つくろう、島の未来

2024年04月29日 月曜日

つくろう、島の未来

半世紀以上にわたり人口規模がほとんど変わらない東京の島・利島(としま)。そこには、「島を支える仕組み」を活かすヒントが隠れているかもしれない。そう考えたリトケイ編集長の鯨本あつこが、ふたりあわせて72歳という利島の若き村長、教育長に話を聞きました。

※この記事は『季刊ritokei』42号(2023年5月発行号)掲載記事です。フリーペーパー版は全国の設置ポイントにてご覧いただけます。

鯨本

島を支える仕組みを学んでいくと支援メニューそのものは充実していることが分かります。ただ、十分活用されていないメニューもある。小さな島がうまく仕組みを活用するためにどんなことが必要になるでしょう?

村長

国の交付金制度の事務手続きは、小さな自治体である利島村としては負担が大きい。そこで、東京都の総合交付金を活用させていただき、多くの各種事業を実施しています。

左から、弟子丸知樹(でしまる・ともき)教育長、村山将人(むらやま・まさと)村長、菅瀬優生(すがせ・ゆうき)副村長

島で育ち、2011年にUターンして2021年から村長となった村山村長は、島での子育て経験を村政に活かすため奮闘中。
弟子丸教育長は、文科省で全国の教育格差を是正するべく、GIGAスクール構想や教育データの利活用などを担当した後、2022年10月より利島村教育委員会に出向。村の3役はいずれも30〜40代。

鯨本

利島村の予算規模はどのくらいなのでしょう?

村長

村の自主財源が年間4,000万〜5,000万円であるのに対して、年間予算はハード整備などが重なると20億円規模になります。

その差はどうしているの?といえば、その多くが国や東京都からの補填になるので、恵まれています。その反面、自律性や自主性が阻害されてしまうのではないかという危機感もあります。

鯨本

とはいえ5,000万円だけでは無人になってしまいますし、島に人の営みがあることは、島の人だけじゃなく国全体の利益につながるという前提に立てば、けしてオーバーではないと感じます。他には?

村長

地域にはそれぞれ特有の事情があるので、全国一律の支援メニューよりも、カスタマイズして活用できるメニュー(利島村の場合は都の制度)に偏ってしまいます。

また、職員数が限られているので、申請や事業報告にかかる事務作業の負担もポイントになりますね。

鯨本

利島村役場の事務方は何人くらいいらっしゃるのですか?

村長

事務職は23人です。

利島村役場。役場職員は29人、そのうち事務職は23人。
わずかな人数で自治体業務をこなしている。
鯨本

少人数自治体にとって事務負担の大きさは死活問題ですよね。教育長はそんな現場をみられてどのような印象ですか?

教育長

事務方が少ない自治体でありながら、自治体として行う必要がある業務は他の市区町村と同じフルスペックが求められるので、骨が折れるなと感じています。

鯨本

かなりの負担ですよね。

教育長

ただ、マンパワー不足については人以外の方法で補えないものかなと思っています。交付金申請もそうですが、色々なことをイチから調べて行うにはマンパワーが足りません。

そこで「これが使えるよ」「このようにすれば簡単だよ」といって自治体間で知見を共有できる共通の仕組みがあれば、不足を補えるんじゃないかと思うんです。

鯨本

これだけDXが叫ばれているわけですから、自治体間で連携して効率化できる仕組みはあって良さそうです。

教育長

「車輪の再発明」とも言うんですが、知見が共有されずにそれぞれが課題解決に取り組んでいると「ようやくできた!」と言ったところで、実はすでに他地域で解決されていたという状況が生まれてしまうんです。

鯨本

島を支える仕組みにも、車輪が再発明されてしまう状態があるんですね。

教育長

各地域が抱いている悩みをピックアップして、同じことで悩まなくても済むような仕組みをつくることが大事なのです。

鯨本

ヒントになる例はありますか?

教育長

有志の取り組みとしては、全国の公務員で知見をシェアする「オンライン市役所」などが進んでいます。例えば、コロナワクチンへの対応でもそこで全国の悩みが共有され、ちょっとずつ解決していったと聞きます。

鯨本

利島のような小さな島が知見の共有をする上でネックになることはありますか?

教育長

日常的な外部とのつながりが少なく、新しい情報が入りにくいことでしょうか。利島ですと隣にある伊豆大島(いずおおしま|東京都)にも日帰りでは行けませんし。

とはいえ最近は色々な研修がオンラインで開催されているので、他の自治体担当者が一堂に会するような横のつながりはつくりやすくなっていると思います。

知見の共有を進めるためには、もともと離島が持つ「強み」であるリアルで濃密なコミュニケーションに加え、オンラインも積極的に取り入れていく必要があります。

東京の竹芝桟橋から大型船で約9時間、高速船なら約2時間20分で渡ることのできる利島は人口約300人の1島1村の島
鯨本

多様なコミュニケーションが重要ですね。今と昔では通信環境などに大きな違いがありますが、日常的なつながりという点で村長はどのように感じられていますか?

