つくろう、島の未来

2020年09月29日 火曜日

日本の島々に暮らす80歳以上の高齢者は約8万人(※1)。人口規模や立地条件等により、それぞれ島の事情は大きくことなるが、共通するのは「島に暮らしたい人」と「支える人」が存在すること。この両者がどのようにして支え合っているのか、厚生労働省が提唱する「地域包括ケアシステム(※2)」をキーワードに、島々の取り組みを紹介する。

※1…『離島統計年報』平成27年国勢調査より法指定離島の人口を抽出
※2…高齢者が住み慣れた地域で自立した生活を送れるためのサービスを一体的に受けられるようにするための仕組み

多良間島(たらまじま|沖縄県)は、宮古島と石垣島のほぼ中間に位置する島。美しいサンゴ礁に囲まれた小さな島に、約1,100人が暮らしている。

そのうち、65歳以上の高齢者人口の割合は26.4%(※)を占めるが、年間を通じて行われるさまざまな祭祀(さいし)では経験豊かな高齢者が大活躍。日々畑仕事に精を出し、集まって「ゆんたく(おしゃべり)」する高齢者は、皆がはつらつとして見える。

※『2018離島統計年報』平成27年国勢調査より(統計は同村の水納島を含む)

そんな多良間島の地域包括ケアシステムについて、多良間村住民福祉課で介護保険と地域包括支援センターを担当する豊見山亜紀子さんに話を聞いた。

主産業はサトウキビなどの農業。隆起珊瑚礁の平らな地形を活かし整備された農道と圃場(ほじょう)が広がる

地域行事や「ゆんたく」が身近にある島の暮らし

琉球王国時代の文化を受け継ぐ多良間島には、伝統的な祭祀文化が色濃く残っている。
「ほぼ毎月催される」という多良間島の行事のなかでも有名な「八月踊り」は、子どもから高齢者まで、幅広い島民が総出でつくりあげる重要な行事。こうした場では、経験豊かな高齢者が場を取り仕切り、歌や踊り、その意味を下の世代に伝える重要な役目を担う。

旧暦8月8日から3日間にわたり催される豊年祭「八月踊り」(国指定重要無形民俗文化財)

多良間島で400年近く続く「八月踊り」のように、小さな島で伝統文化を継承できている背景には、「ゆいまーる(地域協働)(※)」の精神がある。

※小さな集落や自治単位における共同作業「結(ゆ)い」と順番を表す「まーる」により、労働交換のならわしを表す方言。現在は「助け合い」の意で使われることが多い

畑仕事や育児、行事など、多世代で協働することの多い多良間島では、高齢者と若者が同じ空間で談笑する姿も日常風景として見られる。
そして、そんな島の高齢者がいきいきとしている理由にも「ゆんたく(人と会っておしゃべりすること)」があると、豊見山さんは言う。

「多良間村のすごいところは、認知症になっても島で生活ができることなんです。滅多に行かない場所へ出かけた帰りに道に迷ってしまった高齢者を、知人が『このおじいが、ここにいるのはおかしい』と気づいて連れ帰ったことがありました。これが都会だったら気づけない。周囲のフォローがあって、認知症になっても一人で暮らせるのは多良間村の強みです」(豊見山さん)。

一人暮らしの高齢者でも、日常的に周囲との交流があることで孤立することなく、ちょっとした困りごとなら周囲とのつながりの中で解決することができるという。

島には慣れ親しんだ風景があり、人がいて、都市部のように大規模な開発により住環境が変わることもない。認知症の診断を受けても、自分の足で歩ける限りは、周囲に見守られながら島で生活を続けられるのだ。

健康長寿の秘訣は、昔ながらの島暮らし

歩いて通える自家菜園で畑仕事に精を出し、人に会えばゆんたくする昔ながらの島暮らし

多良間島では、自家菜園を持つ高齢者も多い。日々畑に通って足腰を使い、出かけた先で人と会えば、ゆんたくが始まる。もともと島にあった普通の暮らしが、高齢者の何気ない見守りや健康づくりに役立っている。

