つくろう、島の未来

2024年11月21日 木曜日

つくろう、島の未来

子連れ旅も安心なフェリーや、夕日を眺められる絶景スポット、島の暮らしに根付く古典相撲や巨木信仰などなど……多彩な魅力にあふれる隠岐諸島への旅を、地元在住の“島ライター”がご案内。隠岐観光協会のウェブサイト『隠岐の島旅』とのタイアップにて公開します。

取材・野一夢二
令和元年5月に京都市より地域おこし協力隊として隠岐の島町に移住。エンターテイメント企業勤務の経験を活かし、島の地酒である「隠岐誉」と世界的人気ゲーム「東方Project」のコラボ商品「東方隠岐誉」をプロデュースするなど、“エンタメによる地域おこし”をモットーに活動中。令和3年8月には、国境離島初となるボードゲームカフェ「Cachette」(カシェット)を隠岐の島町にオープンさせた。

隠岐島ゲーム探訪。島に伝わる「舟幽霊ムラサ」を追いかける

隠岐の島町にかつて伝わっていた「舟幽霊ムラサ」の民話と、そのお話を元に誕生したといわれる人気ゲーム「東方Project」の舟幽霊キャラ「村紗水蜜」のルーツを探るため、民話の元となった都万(つま)地区にフォーカスして調査しました。

こんにちは!
ライターの野一と申します。

はるばる京都より島へ移住して三年目。
「島暮らし」と言えば、素敵な古民家をDIY、家庭菜園、アウトドア、特色ある地域のお祭り……等々を想像される方が多いかもしれませんが、私の理想の「島暮らし」はそうではありませんでした。

なぜなら私の趣味は「ゲーム」。
できるだけ都会色の薄い場所へ引っ越したかったものの、25年近く付き合ってきた趣味を捨てるのは断固反対だった私は、移住前に最も確認したのは“インターネットの回線速度”と“ネット通販は問題無く利用できるか”の二点という徹底ぶり。

その時の調査の甲斐あってか、金曜夜には地元の仲間とオンラインゲームを遊んだり、休日には妻と一緒にゲームで遊んだり……。現在まで都会にいた頃と何ら変わらない(あるいはそれ以上に)快適な「島ゲーミングライフ」を満喫できています。

しかし、この島では仕事と生活の距離が近いのか、そんな出不精な生活を公言していると不思議と仕事にまで活かせる話題が色々と巡ってくるものです。
今回はその中から特に印象深かった「舟幽霊の民話」について調べてみました。

「舟幽霊ムラサ」

さて突然ですが、皆様はかつて隠岐に伝わっていた「舟幽霊ムラサ」の民話をご存じでしょうか?

……いえ、これは少し意地悪な質問だったかもしれません。

“伝わっていた”と過去形にしたのは、実は現代でこの「ムラサ」の存在を知るものはほとんど残っていないと考えられるからです。

この隠岐の島町には、島のいたるところに「伝説看板」というものが設置されており、隠岐各地に残る伝説・民話が記されていますが、そこにも「ムラサ」の記述はありません。

隠岐の伝説看板の一つである「飯美の由来」。

隠岐の島に伝わる民話の表舞台から忘れ去られてしまった民話「ムラサ」ですが、実は近年、このムラサにスポットライトが当たる出来事があったのです。

「東方Project(※)」という世界中で愛される大人気シューティングゲームに、この「ムラサ」をモデルにしたと言われるキャラ「村紗水蜜」が登場していることが分かり、隠岐の島町とのコラボグッズ製造が決まったのです!

※東方Project……世界中で愛される大人気シューティングゲームシリーズ。1996年にシリーズ第一作が発表され今年で25周年を迎えるにも関わらず、今も若い世代のファンを取り込み続けている。

コラボグッズ製造を知らせるTwitterの投稿。いち地方自治体と人気ゲームの思わぬコラボは、SNSを中心に話題を巻き起こした。

このコラボを機にムラサに興味を抱いた私は、漁師の方々、神社仏閣関係者、地元の歴史好き……色々な方にその由来を尋ねてきましたが、残念ながら有力な情報を得ることができませんでした。

そこで、この度は少し今までのフィールドワーク――すなわち民話研究的な視点からの聞き取りから方針を転換し、科学的な視点からムラサの正体を探るための仮説を立てたいと思います。

「ムラサ」とは何か、そしてそれを発生させる隠岐の自然とは何か――。
これを研究することで、皆様の隠岐への興味をより一層搔き立てることに繋がれば幸いです。

※本記事では隠岐に伝わる舟幽霊の民話を「ムラサ」、東方Projectに登場するキャラクターを「村紗」と呼称します。

さて、まずはご存じない方も多いかと思いますので、今一度隠岐に伝わる「舟幽霊ムラサ」について紹介します。

現存する数少ない資料である、『海村生活の研究』(柳田国男著/国書刊行会/1975)には以下のように記述されております(一部差別表現がありますが、原文の雰囲気をなるべくそのままお伝えするため、修正・削除せず記載いたします)。

