つくろう、島の未来

2024年11月21日 木曜日

つくろう、島の未来

リトケイ編集部の石原と、沖永良部島在住のライター・ネルソン水嶋が海の仕事に携わる人々に話を聞く「島々会議」14組目のゲストは、甑島(こしきしま|鹿児島県)で活動する「一般社団法人甑島社中」と、東京を拠点に全国で活動する「一般社団法人漁業ブ」の皆さん。どちらも2022年に立ち上がった団体です。

「一般社団法人甑島社中」は、甑島の漁師が中心となり、企画や営業、品質管理、情報発信そして後継者につながる教育・学習支援などそれぞれのプロフェッショナルが手を組み、水産業の復興を目指す組織です。近年は生産者が加工や販売まで行う6次産業化が叫ばれますが、単独では追いつかないなか、漁業者でカバーしきれない領域を得意分野の観点からサポートします。

漁業ブのブは、ブランディングのブ。広告、メディア、フードコーディーネーター、飲食店の企画広報という立場から漁業に関わる4人が手を組んだ「一般社団法人漁業ブ」は、全国各地で漁業を持続可能とするための支援に取り組み、天草諸島(あまくさしょとう|熊本県)のタイの海外展開を支援したり、笠戸島(かさどしま|山口県)では焼酎粕を活用した養殖トラフグのブランド化に携わったりしています。

昨年の8月と11月にそれぞれ立ち上がったふたつの組織は、「漁師とは異なる観点から漁業を支える」というところが共通項。漁師への敬意を持っているからこそ、その世界に入って何とかしたい。離島地域の漁業の可能性を大いに感じられる対談となりました。

人物紹介

一般社団法人甑島社中 理事 伊原友寛さん
東京で10年間流通業界に従事した後、薩摩川内市の雇用創造協議会のメンバーとして甑島を中心に活動。商品開発や都市部への販路開拓に取り組む。2022年8月に水産業復興に取り組む一般社団法人甑島社中を設立。組織構築や事業戦略の担当として活動中。
Twitter

一般社団法人漁業ブ 代表理事 小西圭介さん
株式会社ニュースケイプ代表。ブランディングのプロフェッショナルとして、大企業からスタートアップまで数多くの企業・組織のブランド開発や再生支援を行う。
https://gyogyobu.jp/

一般社団法人漁業ブ 設立理事 小西克博さん
料理人の顔が見えるグルメメディア「ヒトサラ」編集長。大学卒業後に渡欧、北極から南極まで約100カ国を食べ歩く。2誌の創刊編集長、IT企業顧問などを経て、現職。

一般社団法人漁業ブ 設立理事 松井香保里さん
「FOOD BUSINESS CONSULTING NETWORK mof」代表。食の専門家として、飲食・物販の業態開発や、メーカーの商品開発、販促支援などを行う。最近では、食を切り口にした地方活性化を手がけ、国内外で活躍。

一般社団法人漁業ブ 設立理事 松田美穂さん
「晴れとけ美食」代表。ミシュラン三ツ星店など100店舗超のレストランの誕生や企画広報に従事し、世界のスターシェフ30人を招致する「COOK JAPAN PROJECT」などを開催。料理家としても活躍。


ライター・ネルソン水嶋
合同会社オトナキ代表。ライターと外国人支援事業の二足のわらじ。鹿児島県・沖永良部島在住。祖母と二人暮らし、帰宅が深夜になると40歳手前なのに叱られる。
Twitter


離島経済新聞社 石原みどり
『ritokei』編集・記事執筆。離島の酒とおいしいもの巡りがライフワーク。著書に奄美群島の黒糖焼酎の本『あまみの甘み 奄美の香り』(共著・鯨本あつこ、西日本出版社)。

【前編】設立のきっかけは漁業への危機感

島内の市場規模や島外出荷の際の輸送のハードルなど、島の漁業には課題もあるなか、外部とつながり応援してくれる団体はありがたい存在だと思います。なぜ島の漁業支援に関わるようになったのか、きっかけを教えてください。

