つくろう、島の未来

2022年08月13日 土曜日

つくろう、島の未来

ある文化に愛しさや尊さを感じたとしても、その文化が抱える価値を明確な言葉で表現することは簡単でない。そこでリトケイ統括編集長・鯨本あつこが、世界規模で呼びかけられるSDGs(持続可能な開発目標)をキーワードに3人の識者を訪ね、島文化の価値を再考した。

<リトケイの考える「島文化」とは>
「文化」の意味は幅広く、辞書には海のように広く深い解釈が示されています。そこで本特集では、島文化の意味を「ある島とそこで生きる人々が、特有の風土と歴史のなかで、独自に発展させてきた生活様式(=暮らしの文化)、芸能、信仰、風習。島と人の文化」と定義します。

※この記事は『季刊ritokei』36号(2021年11月発行号)掲載記事です。フリーペーパー版は全国の設置ポイントにてご覧いただけます。

約600年前から継承されているという竹富島(たけとみじま|沖縄県)の種子取祭(タナドゥイ)の風景。稲や粟の種を播き、豊作を祈願する(写真・中西康治)

美しく尊い島文化の世界へ

島文化と聞いてあなたは何を思い浮かべるだろう。自分の住む島の風習か、いつかのふるさとにあった伝統芸能か、はたまた非日常を感じるめずらしいものか。

触れる人の立場により感じ方が異なる島文化。宇宙のように広がる文化の世界から、未来の持続可能性までを考えていく足がかりとして、まずは自分を例に語り始めたい。

私は島文化にある種のあこがれを感じている。魅力を感じながらも簡単には手が届かない。まして自分のものになることもない。けれど知れば知るほど、美しく愛しい島文化を羨望のまなざしでみつめている。

例えば、沖縄の多良間島(たらまじま|沖縄県)には2つの集落に暮らす人々がそれぞれ芸能を披露する「八月踊り」がある。役を担うのは幼児から年配者まで。400年前から続く文化は深く、美しく、世代を超えて継承する島人の姿は尊かった。

多良間島で受け継がれる八月踊りの風景。旧暦の8月に3日間に渡り五穀豊穣の祈りをこめて民俗踊りや古典踊り、組踊が披露される

他にも、島ごとに異なる島唄や踊り。人々が熱をあげる瀬戸内海の伝馬船(てんません)に沖縄の爬竜船(はりゅうせん)。まれびとを朗らかに迎える伊平屋島(いへやじま|沖縄県)のイヘヤジューテーにしまなみ街道のおせったい。先祖を祀る墓を美しく保つ風習に、あらゆるスタイルで八百万(やおよろず)の神を祀る行事。種類にしても魅力にしても、語りつくせないほどの文化が島々に存在している。

消えゆく文化に含まれる新たな可能性

私はそんな文化を島の価値そのものだと信じているが、その一部あるいは多くが、過去のものとして語られていることを寂しく思う。

1980年代に九州の田舎町で生まれた自分の記憶をよりどころにすれば、生まれた時からすでに多くの文化(特に生活文化)は過去形で語られていた。そしてあるとき島に出会い、島々に存在する彩あざやかな島文化に古き良き日本の姿をみるようで、心がふるえた。

しかし、島の暮らしも変化を続け、担い手不在のまま消えゆく文化も多いと聞く。星の数ほどある島文化のすべてを保存できるとは思わない。ただ、2020年代の今、世界を見渡すと、島に新たな可能性が生まれているようにも感じている。

対馬の伝統料理に使われる「せん(芋を原料にした発酵保存食)」をつくる風景。島々には食料が貴重だった時代の知恵が詰まった伝統的な保存食が数多く存在する(写真・一般社団法人対馬観光物産協会)

世界は持続可能な地球の未来を求めてSDGsを叫んでいる。経済・社会・自然のそれぞれが持続可能となるような、暮らしや経済の在り方が求められているわけだが、それはまさに特集冒頭で定義した「島文化」に含まれるのではないだろうか?

島嶼研究者がみつめる小さな島の大きな価値

この問いをもとに3人の識者に聞いた。まずは佐渡島(さどがしま|新潟県)の長嶋俊介先生。50年以上にわたり国内外の島をみつめる研究者であり、学術的な見地から島を読み解くウェブリトケイの連載『島のしくみと島らしさ』の寄稿者でもある。

「世界中の島のなかで最も島らしい環境にあるのは太平洋の島です。隔絶された環境でどうやって持続可能な社会を維持して生活してきたのか?その典型がみられます」。島らしい環境といえば隔絶・環海・狭小である。そうした環境のなかで育まれる文化には特徴があるらしい。

