つくろう、島の未来

2024年10月30日 水曜日

つくろう、島の未来

漁業の明るい未来に向けて頑張っている人は、漁業者だけではありません。

2010年頃から離島の漁業振興について研究を続けている、鹿児島大学水産学部の准教授、鳥居享司さんもその一人。研究のフィールドは鹿児島の離島全域で、甑島(こしきしま)に行くこともあれば、屋久島(やくしま)や種子島(たねがしま)、そして奄美大島(あまみおおしま)や与論島(よろんじま)などの奄美群島(あまみぐんとう)の島々と多岐に渡ります。

日本の漁業をとりまく環境には、世界規模で懸念される漁獲量の問題から、離島ならではの輸送面での条件不利まで多様な問題があります。こうしたなか、鹿児島の離島には島内での販路開拓に取り組む事例も生まれているとのこと。研究者という視点を通じて、漁業の今と未来を探求する鳥居さんにお話しを伺います。

人物紹介

鹿児島大学水産学部 鳥居享司さん
2010年より、離島の漁業経営の持続性確保に向けた研究に取り組む。
フィールドワークの対象は鹿児島県の離島。地元の漁業者と連携し、研究者としての立場から助言などを行う。
好きな魚とお酒の組み合わせは「大きなハマダイの煮付けと長雲一番橋」。
Facebookグループ「鹿児島おさかな倶楽部」

ライター・ネルソン水嶋
合同会社オトナキ代表。ライターと外国人支援事業の二足のわらじ。鹿児島県・沖永良部島在住。祖母と二人暮らし、帰宅が深夜になると40歳手前なのに叱られる。
Twitter

離島経済新聞社 石原みどり
『ritokei』編集・記事執筆。離島の酒とおいしいもの巡りがライフワーク。著書に奄美群島の黒糖焼酎の本『あまみの甘み 奄美の香り』(共著・鯨本あつこ、西日本出版社)。

島の漁業は”利用”と”管理”が共通課題

以前、「しまづくりサミット2017」でお話を伺う機会がありました。2016年に島嶼産業研究会を立ち上げられ、離島の漁業振興に取り組むということでしたが、最近のご活動について教えてください。

基本的にはその続きで、離島を中心に漁業の経営振興に向けた研究をしています。水産業は我々の食卓に直接関わってきますし、離島にとっては重要産業で人々が暮らす上でなくてはならないものですから。

毎年秋に開催される国内最大級の離島イベント「アイランダー2017」に合わせて行われた「しまづくりサミット2017」

最近のフィールドは、奄美群島が中心ですね。離島は市場が小さいので、たくさん魚を獲っても島外に出荷せざるを得ません。

一方で、コロナ禍も落ち着いて観光客が戻ってきたので、島内で彼らに対して上手く届ける仕組みづくりを地元の方と考えているところです。

2017年の取材の際には、トカラ列島(とかられっとう)で急速冷凍を導入したことで、魚を安定して島外に出荷できるようになった事例を伺いました。他にはどんなケースが出てきていますか?

奄美大島の笠利地区では、出荷の際にウルトラファインバブル(※)という新しい鮮度保持システムを導入し、沖縄の量販店に安定した販路を確保した事例がありますね。

※ 細かな窒素ガスの泡が溶けた冷水で活魚を冷やすことで、魚の酸化や好気性細菌の繁殖を抑制し鮮度を保つシステム

ウルトラファインバブルによる活魚処理の様子。離島の漁業にとって鮮度保持は死活問題

海外の島も研究されているそうですが、国内の島との共通点はありますか?

共通して、地元の資源に依存した漁業のあり方、その資源を大切にした地域の暮らしがよく似ていますね。しかし、資源が消えれば暮らしも成り立たなくなる。

奄美群島でも、私がよく行くフィジーでも、最近は資源が減っているということが共通の課題です。

とにかく販路を開拓してたくさん売れればよい!ということでもないのですね。

一時は良いでしょうが、持続可能な漁業とは言えませんね。水産資源の利用と管理が両立しないと、人々の暮らしは持続的に成り立たない。

今の世代は良いかもしれませんが、「次の世代がそこで暮らしていけるのか?」という視点も持続可能性を考えるポイントになっていきます。

資源管理の面で伺いたいのですが、私が住む沖永良部島(おきのえらぶじま)でも漁獲量が減っていて、上の年代の方から「こんなに漁獲量が減ることはなかった」という声を聞くことがあります。

そうした状況で、漁獲の自制というか、ある種の啓蒙も必要になるんじゃないかと思いますが、いかがですか?