もともと学生時代から地域活性化に関心があり、まずは東京でさまざまな企業や職種の経験を積んでから地域に入り仕事をしようと考えていました。

ある日、東京の商業施設で働いていた時に、薩摩川内市の職員の方が甑島のキビナゴを売り込みに来られて。売り込みたい!という全力全開の情熱に感化され、「商品開発や東京の販路開拓をやらせてほしい」と10年前に甑島の雇用創造協議会のメンバーとして移住したのが始まりです。

その後、薩摩川内市でもさまざまな職種の経験を積み、2022年8月に漁師26人と島外者6人の計32人で一般社団法人甑島社中を立ち上げ、島の水産業振興に取り組んでいます。

島の漁師を中心とした甑島社中のメンバー(一部)

漁業ブも同じく2022年に設立されていますね。どういった経緯で立ち上げられたのか教えてください。

もともと我々は広告やメディア、料理や飲食店の観点から漁業関係者とお仕事するなかで、漁業の現状に問題意識を感じ、「旗印を立てよう」と設立しました。

漁業ブの取り組みは主に生産者のブランディング支援を中心に、養殖や資源の保護、魚種多様性、未利用魚など、漁業に関わるテーマで情報発信もしながら、全国の生産者とシェフ・消費者をつなげて新しい価値を生み出す支援をしています。

離島地域では、これまで熊本県の天草産の産のタイやブリの海外展開や、山口県の笠戸島で養殖トラフグのブランド化プロジェクトをお手伝いしています。

漁業ブの皆さん。笠戸島のトラフグ養殖場にて

甑島社中さんも島内外のつながりを活かした活動をされていると思うのですが、いかがですか?

甑島社中は一人の島の漁師さんの「かつて盛んだった水産業を復興したい」との想いに私が構想を膨らませて始まりました。

漁師さんの想いを聞き、頭に浮かんだキーワードが「One for all All for one=1人は全員のために、全員は1つの目標のために」。

漁師だけの組織、コンサルタントが主導する組織ではなく、当事者である漁師の想いが伝播し、この想いの下で、皆が一丸となって動く組織を目指したいと考えました。

漁師以外の参画メンバーの皆さんは、漁師の想いに賛同して、それぞれのポジションに入っていただいています。甑島出身者ではない方も含まれていますが、漁師の想いに賛同し、甑島の水産業に想いを持ってくださる方ばかり。「One for all All for one」を担える素晴らしい方々が揃ったと感じています。

伊原さんは、売り方や見せ方といった事業戦略面で支援されているそうですね。メンバーのお一人である鹿児島大学の鳥居先生は、以前島々会議にも登場いただきました(※)。

※ 島々会議012「魚食を支える島の仕事人」12組目(鳥居享司さん)

それぞれの専門分野で島の漁業を盛り上げる

島の海産物を扱う際に、輸送費や鮮度管理などの難しさもあると聞いています。一方でこうして取り組まれるだけの魅力が島の海産物にはあるのかなと思いますが、いかがですか?

笑い話ですが、甑島で暮らし始めた最初の1年間、「うまい!うまい!」と島の魚と焼酎を日々飲食していたらなんと体重が10キロも太りました(笑)。島の海産物はおいしいと私自身の身体で実証済みです。

実は甑島は釣り人から「聖地」と呼ばれるほど恵まれた漁場。ですから、島が故のデメリットを、島が故のメリットに変えてブランド化できる。甑島は可能性を秘めていると感じています。

甑島ではどんな魚が捕れますか?

