複業解禁、テレワークやワーケーションの推進、パラレルキャリアetc…。コロナ以前から広がりをみせていた多様な働き方の推進が、コロナ禍を受けて急加速している。そんな中、海士町(あまちょう|島根県)で立ち上がった新たな動きに注目したい。
※この記事は『季刊ritokei』33号(2020年11月発行号)掲載記事です。フリーペーパー版は全国の設置ポイントにてご覧いただけます。
10月9日に海士町で「海士町複業協同組合」が立ち上がった。厳しい人口減に直面している離島地域などの過疎地を対象に、移住者らの就業を後押しする新法「特定地域づくり事業推進法(※)」の活用を目指す、国内初の取り組みである。
※ 令和2年6月4日に施行された「地域人口の急減に対処するための特定地域づくり事業の推進に関する法律」
同法は、人口減少地域の事業者らでつくる組合・組織が移住者らを雇用し、複数の事業者に派遣する制度だ。雇われる職員は無期雇用による安定した労働環境を確保でき、事業者は担い手を確保できる点が大きな特徴。組合運営費には公的な財政支援も用意される。
実は、同法が生まれた背景に、2009年から海士町で独自に推進されてきた「マルチワーカー制度」がある。創造的な地域づくりで知られる海士町では(※)、島の担い手不足解消を目的に、古くから島に根付いていた「半農半漁」の働き方を現代風にアレンジしたマルチワーカー職を用意。海士町観光協会がマルチワーカーの採用を行なっていた。
※ 海士町は海産物のブランド化や教育魅力化プロジェクトなどの取り組みで財政破綻の危機を乗り越え、多くの移住者を集めたことで、地域振興の先進地として注目されている
8年前に海士町へ移住した太田章彦さんも、マルチワーカーとして採用されていたひとり。春は岩牡蠣、夏は観光、秋は食品加工業、冬は酒蔵など、島内事業者の需要と自らの希望を掛け合わせながら柔軟に働いてきた。
太田さんは「都市部の人からは、地域には仕事がないと思われているかもしれないが実際は違う」という。確かに、ひとつの業種で通年働ける仕事は少ないが、実際は、看護師や保育士、介護士、水産業や観光業など、多分野で人手が不足している。こうした地域課題に対し、海士町は「マルチワーク(複業)」で解決を図ってきたのだ。
マルチワークは、慢性的な担い手不足に悩む過疎地域の課題解決を推進するとともに、都市部から田舎暮らしにあこがれを抱く人の「移住のハードル」も下げる。
海士町複業協同組合の場合、雇われる職員は、組合員である水産業、食品加工業、観光業など5事業者間で複業を行うが、雇用形態は「雇用期限を設けない無期雇用」で、健康保険や厚生年金の加入も保障される。1年目は島を知る「インプットの時間」として3社以上、1社あたり3カ月以上勤務することがコンセプトになるが、2年目以降はその人自身の意向をもとに働き方を定めていくという。
太田さんはこうした島の働き方を「働き方をデザインする」と表現し、「春、夏、秋、冬で仕事を変えたり、午前や午後など1日のうちで仕事を変えたり、1週間のうち2日は観光業で3日は食品加工業という働き方もあります」と説明する。
一見、複雑な制度にも見えるが、大元にあるのは島の「半農半漁」の概念。島の自然や人々の営みと自らの希望を掛け合わせる、島ならではの働き方は、ポストコロナで求められるニューノーマル(新常態)のひとつになるだろう。