「例えば、ミクロネシア連邦のチューク州には、離島の人たちが困った時は本島側の特定の集落がカバーするというルールがあります。さらに、『俺の監視はよその酋長がやってくれ、俺はお前の村を見る』というように、地域の酋長同士が互いに監視する仕組みで感染症対策や地域の不平等是正がなされています」。

この仕組みをはじめ、典型的な島社会の文化には「レシプロシティ(互酬。直接的なやりとりではなく間接的なやりとり)」「リディストリビューション(再分配)」「エクスチェンジ(交換)」という3つの行動様式が含まれているのだと長嶋先生は説明する。

「太平洋の島は西洋文化に出会わなければずっと持続可能であっただろうと言われています。経済学者のカール・ポランニーは『等価交換だけが経済ではない』といっていますが、そのような社会で見ると、島は前提として元々豊かで持続可能。小さな島が持っている大きな価値はここにあるんです」。

SDGsに直結する万物に感謝する文化

日本の島にも例がある。長嶋先生はSDGsの「あらゆる場所であらゆる形態の貧困に終止符を打つ」を例に、いくつかの島に存在した「困窮島制度」を挙げた。「これは平等な経済的権利を与える仕組みで、典型は長崎県小値賀町にある大島(おおしま)の属島で、今は無人島になっている宇々島です。島内の貧しい世帯を農漁業が行える宇々島に移住させたうえで、優遇措置を与え、数年後に大島に帰島する頃には貧しさが解消されるという制度です」。今はなきこの制度を大島では「自立更生の島」として記憶している。地域資源を使って貧困をなくすとは、なんと文化的な制度だろうか。

「厳しい社会になればなるほど、皆で資源を分配する文化が機能していました。今は無人島になったトカラ列島の臥蛇島(がじゃじま)には『与(あたえ)の一丁』という制度があり、特に漁師の間では資源を分配するような公平な社会がありました」。『シマダス』によると、今も福岡県の小呂島(おろのしま)には延縄組合に「給料皆平等」という独自の制度が存在。大分県の姫島役場では雇用者数を増やすためのワークシェアリングが実行されている。

こうした制度が成立するのは、それを当たり前に受け入れる共生の価値観が人々に備わっているからであろう。それが証拠というように、長嶋先生は「島社会は己の生存をみなで支えている運命共同体であるということです」と付け加えた。

屋久島(やくしま|鹿児島県)に根付く山岳信仰のひとつ岳参り(たけまいり)の風景(写真・菊池淑廣)

地球という星に生きる人間も本来は皆が運命共同体である。だから「SDGs」という目標に表す形で地球の危機が唱えられているわけだが、危機に対峙するにも相手が地球では規模が大きすぎて何をすればいいのか想像もできない。

SDGsではCO2の削減や資源保護も求められるが、ここで長嶋先生はアニミズムの重要性を説く。「すべての生き物や食べ物に命があり神様として大事にする。佐渡島ではタヌキの妖怪や河童の民話を例に、伝わっていますが、このような話の方が子どもたちには伝わります。アニミズムの世界を考えることは、他の生き物の命を大事にすることであり、自分たち人間の命も大事にすることになるのです」。自然崇拝ともいえる思想や価値観は、現在もあちこちの島で見ることができる。それはそのままSDGsにつながる感覚である。

雄大な山々がそびえる屋久島は詩人・山尾山省がアニミズムに希望を説いた島でもある(写真・菊池淑廣)

島の生活文化にみる電気もガスもいらない知恵

次に鹿児島最南端の島・与論島(よろんじま)で島の伝統文化を伝える与論民俗村の菊秀史さんに話を聞く。40年以上にわたり島の文化を伝える菊さんは、民家を案内するときに”敷居”を踏む人を例に話を進める。「私は『敷居は神様がいるところなのでまたいでください』と教えていますが、(現代的な)家の造りのせいか、核家族化のせいか、親が子に教えていないのかもしれません」。敷居に神様の存在を感じることもアニミズムである。80年代生まれの自分でも昔はよく耳にしていたが、今は意識が薄れていることを認めざるを得ない。

与論民俗村で保存される島の伝統民家(写真・与論民俗村)

菊さんが伝える島の伝統的な暮らしには、電化製品はもとより電気もなかった時代の知恵が詰まっている。そのひとつは茅葺き屋根の小さな民家。「(与論の伝統家屋は)家が小さいので、壁から壁までの距離が近く室内が明るいんです。南・東・西の3カ所に間口があって、防風林が囲むので木陰もあり、涼しい風が入ってきます」。家を小さく建てることには台風の被害を抑える意味もある。エアコンに涼を求める暮らしに慣れると、電気がなくなった時にどうすればよいか想像できない。「木の下は涼しいんです。女性は織物の作業をするので木の下にゴザを敷き、涼みながら作業していました。みんな環境を上手く利用していたんですよ」。そう語る菊さんの言葉に、現代人がなくした(世代によっては初めから知らない)知恵を知り、ハッとする。