 隠岐にはムラサといつてニガシホ(夜光虫の光る潮)の中で時々まんまるく固つて光るものがある。それに舟を乗りかけるとパット散る。
 暗夜に一生懸命櫓を押してゐる時、突然グワーッと海が明るくなるからヂカッとする。これはムラサといふ魔物につけられたと云つてゐる(島根都萬村那久、油井)。
 ムラサにつけられると廻船などでも舟足が鈍つて進まない。そんな時には刀か包丁を竿の先につけて艪の海面を數囘左右に切るとよい(同津戸部落)。

舟幽霊と言えば「航海中に突如目の前に現れて柄杓(ひしゃく)を要求し、素直にそれを渡してしまうと海水をどんどん汲み入れられて船が沈んでしまう」というタイプのお話が有名ですが、こちらの「ムラサ」にはいくつか特徴的なポイントがありますね。

①ニガシホ(夜光虫)の光が海に現れる
②その光が現れると、船が突如として進まなくなってしまう
③刀か包丁で海面を左右に切ると解放される
④都万地区(旧:都萬村)に目撃情報が集中している

これらの特徴を踏まえた上で、実際に都万地区でシーカヤックの体験ガイド等をされている石川樹さんにお話を伺ってみました。

石川さんは、厳選した豆で挽きたてコーヒーを入れてくれる海辺のカフェ「unknown_coffee.stand」のバリスタでもある。

私からムラサの現象などを細かに報告すると、石川さんは現地ガイドらしく隠岐近海の海流や生物の事情なども踏まえながら、ある仮説を二つ提唱してくれました。

仮説A.物理抵抗説

ひとつめは「物理抵抗説」。皆様は夜光虫をご存じでしょうか。

夜光虫とは夏頃に南の暖流に乗ってやってくるプランクトンで、夜になると淡い青色に発光します。

つまり、ムラサの条件である

①ニガシホ(夜光虫)の光が海に現れる
④都万地区(旧:都萬村)に目撃情報が集中している。
この二つが満たせたことになります

しかしこの夜光虫、夜は幻想的な姿を見せるのですが、昼の姿はというと……。

ちょっとおぞましいですね。

これはいわゆる「赤潮」という現象ですが、プランクトンが大量発生し海面を覆いつくすことで水中の酸素がなくなってしまい、結果として発生したプランクトンがほとんど死んでしまいこのような姿になります。
そして、石川さんによれば、この赤潮が海流に乗ってやってくる夏頃になると、ちょうど枯れた海藻も一緒に流れてきて、海中に留まってしまうんだとか。
つまり、手漕ぎで船を進めようとすると海藻による物理抵抗が発生してしまうというのです。

つまり、夜暗い海で月明りを頼りに航海していると櫓(※オールのようなもの)が急に重くなり、眼前には――

こんな景色が広がるわけです。
もちろん当時の方々が得体のしれぬ現象に恐怖を感じたであろうことは想像に難くなく、妖怪か何かの仕業にしてしまうこともあったでしょう。

また、

③刀か包丁で海面を左右に切ると解放される

という点についても、プランクトンを掻き分けたことで進みやすくなったと思えば、合点がいきます。

仮説B.死水説

次に、石川さんは「死水」という現象を挙げました。死水という現象について、多くの方は聞き馴染みが無いことと思います。

Weblio辞書によれば死水とは、

し‐すい【死水】
1 流れない水。たまり水。止水。⇔活水/流水。
2 水または空気の流れの中に置かれた角柱などの後ろに生じる、流速の小さい領域。
3 普通の海水の上を密度の小さい海水が覆って、小型船の進行が妨げられる現象。ひき幽霊。しにみず。

とあります。

特に記述中のひき幽霊という文言がムラサを想起させるように思いますが、果たしてこの現象は隠岐で発生しうるのでしょうか。

結論から述べると、この死水という現象は海に限っては関係無さそうとのことでした。

「日本海全体ではありうるかもしれないが、隠岐近海ではまず死水で船が止まることはないだろう」とのことでした。

③刀か包丁で海面を左右に切ると解放される。

これも、分離してしまっていた海水と淡水の層をかき混ぜていた、と仮説を立てていたのですが、隠岐近海においては海のもっと深いところに層ができており、オールではまず届かないそうです。

「籠までのあたりを河川とすると、電卓あたりの部分は完全に流れの無い水域(死水域)になるんだよね」と説明する石川さん。夜間は距離感が狂いやすいこともあり、潮の流れの速い海域に入ってしまったことに気付かず、漕いでいるのに全く進んでいない錯覚を覚える可能性もある、とのこと。

まとめ

「物理抵抗説」と「死水説」、どちらも説得力のある仮説だと思いますが、隠岐は自然も歴史も深いので、今の私だけでは調査・仮説までが限界でした。

また、今回ご紹介した都万湾は、夜光虫が出ていなくとも大変美しい海です。
皆様もぜひ隠岐を訪れて頂き、この景色を眺めながら、島の伝説に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。

夕暮れ時の都万湾
     

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