年中行事が少ない冬場は高齢者の活動量が減るため、豊見山さんもメンバーに入っている地元のボランティアグループが、自家菜園でつくった野菜を販売するマルシェイベントを企画。高齢者が楽しんで出かけられる場や生きがいづくりの支援を行なっている。

「最初は、『好きなだけ持っていって売れー』と言っていた高齢者が、野菜が売れたのを見て、次の回ではきれいに洗って袋詰めをして準備するようになったんですよ」と豊見山さんは喜ぶ。

高齢者がつくった野菜を販売するイベントを地元ボランティアグループが企画。売上は全額生産者に還元される

医療・介護・役場が連携したチームフォロー体制

多良間島で介護が必要になった場合は、島内にある県立宮古病院附属多良間診療所に、ケアプランの作成や介護サービスを行う多良間村社会福祉協議会、役場内に設置された地域包括支援センターが連携し、高齢者を支える。

「デイサービスの利用者の中には、体調を悪くしてしばらくお休みする方もいます。こちらに連絡があれば、三者で連携をとり、一緒に顔を見に行くことは普段からやっています」と豊見山さん。

持病もなく元気な高齢者の中には、診療所や介護サービスを利用しない人もいるが、気になるケースがあればチームで自宅訪問を行ってフォロー。同居家族がいる場合は家族への介護指導も行い、台風の襲来と高齢者の定期受診が重なる場合は、役場を通じて診療所に連絡し、事前に必要な薬を手配するなど、臨機応変にサポートするという。

一般に、専門知識や立場が異なるゆえに複数機関の連携は難しいといわれるが、「小さな島で、お互いに顔が見える関係であることが連携のしやすさにつながっている」と豊見山さんは語る。

小さな島であることのメリットは、介護現場にも現れている。介護職員は多くが利用者とも顔見知りの地元出身者で、日常的にタラマフツ(島の方言)が飛び交う。

職員の多くが地元出身者というデイサービスでは、島人同士で馴染みのタラマフツが飛び交う

方言のおかげで堅苦しい雰囲気にならず、利用者にとっては日常生活の延長で介護を受けられる安心感があり、馴染みのある方言でケアができることは、認知症の人の症状の安定にもつながっている。

長年の地域包括ケアの取り組みが実を結び、多良間島では高齢や介護を理由に島を離れる人が減り、島内での看取り件数が増えている。豊見山さんは成果を喜ぶ一方、コロナ禍の中で新たな課題を感じたという。

「地震や水害など大規模災害への備えはまだ甘いかなと。非常電源や食料の備蓄はあるものの、備蓄されているものは高齢者向けに配慮されたものではありません。非常時はデイサービスも実施できなくなるので、介護度の高い人でも食べられるような食品の備蓄も必要だと気づきました」。

島の介護従事者は50代以上が7割を占め、将来的に予想される人手不足も課題。地域や家族の支えがあって暮らしていた人が公的サービスを受けることで、周囲が支援をやめてしまうケースもあり、日常的なつながりが希薄になってしまう。

介護従事者の減少が見込まれる中、日々の暮らしを公的サービスだけで補うことは難しく、「家族や地域でも支え合いが必要」「地域で取り組もう」という住民の意識改革も、改めて必要になってきているという。

「最期まで島で暮らしたい。自分の家で最期を迎えたい」。誰しもが持つであろう思いを叶えるためには、公的なサポート体制の整備に加え、病気になりにくい体づくりや、周囲の見守りと協力が必要不可欠となる。

島らしさを大切にしながら、誰もがずっと暮らせる島づくりを担えるのは、他の誰でもない島の住民自身である。そんな島々は、高齢化が進む全国の他地域にも希望となるだろう。


この記事は高齢者介護施設のための食事トータルサービス・クックデリ株式会社の提供でお届けしています。

特集記事 目次

ずーっと島で暮らしたい
日本の島々に暮らす80歳以上の高齢者は約8万人(参考:『離島統計年報』平成27年国勢調査より法指定離島の人口を抽出)。人口規模や立地条件等によって、それぞれ島の事情は大きくことなりますが、共通するのは「島に暮らしたい人」と「支える人」が存在すること。この両者がどのようにして支え合っているのか、厚生労働省が提唱する「地域包括ケアシステム」をキーワードに、島々の取り組みをご紹介します。

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