なかには資源のことを考えていない方もいらっしゃるかもしれませんが、漁業者自身から「管理しないといけないんじゃないか」という声が出ることも増えています。

私がやり取りする中では地元の漁業者の中でも責任のある世代の方が多く、どんなことができるかよく話し合っています。

島の中から自然と生まれているのですね。

そうなんですが、それが全体の声になかなか結びついていかないというのはありますよね。「自分の代で漁業は終わりだろう」と考えている漁業者からは「今の状態でいいんじゃないの」という意見もあるので、それが難しいところですね。

こうした難しい点はありますが、漁業者も一生懸命です。例えば、甑島(こしきしま)も漁獲量の減少と販路の確保で苦しんでいる地域のひとつです。

そこで漁業者が新しいことをやりたいと思っても漁協では対応できない。漁協も経営が苦しく新しい取り組みを行う人的資源や資金に余裕がないのです。

沖永良部島の漁業関係者へ向けた講演の様子。研究成果の還元などを目的にした講演会を、これまでに奄美大島笠利地区、沖永良部島で実施(主催:鹿児島大学国際島嶼教育研究センター)

そこで2022年8月、意欲ある50代の漁業者が中心になって一般社団法人を立ち上げ、漁業者はもちろん、PRやマーケティング、衛生管理などそれぞれの分野に強い人を巻き込んで、生産から販売まで一元管理する活動が始まったところです。

私も同法人の理事に就任し、今後は研究活動の面から貢献できればと思っています。

島内消費を増やすためのさまざまな取り組み

鹿児島の島々で地域的な違いを感じることはありますか?

そこまで大きく意識したことはないですが、南に行けばゆっくりしているなという印象はありますね。鹿児島自体が南なので、厳しい状況でも「なんとかせなあかんよねー」と、心に余裕を持って漁業をされているなという感じはあります。

南国気質で、明るい感じの方が多いんでしょうか。

そうですね。自分とお付き合いしてくれている漁業者さんは、前向きな方が多いです。そうした方とは、やりとりも継続的になりますし、やりとりのなかから新しい活動が生まれてきます。

研究を始められた2010年と比べて、状況に変化はありますか?

資源管理の意識もありますが、もう一つは販路ですね。地元に十分な市場がないので島外出荷せざるを得ないんですが、輸送時間がかかって鹿児島や沖縄に届いたときに、他産地に比べて鮮度が落ちる。

ただ最近は、鮮度を保つ処理方法を取り入れたり、奄美群島の措置法(※)で輸送費も一部補助対象になったこともあり、状況不利性がやや緩和されてきています。

※ 奄美群島振興開発特別措置法。奄美群島の自立的発展や住民生活の安定を目的に、税制上の優遇措置などを規定した法律

行政面の補助や新しい技術の力を借りて、島外に販路をつくる努力をされているんですね。一方、販売先を開拓して漁獲量を増やすと資源が減ってしまう苦しさもありますね。

そこが課題ですよね。出荷コストが下がると、ある程度市場価格が下がっても採算が合うので、獲りすぎてしまうのではないかという懸念も生まれてきます。

>> 島々会議012「魚食を支える島の仕事人」12組目(鳥居享司さん)島・お店・地魚のファンになってもらうには?【後編】に続く


この企画は次世代へ海を引き継ぐために、海を介して人と人とがつながる“日本財団「海と日本プロジェクト」”の一環です。

日本財団「海と日本プロジェクト」

さまざまなかたちで日本人の暮らしを支え、時に心の安らぎやワクワク、ひらめきを与えてくれる海。そんな海で進行している環境の悪化などの現状を、子どもたちをはじめ全国の人が「自分ごと」としてとらえ、海を未来へ引き継ぐアクションの輪を広げていくため、オールジャパンで推進するプロジェクトです。

     

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