村長

例えば、私の子ども時代には剣道を通じて島外へ遠征に行った際に、他の島の子と試合をしたりしながら交流していました。

今もうちの子どもは剣道をしていて、同じように遠征に行くのですが、みんなLINEとかSNSを交換しているので「さっきまで新島(にいじま|東京都)の子とオンラインゲームしていた」というような、僕らの時とは違う距離感の付き合いがあるんですよね。

鯨本

ネットでは日常的につながる時代ですね。

村長

大人同士でもスマホさえあればグループ通話ができるので距離感は縮まってますよね。

べろべろになるまで飲んで仲良くなるという物理的な距離感と、インターネット等を介した距離間と、どちらが良いとか悪いという話ではないですが、時代の変化は感じますね。

鯨本

小さな島が島を支える仕組みをうまく活用するために重要となるのが「知見の共有」と「日常的なつながり」だとすれば、今の子どもたちがオンラインゲームでつながっていることも、十数年後の島づくりで生きる可能性はありますよね。

将来、利島の子どもたちが新島の子たちと一緒に、同じ悩みを解決するかもしれませんし。

教育長

利島には高校がないので子どもたちは「15の春」で島外に出るのですが、親はとても大変です。住む場所を探したり、入試の出願手続きをしたり、さまざまな面倒や課題があって歴代の保護者の方々も悩んできたかと思います。

伊豆諸島(いずしょとう|東京都)全体などで解決方法などを集約して、子どもを島外に出すときには「これを見ればなんとかなる!」みたいな知見の共有ができるように、教育委員会として取り組みを形にしていきたいと考えています。

 
鯨本

村長自身も大変だったのでしょうか?

村長

親は大変だったと思います。経済面だけでなく生活や学力のケアも気になりますし……。

娘の受験した高校ではさまざまな要件があり、島ならではの課題に直面しました。進学する学校や家庭にもよる話ですが、色々なハードルがありましたね。

鯨本

辛いですね。私も子育て中ですが、子どもの問題はその子の年齢によって変わってくるので、めちゃくちゃ辛い課題が出てきても一時というか、喉元過ぎれば熱さを忘れるところがあるので、知見が共有されにくいのかもしれません。

村長

確かに、喉元過ぎれば熱さを忘れるところはありますね。社会状況も変わるのでアップデートは必要だと思うんですけど「こうだったよ」という知見を残しておけると、後々の人が参考にできるかもしれません。

鯨本

島特有の法律なども、つまるところは国にも島の人にとっても大事な島の営みを守るためにあるものだと理解していますが、子育ての課題のように知見が共有されにくいものごとを家庭任せにした結果、「大変だから」と島を離れてしまう人が増えるなら、そこに重大なネックがあると感じます。

村長

利島は特に移住の人が多いので、本当のボトルネックは移住されていた家庭の子どもが「15の春」を迎えたときに、島に留まれるかなんですよ。

僕は地の人間だから住み続けますが、移住者で借家に住んでいて、都心に子どもを送り出し、仕送りして、家賃払って……となると「なんでここに住んでいるんだっけ?」となってしまう。

大学まで進学させるとなると数年間はかなりしんどいので、そこが解消されれば本当の定住につながるという、究極の結論に行き着いています。

鯨本

全国の島には、鹿児島県長島町の「ぶり奨学金」のような経済的な支援メニューは増えていますよね。

教育長

利島村も奨学金などの経済的な支援ではびっくりするほど充実しています。

村長

ただ、お金だけの支援じゃなく、同時に島にいる意味も皆で話し合えるような雰囲気になったらいいなと思っています。

利島小中学校の風景。約30人の児童生徒数に対して先生は約20人。
小さい島だからこそつくれる新たな教育環境づくりを実践し、社会に還元したいと弟子丸教育長は意気込む。
鯨本

以前、利島の株式会社TOSHIMAで女性社員が子どもを産みやすくなるよう労務の仕組みを変えた話を伺いました。

利島だと妊婦健診に行くだけで毎回3日間かかるため、子どもを産むために有給休暇を貯めてつかっている状況があったらしく、それでは子どもを産み育てにくいから改善したと。同じように産院のない島に共有したい例ですね。

最後に、小さな島で心豊かに暮らしていくために、住民に知っておいてもらいたいことはありますか?

村長

僕は何でも共有することを心掛けています。例えば出張に行ったらSNSで発信したり、会議資料を職員に共有したり、住民に対しては「村長と話そうの会」を開催したり、財政状況を簡単なパンフレットにまとめて配布してもらったり。

「歳入はここからもらっているんですよ」とか「この事業の規模はこれくらいで、内訳はこれで、国や都がこれくらい面倒をみてくれているんですよ」ということを、みんなに分かってもらえるようにしています。

鯨本

とても重要ですね。

村長

人口300人でもサボろうと思えばサボれるし、頑張ろうと思えば頑張れる。僕ら行政執行部だけで島は支えられないので、利島全体で頑張れる人を増やさないといけません。

だから住民の皆さんとも呑んでいる時の愚痴だけじゃなくて、島や村政のことを対話できるコミュニケーションをしていきたいです。

鯨本

今回の特集では島を支える仕組みの話をしてきましたが、そもそもの情報が難しすぎたり、どこにあるか分からなかったりすると「自分ごと」と感じられない人が出てきてしまいます。知見がわかりやすく共有されることも重要ですね。

教育長

利島村には300人だからこそできることがたくさんあります。たくさんの仕組みに支えられている小さい島だからこそ、先進的な取り組みを実践し、広く発信していきたいと思っています。

特集記事 目次

特集|島を支える仕組みのキホン

1万4,125の島からなる日本には421島の有人島があり、そのうち416島が有人離島と呼ばれています。 人の営みがある島のそれぞれに、自らが暮らす地域を支える人がいて、島の外から島を支える人や、島を支えるさまざまな法律や制度があります。 この特集では、離島特有の法律や制度を中心に、島を支える仕組みのキホンを紹介します。

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