甑島は列島で各島の海底状況も全然違い、漁獲される海産物も多種多様です。代表的な海産物は、上甑島ではキビナゴ、下甑島では薩摩甘エビです。どちらも鹿児島県を代表する海産物です。

特にキビナゴは鹿児島県内の約40%の漁獲量を甑島が有すると言われています。その他、以前、大手回転すしチェーン店さんが養殖のスマガツオを全国展開されていましたが、甑島では希少価値の高い天然物が漁獲されます。冬のおすすめはスマガツオですね。

漁場として恵まれている一方で、漁師は高齢化、後継者不足でどんどん海から去っていってしまう。漁業協同組合も人手不足で新しい取り組みが難しい状況です。

そんな中、島でキビナゴを専門に扱う日笠山水産の社長が「何とかしたい」と熱く語るのを聞いて、私が「それなら漁師が中心となって甑島の水産業を復興させる新しい組織をつくりませんか?」と社長に提案し、甑島社中の活動がスタートしました。

代表的なキビナゴ、薩摩甘エビをはじめ多種多様な海の幸に恵まれた甑島列島(こしきしまれっとう)

甑島社中のメンバーの中には、島内の各地域の漁業者が入っていますね。

はい。甑島社中の代表を務めている日笠山水産の社長が「漁師の生活は漁師が守る。今こそ漁師が立ち上がらないといけない」と各漁業集落へ話し合いに行きました。その結果、島の漁師さん約100人中、3分の1くらいが参加することになりました。

私は、地域活性化は当事者が「やる!」という強い気持ちがなければ成功しないと考えていますが、正に確信に変わった瞬間でした。あの時の高揚感は今でも覚えています。

伊原さんは薩摩川内市の本土側にいて、島には中心の漁師さんがいて設立していった訳ですね。

そうですね。私は本土側で行政や企業との折衝をしながら、組織の構築を担当しています。組織の中心は漁師の皆さんです。私の仕事は組織の土台を創ること。

組織の特長は「役割分担を明確にしたい」と多職種協働の組織形態を採用したこと。その理由のひとつは、6次産業化の仕組みに限界を感じたからです。

例えば、キビナゴ漁師は深夜2時から6時まで漁に出て、加工して、営業などで電話もかける。これだと一日12時間以上働くことになり、この状況で漁師をやりたいと思う人がどれだけいるのかな?と。

それであれば役割を明確にして、それぞれのプロフェッショナルが各業務を担えれば、質の高い仕事ができ、漁師も漁に集中できます。

甑島社中創業の目的は、漁師の後継者不足解消です。漁師を魅力ある職業にしていかなければいけません。漁師は漁を極める。原点回帰が必要だと考えました。

また、後継者不足の面では、鹿児島大学の鳥居先生のつながりで水産学部の学生を島に招致し、実際の漁、加工や経営まで教えています。工場の建設が実現できたら品質管理などを学んでもらいたい。

甑島社中は多職種協働だからこそ、水産業だけではなく、水産業を支える仕事も提供できる。将来、水産学部の学生に「甑島で品質管理の仕事がしたい」「情報発信の仕事がしたい」「企画の仕事がしたい」と就職先に選んでもらえるような流れが創れたら。

甑島社中は水産業だけではなく、水産業を支える仕事も提供できる。多職種協働の組織構築にはこのような甑島の未来を描いています。

高校生たちと事業をした際の写真

高付加価値は大事ですが、HACCPなどで求められる品質基準も高くなり、一社では大変ですもんね。専門家が力を合わせた方がよい形にできる。伊原さんが、これから取り組みたいことを教えてください。

まず「理念=想い」の共有をすること。「伝え続ける」取り組みを続けなければいけないと考えています。

事業とはスタートの理念(想い)があり、プロセスを経て現実的なゴールである収益と、スタート時に掲げた理想的なゴールである理念を目指すモノだと考えています。

理念だけでも、収益だけでも事業は成功しません。「理念=収益」の構造を創り、継続することが事業の継続と発展のポイントだと考えています。

決してキレイな事ばかりではありません。「水産業復興はファンタジーではない」と言われたこともあります。漁師の皆さんは今まで、個人で漁業を営んできた方ばかりですし、個人で漁業を営み、漁協を通して市場に出荷するスタイルをずっと続けてきた漁師さんたちに新しい取り組みをお願いすれば「なんでこんなことをしなくてはいけないのか?」と感じることもあるでしょう。

一筋縄ではいきませんが「One for all All for one」の想いを持ち続け、私たちの取り組みが離島の発展につながり、日本の水産業発展の一翼を担えればと考えています。

