離島地域や日本経済にとって、観光産業が重要な役割を果たしていることは自明の事実。しかし、今や観光産業は世界規模で急成長を続け、億単位の人間が移動する時代。野放しに観光を推進すれば「観光公害」を招く危険性もあることをふまえ、世界の事例と日本の離島地域のオーバーツーリズムを知るための最新図書を紹介します。
この特集は有人離島専門フリーペーパー『季刊リトケイ』29号「島と人が幸せな観光とは?」特集(2019年8月27日発行)と連動しています。
『観光亡国論』(アレックス・カー、清野由美・著)
奄美という聖域を
犠牲の地にしていいのか?
――日本の観光産業のために、奄美という聖域を日本の「サクリファイスゾーン(犠牲の地)」として差し出していいのか?
2017年に浮上し、現在も論争が続いている奄美大島南部・瀬戸内町の大型ク
ルーズ船誘致計画(※)について、
同著は世界の事例をもとに、こう
提言する。
例えば「ゼロドルツアー」。タイや
バリ島で問題となっている観光ス
キームで、中国の旅行業社が低価
格のツアーで観光客を送客し、現
地でほぼ強制的に宝石店などでの買物を組み込むツアーだ。
土産物店はもちろん、宿、ガイド、バスなどは中国の業者と提携しており、ツアー中に観光客が支払う金額のほとんどが現地に落ちない。
タイ政府の調査では、このスキームがタイ経済に与えている経済損失は毎年約20億ドル(2,200億円)に上るという。
一度に大量の観光客がやってくるクルーズ船は、観光産業の成果を「数」で見れば、大きな効果が見込まれる。
しかし、クルーズ船の乗客が一般の旅行者に比べて寄港地で使うお金は格段に少ないことも、各地の調査で明らかになっている。
奄美のクルーズ船問題が、世界で問題となっている大型観光の負の側面に酷似していないか。同著は警鐘を鳴らし、健全な観光を展望するヒントを提唱する。
論者は小値賀島(おぢかじま|長崎県)の古民家ステイをプロデュースするアレックス・カー氏と、ジャーナリストの清野由美氏。
訪れた国の自然や環境、文化に触れ、地元の人々の精神的な部分までを理解する「観光コミュニティ」の精神がある観光こそが、小さな村の暮らしが成り立つ観光だとし、日本の観光業に根を張ってきた「量の観光」を、いかに「質の観光」へ転換できるか。
国内外の豊富な事例をもとに建設的な解決策を探る。
※2019年8月23日に瀬戸内町が大型クルーズ船誘致計画を断念する方針を発表。
『観光亡国論』(アレックス・カー、清野由美・著2019年3月/中央公論新社定価820円+税