「島の暮らしにかかるお金」や「社会を維持するお金」に続いて、島で生きるために必要なお金について考えるときに押さえておきたいポイントを「知の巨人」として知られる作家の佐藤優さんに教えてもらいましょう。(制作・ritokei編集部)
※この記事は『季刊ritokei』37号(2022年2月発行号)掲載記事です。フリーペーパー版は全国の設置ポイントにてご覧いただけます。
>>前回:私たちは島に住み続けられるの? 素朴なギモンを財務省で聞きました【特集|島で生きるために必要なお金の話】はこちら
登場人物
主人公・シマノミライさん(18)
人口約2,000人のR島に住む18歳。島唯一の高校を卒業して首都圏の大学に通う予定。小学生の頃に大怪我をして入院した経験から、将来は人助けができる看護師になりたいと考えている
弟・シマノサチオくん(14)
R島で生まれ育った中学2年生。サッカー好きだが同級生が少ないため、バトミントン部に所属。夢はYouTuberと起業家。早く島を離れたいと思っているが、島の祭りが大好きなお祭り人間でもある
父・シマノタダオさん(50)
R島出身。大学進学のため上京し30歳でUターン。役場職員として働く。子どもたちに帰って来て欲しいと言いたいが、過疎が進む島の未来に不安があり言い出せずにいる。少し気弱な性格。趣味は釣り
母・シマノユメコさん(45)
千葉出身。結婚を機にR島へ。島唯一のスーパーで働きながら、島の女性たちと未利用食材をつかったお菓子をつくる活動を楽しむ。将来の夢は、島に帰った子どもたちと孫の面倒をみること
佐藤優(さとう・まさる)さん
1960年東京生まれ。母は久米島出身。外務省に入省し、在ロシア連邦日本国大使館に勤務。外務本省国際情報局分析第一課で活躍した後に2002年、背任と偽計業務妨害容疑で逮捕。2005年に執行猶予付き有罪判決を受け2013年執行猶予期間を満了。2005年『国家の罠―外務省のラスプーチンと呼ばれて―』、『新世紀「コロナ後」を生き抜く』など多数。
必要だけれどふりまわされてはならない
まず、お金に関しては二つのことが重要です。ひとつは、お金はすごく重要で必要なもので、お金がないと生活できていかないこと。
もうひとつは、お金に振り回されると人生がめちゃくちゃになるということです。この難しい二つの線の間を、選んでいかないといけません。
「豊かさ=お金」ではありません。資本主義社会においては、あらゆるモノとサービスを金で買うことができますが「豊かさ」はお金で買うことができません。
それでいうと、離島出身の人たちはその感覚がうまくできていると思うんです。
カール・ポランニーという経済人類学者は「人間の経済」を提唱していて、人間の経済には三つの要素があると言っています。
一つ目が贈与、これは島の中のお金持ちの人が、あそこの子は出来がいいけど経済状況が良くないからといって見返りを求めずに応援してくれるようなことが、離島ではよくありますね。
部活の遠征費を島の人たちが出してくれるのも贈与ってこと?
そうです。二つ目は互助。人口の少ない離島だと扉に鍵があってもかけませんよね。それで知らないうちに野菜が置かれていたりして、食べ物が物々交換になっています。これが相互扶助です。
そういえば昨日も隣の奥さんにブリをいただいたから、みかんをお返ししたわ(笑)
いいですね。最後の三つ目は、お金とモノを交換するような商品経済です。
経済ってお金のことだけかと思っていたけどそうでもないんですね。
はい。この三つのバランスがとれているのが「人間の経済」になるとカール・ポランニーは言っているのですが、資本主義経済において、特に都市部では三つ目しかない。このことが人々をギクシャクさせている理由なのです。
島には「人間の経済」がありサバイバル力の高い人がいる
佐藤さんはお母様の故郷が久米島とのこと。久米島の高校生に向けて講演された内容を『人生のサバイバル力』という本にもされていますが、島で生きる人が持っているサバイバル力にはどんなものがあると感じますか?
