新上五島町地域おこし協力隊 兼 フリーライターの竹内 章による島グルメコラム。観光客目線ではちょっと気が付かない、地元ならではのおいしい五島飯を紹介します。
ツウな食べ方?
これは、どこからどうやって食べればいいのかな……。
お皿の前で腕組みしていると、地元のおばちゃんの声が飛んできました。
「ほら、ガブっと頭からいけばいいのよ。お箸?手で!それがツウな食べ方!」
言われるまま手でつまみ、はいガブリ。チラとおばちゃんに目を向けると、うんうんと満足そうな表情。移住者の僕も、なんだか島人になれた気分です。
豪快かつ繊細な姿寿司
五島列島北部にある新上五島町の奈良尾地区に「紀寿(きず)し」という郷土料理があります。
一言で言えば、アジの姿寿司。小ぶりなアジを頭ごと背開きして酢に漬け、ゴマをふったすし飯を中に詰めてつくります。
甘酢がふんわり香るアジと、ゴマの風味が効いたすし飯との相性が抜群。とても上品な味わいで、女性でもぺろりといける軽さです。
ひと目には豪快ですが、小骨や背びれが1匹1匹丁寧に取り除かれています。酢にじっくり漬けてあるので、頭までとっても柔らか。繊細な仕上がりで、口あたり良くいただけます。料理マンガ『美味しんぼ』(小学館)に登場したこともある逸品なんです。
ルーツは紀州にあり
五島は、移民と深いかかわりがあります。例えばキリシタンが弾圧を逃れ移り住んだ歴史は、五島を語る上で欠かせません。
奈良尾地区には、江戸後期から紀州(現在の和歌山県あたり)の漁師が移住したそうです。イワシやカツオを求め、彼らは約400年も前からいい漁場が広がる五島まではるばる通っていました。
紀寿しは、この紀州の漁師が五島への長い船旅に際し、酢漬けにした魚とおにぎりを合わせて一緒に食べていたものがルーツだと伝えられています。保存食の一種だったんですね。
移民が、ふるさとを懐かしみながら紀寿しをほおばっていた姿が目に浮かびます。
伝統の味を後世に
時は流れ平成。「伝統の味を引き継ぎつつ、だれが食べてもおいしいように紀寿しを現代風にアレンジしよう」という取り組みが12年前にスタートしました。
立ち上がったのは、奈良尾の漁協女性部のメンバーでつくる「郷土料理研究会」。「若い人の中には郷土料理のつくり方を知らない人もいる」という危機感が彼女らを突き動かしたと言います。
メンバーは、集落のベテラン主婦から昔ながらの紀寿しのつくり方を学び、その上で素材選びや調味料の加減など試行錯誤を繰り返します。そして3年近くを費やし、ついに新生・紀寿しをつくり上げました。
これを機に、もともと「生寿し」だった表記を「紀寿し」に変更。ルーツである紀州に敬意を払い一文字拝借しました。
女性部の紀寿しは、奈良尾で月1回開かれる朝市や島内外のイベントで購入できます。お値段は1パック(2匹入り)500円。奈良尾で食べるときは、おばちゃんの声が飛んでくるかもしれませんよ。
「ほら、頭からガブっと!」