もうひとつ。今年度は甑島全島の集落でお酒を飲むことです。ジャケットは着ずに、Tシャツとジーンズ、サンダルでいけるように(笑)。

親子が釣り糸を垂れる、のどかな漁港の風景

世界のグルメに届けば可能性は無限大

漁業ブのみなさんは天草と笠戸島など、島の漁業も支援されていますが、その中で感じる海産物の魅力や課題について教えてください。

日本は地域の自然とつながった豊かな海産物が魅力だと思います。天草は3つの海に囲まれ、120の島々には豊かな漁場があり、クルマエビからムラサキウニ、ブリやタイ、カンパチにイセエビなど、何でも捕れる素敵な地域です。

私は、2022年にタイとベトナムへの水産物輸出推進事業の支援とイベント開催を手伝いました。日本は魚種多様性に富んでいる分品質管理が難しい。

IT技術を活用することで、トレーサビリティ(温度と位置情報)をスマホで簡単に把握できるなど、その履歴を高品質で高鮮度な証明として活用してもらうことで魚の付加価値向上を図る取り組みでした。

天草の気候風土は高品質な養殖魚の安定供給が可能、という理由もあり、輸出への志のある水産加工業者と組んで取り組みました。

将来のインテリジェント・コールドチェーンの実現を目指したものでしたが、島の気候風土や品質を生かした食べ方なども同時に伝えることで、現地で日本の魚の魅力や価値を深く理解してもらえ、販売のきっかけをつくれました。

バンコクで催された天草と富山の魚の試食イベント

ただ、天草からだと福岡を経由せざるを得ず、届く頃には身の鮮度が落ちて水っぽくなってしまう。どう手当てするかが重要で、試行錯誤を重ねて比較的スムーズに流通できるモデルケースができたと思っています。

また、品質が良ければ海外のグルメのアンテナに引っかかるので、可能性は無限大だと感じます。実際に現地でも「どうやったら買えるんだ」と声を掛けてもらうほど好評でした。ほかの島でも横展開できる可能性はあると思います。

私は、旅と食、島の観光産業がうまく一体化すればひとつの商業が生まれると思っています。逆に「島に人を呼んじゃった方がいい」という流れもある。

ここ何年も業界では、現地でしか味わえない価値を求めて旅をする「カリナリーディスティネーション」なる言葉があり、それが機能する地域が増えた印象があります。

甑島のおいしい魚で、こういうシェフが調理しないと食べられないものがあるなら、わざわざ「行きたいな」という気持ちになりますよね。島からモノを出すことも大切ですけど、島に人が来るという流れもあった方がよいと思います。

笠戸島の眺め

海外の有名シェフも、日本の食材や食文化に関心が高く、日本に来て自分の料理をクリエイトすることに価値を見出す人は多いです。実は地元の人が地元の食材を食べていないのではという話もある一方で、島では伝統的な食文化がまだ守られているのではないか。

そこで、廃れそうな郷土料理をアレンジしたり、地元の人から調理方法を教えてもらったりすることで、海産物を買うだけでなくそこに行きたいという行動につなげられると思う。

島は行きづらいけど、ほかにはない魅力を持っていて、行きづらいけど今はコロナ禍で加速したリモートも活かして、魅力を掘り下げるチャンスかなと。

「獺祭」の焼酎粕で育てた山口産の「笠戸島幸ふく」

>> 島々会議014「魚食を支える島の仕事人」14組目(甑島、天草、笠戸島)【後編】に続く


この企画は次世代へ海を引き継ぐために、海を介して人と人とがつながる“日本財団「海と日本プロジェクト」”の一環です。

日本財団「海と日本プロジェクト」

さまざまなかたちで日本人の暮らしを支え、時に心の安らぎやワクワク、ひらめきを与えてくれる海。そんな海で進行している環境の悪化などの現状を、子どもたちをはじめ全国の人が「自分ごと」としてとらえ、海を未来へ引き継ぐアクションの輪を広げていくため、オールジャパンで推進するプロジェクトです。

     

関連する記事

ritokei特集