それは、困った時に「助けてください」と言える力です。都会ではどんなに困っていても我慢して、助けてくださいと言えない人が多い。
けれど、島に住んでいる人たちは、親族や友だちに対しても行政に対しても助けてくださいと言える。人に助けてもらう代わりに自分に余裕ができたときには人を助ける。つまり、人間の相互扶助を皮膚感覚で持っているということです。
いつかの台風で家が半壊しちゃった時は、みんなが助けてくれて本当に助かりました。今は困った時はお互い様だなって思うけど、言われてみるとR島に来るまではそんなに大切だと思っていなかったかもしれません。
島じゃ当たり前だから、もたれ合いすぎていることもあるのかなぁ。
もたれ合いは決して悪くはないんです。強い者が弱い者を助けるのは当たり前。また、強い者が弱くなることもあれば、弱い者が強くなることもあるわけですから、そういう循環を維持していくことが重要なんです。
ところで、佐藤さんは島で生きていくのにいくらかかると思いますか?
助けてもらえるネットワークにのっかれるなら、島では意外にお金はかかりませんが、何十代で帰るかにもよります。
20〜30代で帰って島で子どもを育てるのか?50代で子どもの教育を終えて島に戻るのか?あるいはリタイアした後に戻ってくるのか?それによって経済的な計画が変わってくるからです。
僕たちが帰るのが50代だったら父ちゃんも母ちゃんも80代だよね(笑)
島で子どもに高等教育まで受けさせようと思うなら、それなりに稼げる基盤をもっていないとやっていけません。
対して、子育てがぜんぶ終わって子どもにお金がかからないという状況でしたら、年金や副業的なものの組み合わせでもやっていけるでしょう。
島で安心して子育てするなら、お父さんみたいな公務員がいいのかなあ。
具体的にどれくらいのお金が必要なのか?ということだと、島の公務員の7割で考えればいいと思います。50代くらいで500〜600万円ならその7割。350万から420万くらい。そのくらいの世帯所得があれば島ではやっていけますね。
島という限られたパイのなかで、お金を稼いでいくというのは非常に難しいものがあります。だから、リモートワーク等をつかって外からもきちんとお金をつくる。
あるいは、島のなかの資源をつかって起業していくなど、兼ね合わせていくのが良いでしょう。
起業か〜。サチオが孫の顔もみせてくれるなら応援しなくちゃ(笑)
誰もが求めているのはお金では得られないもの
けど、島は人も減っているでしょ?都会でばんばん稼いでお金をいっぱい持っている人が移住してくれたらそれだけでもいいのかな。
随分前だけど、そういう感じの人が移住相談に来て突然「R島にリゾートホテルを建てたい」なんて言い出したから驚いたよ。
結局、話が折り合わずに出て行ったけど、何かとお金の話を持ち出してきて。邪魔だからって港のガジュマルを斬り倒す提案までしてきたもんだから、じいさんたちが「出て行けー」って怒鳴ってたな。
みんながいつも夕涼みしてるあの木を?信じられない……。
お金に執着する人って、どうしてそうなるんだろうね。
私が観察するところ、二つの要素がありますね。ひとつは人に言えないほど貧しくて、お金に苦労した経験があること。けれどそれだけでは、そこまでお金に執着するようにはなりません。
もうひとつ、その苦しい時に誰にも助けてもらえなかった経験があると、お金に頼るほかなくなるんです。
世の中には「ブルシット・ジョブ」と呼ばれる、収入は確かにいいんだけど、これが何の役に立っているんだろうか?という疑問を持ちながら、数億くらいのお金を貯めたところで、もう一度自分の人生の転換について考えようという人が増えています。
そうした人々が求めているのは、「お金では得られないもの」なんですよ。
「人間の経済」でいえば、贈与も互助も存在するR島には「ありがとう」と言い合える場面が多そうですよね。
逆に、少しお金があるからといって島に移住して、札束で問題を解決できると思っていると、すぐに島を出ることになるでしょう。
必要なお金はしっかり稼ぐとして、お金で得られないものもしっかり大事にする。
あとは、将来島に帰るならいつ帰ってくるか?を考えて、どのくらいのお金が必要になるか考えるというわけですね。
うーん…….。子育てするなら島がいいけど、その前に結婚相手だよね。
さらに詳しく知りたい方には佐藤優さんの本もおすすめ
>>島の皆さんに聞く 島暮らしにある「お金では得られないもの」【特集|島で生きるために必要なお金の話】に続く