農具や漁具、暮らしの道具。民俗村にある民具はいずれも、少し前までは実際に使われてきたものばかりだ。木とロープでできたゆりかごに、ハリセンボンのねずみ避け、芭蕉布を織る機織り機。当たり前だが電気は不要。すべて島にあるものと、近隣から手に入れられるものでつくられていて、海に流しても海洋生物に深刻な影響を与えることはない。

現代的なものに置き換えられた生活文化は「不便」と決めつけられやすい。しかし本当にそうだろうか?菊さんが民俗村の来訪者に伝統民具の“木枕”を案内すると、「痛そう」「昔の人は痛くて眠れなかったんじゃないか」と皆が口を揃えるという。「けれど、実際に試してもらうと『気持ちいい』と驚かれるんですよ」。

文化を失うことは知恵を失うこと

民俗村がつくられたのは昭和41年。高度経済成長の波が島にも届き始めた昭和30年代、テレビや冷蔵庫などの普及に伴い、過去数百年にわたり使われてきた民具や民家が姿を消し、島の暮らしが急速に変化していった。そこに危機感を覚えた菊さんの母が島の家々から民具を収集し、与論民俗村をつくった。

「(民俗村ができた)初期の頃は『うちのおじいさんが使っていたなぁ』というコミュニケーションもできたのですが、だんだんそういうことがなくなっています」。伝統文化は昔のもの。それ以上でもそれ以下でもないとする感覚が、近年の来訪者から伝わってくることを菊さんは「怖い」という。

「今の人は木の名前も知らないし、利用法も知らない。硬いか柔らかいかもわからない。どの鳥はどこに巣をかけるかもわからない。ヤギや牛はどれを食べてどれを食べないなど、そういうものが伝わっていない」。そうやっていくつもの知恵や文化が消滅してきた。「一度なくなってしまうと復活するのに苦労するんです」。

むろん、そのほとんどはなくしたくてなくしたわけではないだろう。文明の進歩により、古(いにしえ)から伝わる伝統技術や知恵が、電化製品やサービス、テレビやインターネットで得られる情報に置き換えられてきたことで、いつの間にか消えていったのだ。与論島だけでなく、多くの島、多くの地域でその土地の暮らしに合わせて発達してきた生活文化が姿を消している。

島酒を交わし客人をもてなす与論献奉(よろんけんぽう)も与論島の文化(写真・黒岩正和)

生活文化が途絶えることはつまり、持続可能な暮らしの知恵を手放すことでもある。「人間は車を食べられません。何兆円を稼いでも人にとっては農業や食が大事。そういう意味でSDGsというもので、現代の人に少し昔の暮らしを振り返ってほしいと思います」。

島は意識を変えやすく大事なものを残しやすい

浜辺に築いた砂の城がいつの間にか波にさらわれ消えていくように、小さな文化が姿を消すそばでは、流行が波をたてているように感じる。

「流行るということは要するに、消費しているということです」。三人目の識者、作家の池澤夏樹さんの説明にうなずく。

池澤さんが世に送りだしてきた文学のなかには島が舞台の作品も多い。自身をイスロマニア(※)とも称し、沖縄本島でも長く暮らしてきた池澤さんは、伝統文化が駆逐されていく世界のなかで、島を「小さな世界なので、ある意味では意識を変えやすく、大事なものも残しやすい」場所と捉えていた。

※イスロマニア(islomania) 孤島にいるだけで幸福感を覚える精神症状を意味する言葉

渡名喜島(となきじま|沖縄県)のふくぎ並木。強い風が吹く島々では風を防ぐ防風林や石垣のある風景が多く見られる(写真・黒岩正和)

「大都会は商業主義と資本主義で『どんどん物を買いなさい』という世界です。けれど島はおっとりしているから、それを逆手にとって『そっちはそっちでやっていなさい、こっちはずっと変わらない』ということもできるんです」。ハイスピードで変化する世界のなかでも、島はマイペースを保ちやすいというわけだ。

戦後、急激な経済発展を遂げる日本社会のなかで島々は“取り残されてきた”といわれてきた。事実、取り残されたことにより仕事や教育環境を求めて多くの人が島を離れ、過疎が進んだ歴史がある(そのために失われた文化もある)。池澤さんも「若者が出ていく問題は非常に大きいと思います」と語るが、一方で「資本主義的な変化の波をかぶっていないということは非常に良いのかもしれません」とつなぐ。

