つくろう、島の未来

2020年08月11日 火曜日

【いよいよ石巻へ】片道25時間半かけて父島から東京・竹芝港へ到着。ウクレレポストマンのホマレさんは一路石巻へと向かいます。

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[2]いよいよ石巻へ

4月某日。
あいにくの曇り空の中、おがさわら丸は父島を出港した。
まずは東京に向け、25時間半の長い船旅が始まる。
震災に対し何もできていない苛立ちから、僕は思う。

「人は過去の過ちを悔いながらも、新しいものを求め、
日々過ちを冒し続ける。
さながら僕は五体頭地を続ける修験者?ウクレレだから四弦頭地?
この旅は神に許しを請う旅なのだろうか」
・・・船は黙って揺れ続ける。

僕は出港前夜、フジコちゃんへ2つのお願いをした。
1つは被災地の皆さんから望まれる演奏ができればとの思いから、間近で皆さんの表情を感じ取れるよう、棟数の少ない、少人数の方が暮らす仮設住宅への訪問を希望した。

そして2つ目はボランティアスタッフの方々を少しでも労えればとの考えから「長期ボランティアの方々へ向けたライブ」を提案させてもらった。

翌夕、ほぼ定刻どおりにおがさわら丸は東京・竹芝港に着岸。
船の上からは風に舞う桜が見事だ。
桜の咲かない島から来た僕には、とても新鮮だった。

その日の真夜中、新宿発の深夜バスで一気に石巻へと向かう。当然小笠原より寒い。分かっていたこととは言え、これからどんどん冷えるかと思うとテンションも気温と共に下がっていく。
しかしここからは父島で知り合った、石巻の元ボランティアのノブさんが同行してくれる。
心強い。バスは出発した。

寝付けない深夜、耳鳴りのように映画「真夜中のカウボーイ」のサウンドトラックのブルースハープがリフレインする。

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バスは蓮田と安達太良SAで休憩を取り、途中事故による渋滞に巻き込まれながらも、予定どおり翌朝6:30に石巻駅前へ到着した。

石巻初日の出会い

今回僕を受け入れてくれたスマイル・シードのオフィスが入っている
「ボランティア支援ベース・絆」へと向かう。

歩くこと5分。到着したビルのガラス扉を静かに押し、ノブさんの案内で奥の木戸をくぐる。

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と、そこにはストーブの炎が発する轟音の中、
ヨガに集中する美しい女性が待っていた。

彼女はポーズを維持しながら
「ウクレレのホマレ君?30分でみんな来るから」。
ヨガは続く・・・。

ボランティアスタッフが外から、二階の居住スペースから、続々と集まってくる。
時間は7時半。朝ミーティングの時間らしい。

実はちょうどその時、出発前に小笠原で僕が出演したFM東京のラジオ番組が
放送されるのだった。
が、その日は神奈川からの解体屋さん七人組がやってきていたし、
そこへ某有名デパートのボランティアが40名到着。
当然長引くミーティング。

とても「今から僕のラジオが…」と言えるはずもなく時間は過ぎ、各団体はそれぞれのボランティア活動へと散っていったのだった・・・。

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