(ひらた・かずひこ)
1986年京都市生まれ。専門は海洋生態学・鳥類学。これまでに、北海道天売島・青森県大間弁天島(無人島)・新潟県粟島・東京都利島などで海鳥の生態を研究。漁業をはじめとする沿岸域の人間活動が生態系に及ぼす影響や、地域の自然を活用した教育・産業・観光の振興に興味を持つ。好物は、島(日本の有人離島は120ほど探訪・2008-2010年に天売島に住民票を置く)・地産地消・源泉かけ流し・低温殺菌牛乳・簡単に登れて景色の良い山など。下北ジオパーク推進員を経て、2017年より現職。青森県・風間浦村ふるさと大使。

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