均一が求められる経済と多様性が豊かさである文化

「経済や軍事は均一な方が強く、均一であることで一丸となって戦えます。しかし文化はバラエティがあればあるほど豊かなのです」。例えば、今やどの島にいてもインターネットで買い物ができ、情報も得られる。それは「均一である方がよい経済」の一端を島が享受していることであるが、「多様である方がよい文化」も島にはまだ残っている。

「昔、竹富島の種子取祭を見て感動しました。今も小さな島に皆が帰ってきて芸能を披露することで維持されています。沖縄の文化は古いものを能動的に、元気に更新しています。一番いいのは民謡で、沖縄や奄美では今でも新作の民謡が次々につくられています」。島に生きる文化は島で暮らす人の誇りと愛着であり、幸福を担保する文化価値をふんだんに含む。

種子取祭の風景。こうした伝統が続く竹富島には「みんなで協力することこそ優れて賢いこと」を意味する「かしくさやうつぐみどぅまさる」という言葉が島の精神として大切に受け継がれている(写真・中西康治)

座間味島(ざまみじま|沖縄県)でシーミー(清明祭)に参加した時のこと、池澤さんはある作法に関心した。「墓から墓に移るときに、お供えの補充としてかまぼこを一つひっくり返す。そうすると『新しい』ということになるのです。それでお供えが補充できるというのは、なかなかうまくできていると思いました」。沖縄のシーミーは、沖永良部島(おきのえらぶじま|鹿児島県)では「墓正月」とも呼ばれる。先祖の墓の前で親戚縁者とお重を囲む行事は、先祖を尊ぶ島文化の代表格ともいえる。

沖縄地方の伝統行事「シーミー」の風景。かまぼこや餅、三枚肉などのお供え物が重箱に詰められる(写真・黒岩正和)

「集落行事といえば運動会も盛んですね。(競技には)みんな夢中になるけど、運動会のあとのヤギ汁の方が目当てだったりして。そこでは世代を超えてつながるし、横の関係も親しくなる。日本はジェンダーギャップが笑ってしまうぐらいひどいですが、島であればおじいよりおばあの方が発言権を持っていたりして、それが島の人には全部見えています」。

都会にはそれがないのなら、やはり島の方がSDGsに近いのではないかと池澤さんは言う。「SDGsは理想であり努力目標ですが、大きく考えて小さく動くようなもので、小さい単位の努力の積み重ねなので、その点でも島は有利かもしれません。

だから(島の文化が)ノスタルジアにならないように、ちゃんと続くように、それをもとに次の社会を考える。離島からヒントを出してやるくらいになってほしいです」。

島と人の文化を持続可能な未来のヒントに

さて、ここまで読んでくださった方のなかには「島だからできるのではないか」と感じる人もいるかもしれない。確かに、四方を海で囲まれる隔絶された環境のなか、同じ島の上で互いに運命共同体と意識する人と生きる島は、すでにSDGs的といえる伝統文化を継承しやすく、新たな独自文化を育みやすい環境にもある。だが、人口が多く隣町と陸続きの土地にも、自治会や学校、会社などの小さな単位のコミュニティがある。そこに独自の文化はないだろうか?なければ島をお手本に持続可能な文化を創造してはどうだろうか。

池澤さんは最後に語ってくれた。「どんなものでも、消費するよりは創る方がおもしろい」。島にある(もしくは少し前まであった)持続可能な文化を見つめ直し、未来をつくるとしたら今である。


(お話を聞いた人)
長嶋俊介(ながしま・しゅんすけ)
鹿児島大学名誉教授。日本島嶼学会参与。佐渡市環境審議会会長。半世紀以上に渡って国内の全離島とすべての島嶼国を歩く。著書に『日本ネシア論』『世界の島大研究』『水半球の小さな大地』『島 日本編』など

菊秀史(きく・ひでのり)
私設民俗資料館「与論民俗村」村長。民俗村の民具は町の有形民俗文化財に指定され、2018年度には文化庁長官表彰を受賞。ユンヌフトゥバ(与論方言)の保存伝承を志し、小学校等での授業を担当。著書『与論の言葉で話そう』(1)〜(4)を刊行

池澤夏樹(いけざわ・なつき)
1945年北海道帯広市生まれ。ギリシャ、沖縄、フランス、札幌に暮らす作家。芥川賞を受賞した小説『スティル・ライフ』をはじめ、紫綬褒章やフランス政府による芸術文化勲章オフィシエなど受賞多数

(聞き手)
鯨本あつこ(いさもと・あつこ)
離島経済新聞社代表理事兼統括編集長。1982年大分県生まれ。福岡や東京で出版・広告業界で働いたのち、2010年に離島経済新聞社を創立。現在は地元で暮らしながら日本の島々をめぐる。

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