瀬戸内の島々150島を歩き、人と暮らしを描いてきた絵描き・倉掛喜八郎氏の著作『タコとミカンの島 瀬戸内の島で暮した夫婦の話』より、エピソードを抜粋して掲載する連載企画。
愛媛県松山沖に浮かぶ、今は無人島となってしまった由利島(ゆりじま)で、タコツボ漁とミカン耕作を営みながら戦前から1980年代まで暮らした夫婦を訪ね、穏やかな海を見下ろすミカン山で、漁に出た船の上で、問わず語りに聞いた島の話をお届けします。
左:二神・由利島周辺地図/右:由利島鳥瞰図(クリックで拡大します)
夫婦泣き笑い
「前にも言うたけど、おじいさんが元気で仕事ができたんは五、六年よのぅ。結婚してちいと間して肋膜炎を患い、女手では漁はできん言うて、畑もするようになったんじゃけど、おじいさんは体が元気じゃったら、ツボ一本でいきたかったんよのぅ。じゃけど体が弱いために、何事につけても悩み、歯ぎしり、男として果たせんかった悔しさがあったわい。
けどなぁ、おじいさんはどんなに難しいことがあってもな、それをバネにして前に進んじょったわい。わしはこんぐらいのことではヘコたれんぞ言うてよの、気持ちを奮い立たせよったわい」
ツボは、二人の甥が独立した昭和三九(一九六四)年頃から、夫婦だけでするようになる。だが、中村さんは畑の開墾時に大ケガ、腎臓病、心臓発作の持病と、満身創痍。力仕事はできないから、ツボの采配と操船に専念。ツボ繰りの力仕事はスミエさんがこなした。並大抵のことではない。
「ばあさんはハガネのように強いぞ」
「うーん、そんでもなぁ、なんでこない次から次へと大病するんじゃろぅ、苦労するんじゃろぅ、と思わんこともなかったわい。じゃけど、どうしてもやらにゃいかんかったんじゃけん。人に笑われまい、後ろ指さされまいという気持ちでよのぅ。じゃから、同じやるんなら楽しんでやったほうがよかろぅ。タコもミカンもおじいさんの言うとおりにやってきたんよぅ。
風邪をひいて体がえらいけぇ、今日はどうしても休もう思うとってもな、おじいさんに、『おーい、行こどう』言うて呼ばれたらよの、『あいよぅ』言うて、ついつい足がそっちに向いたんよぅ。そんで行ったらよの、『タコ取ろどー』の掛け声に、体のえらいのんを忘れてしまいよった。おじいさんは『欲と二人連れは強いぞう』言うてよの、ヘラヘラ笑ろとったわい」
夫婦はミカンの悪いときはタコに精を出し、タコが不漁のときはミカンに手を入れ、両方悪いときはまたいつか笑えることもあるだろうと、苦しみは半分に、楽しみは倍にして支えあってやってきた。
「あのなぁ、おじいさんはなぁ、お金も決め事も何もかもスパッと割り切って、きれいなんよな。タコが休漁と決まっとっても、それを破って誰かが漁しよる。それを見て、私が誰々がタコ取っとるで、タコ取れるでぇ、行こうやい言うてもよの、それをせずくに休みを楽しんじょったわい。休漁が一週間つづいてもよのぅ。
おじいさんはどんなときでも真っ直ぐに本筋を通しちょったけぇ、煙たがられとったわい。けどなぁ、よう組合長から中村さん来てもらえんかなぁ、言うて呼び出されよった。おじいさんは意見のまとめ役じゃったんよの。
何のことじゃったんじゃろか、組合を解散しょうやい言う人がおって、組合に残るんは中村さんだけじゃ、組合がつぶれるちゅうとき、おじいさんは『みんなが生きていかにゃいかん。人間のやることじゃ、どうにか解決する方法がある』言うて話したんじゃろ思う。おじいさんは自分のことだけ考えちょらんかったわい。ほんとうにえらいわい」
中村さんは清濁を飲み込む度量があり、腹が座っていた。
「おじいさんは人がどう言おうと弁解せんのよぅ。娘が成人したときの晴れ着のために、温州の苗を五本植えちゃんじゃけど、昭和四三年の干ばつで収穫できなんだんで、その分二人で春の藻の口開けにワカメ、テングサ、ヒジキじゃのを二、三年、一生懸命に取りよったらよのぅ。
それを見た二神の人が『ほれほれ、ミカンの収穫がのうて、食べていけんのじゃろぅ』やら何じゃら言うんで、おじいさんに『人がこない言うとる、あない言うとる』言うたらよ。『ほうか、ほうか。そんなもん相手にすんな』言うて、笑うとったわい。海藻取りが娘の晴れ着のためじゃったことを、成人式で初めて知ったんよのぅ。おもしろかろう」
【読者の皆さまへ】
連載は今回で最終回となります。続きは『タコとミカンの島 瀬戸内の島で暮した夫婦の話』(シーズ・プランニング・星雲社 2020年)にてご覧ください。ご愛読ありがとうございました。
図書館・学校へ『タコとミカンの島」を寄贈します
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(上限:5冊 応募者多数の場合抽選)
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倉掛喜八郎・著『タコとミカンの島』寄贈申し込みフォーム(図書館・学校向け)
※応募締め切り:2021年7月15日(木)
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