島と世界とSDGsを考える上で、特筆したい話題がある。
2017年1月31日、朝日新聞社がSDGsキャンペーンをスタートさせた際に、その目玉として島根県の離島・海士町を特集したことだ。
SDGsが日本社会に届けられるきっかけとなった動きを知る、朝日新聞社編集局長補佐の南島信也さんに理由を尋ねた。(この特集は『季刊リトケイ31号』「島と世界とSDGs」特集と連動しています)
朝日新聞社のSDGsキャンペーン特設サイトのトップ画面 ©朝日新聞社
世界を変える大きな動きをいかに日本社会へ届けるか
2030 SDGsで変える――。このタイトルが朝日新聞紙面で踊り始めた時、特集のメインを飾ったのは日本海に浮かぶ海士町だった。
海士町は離島振興に詳しい人なら誰でも知る先進地域である。
その島をキャスターの国谷裕子さんが訪ね歩き、島の人々にインタビューを行う様子は、今でも同社の特設サイトから動画で視聴できる。
海士町で取材を行うキャスターの国谷裕子さん
きっかけは2016年4月に遡る。
南島さんはNHKを退職したばかりだった国谷さんに仕事の話を持ちかけ、提案の機会を掴んだ。
いかなる企画を提案するか、社会部や文化くらし報道部などから記者を集めて11人のチームを組み、国谷さんとの打ち合わせに臨んだ時、一同は国谷さんから「皆さんはSDGsについてどうお考えですか?」という質問を受けた。
国谷さんはNHK時代、国連副事務総長へのインタビューを行い「(SDGsは)世界を変える大きなものになるかもしれない」という予感を抱いたという。
そこで朝日側に質問を投げかけたのだが、その場で反応したのは1人だけ。SDGsの前身、MDGs時代から追いかけていた記者だけが「それは素晴らしいですね」と呼応した。
その後、1ヶ月かけて記者陣はSDGsを学び、特集が決定。大手メディアによるキャンペーンとしては世界初ともあって、国連も全面協力を約束し、すべてが動きはじめた。
「これこそがSDGs」島の存続をかけた取り組み
日本社会におけるSDGsの認知度は現在でも25%程度(※1)。3年前は、ほぼ無名である。何を伝えればSDGsの概念が社会に伝わるのか。取材候補のリストに並んでいた廃校寸前の高校を再生させた海士町の取り組み(※2)に、一同の目が止まった。
※1 企業広報戦略研究所が2019年6月末に全国1万500人を対象に行った『ESG/SDGに関する意識調査』
※2 2007年に始まった島根県立隠岐島前高等学校の「高校教育魅力化プロジェクト」
「(高校魅力化プロジェクトを推進していた)岩本悠さんに話を聞きたいとなり、彼を含めて海士町をリサーチしていくと実に面白い島であることがわかりました」と振り返る南島さんは、精鋭チームと共に海士町へ渡り、『離島発 生き残るための10の戦略(生活人新書)』に詳しい山内道夫前町長などのキーマンに海士町の島づくりについて聞き、「これこそがSDGsだ」と確信したという。
海士町は多くの地域同様に大幅な人口減少や産業衰退に喘ぎ、2001年末には地方債が町予算の約2.5倍まで膨れ上がり、財政再建団体となる一歩手前に立っていた。
そこで、2002年の山内町長就任時から大胆な行政改革策が始まり、町長や町職員の給与削減や産業振興による経済基盤の強化、高校魅力化プロジェクトなどを進めた結果、財政の立て直しとともにIターン者など、島の担い手を集めることに成功している。
「海士町では島が持続可能であるために島の人たちが色々なことをされていた。それをSDGsに当てはめていくと、知らず知らずのうちにSDGsが出来ていたわけです」。同企画では島の住民らとともに、島で行なっている取り組みをSDGsに当てはめるワークショップを行ったところ、「既に出来ていること」が可視化された。
海士町の取り組みをSDGsに当てはめていくワークショップの風景
外部との連携が欠かせない島のパートナーシップ
計10日間ほど島に滞在した南島さんは、Uターン者だけでなくIターン者が多く活躍していることに感動を覚えていた。「これは行かなければわからなかったことですが、祭りや図書館の復活など、いろいろなことをきっかけにIターン者が島に溶け込み、島の社会そのものが変わりつつあることを実感しました」。
SDGsに据えられる17のゴールには「パートナーシップ」という項目がある。
小さな島は資源が限られるため、どの島も海士町がキャッチコピーとして掲げる「ないものはない」状態だが、そこで経済や社会を持続させようとする時に重要となるのが、外部との連携である。海士町の地域づくりには、巧みなパートナーシップが背景にある事例も多いことも「まさにSDGsの目的そのもの」だった。
社会を変えるのは企業と地方から
海士町の地域づくりが注目される背景には、島の存続をかけて動く人々の「本気」もある。その熱を感じた南島さんは「社会を変えるのは企業と地方から」と考え、「都会ではなかなか変わらないものを、生き残りをかけた地方から変えていく」という仮説を立てる。
ならば企業はどうか。国谷さんはSDGsを「大きなものになる」と読んだが、その予感は企業の変化として現れ始めている。経済界では今、SDGsと連動する「ESG(環境Environment)、(社会Social)、(ガバナンスGovernance)」が重視され、投資家の間ではESGに配慮する企業を選定するESG投資も拡大している。
「企業はSDGsに取り組まないと投資対象として不適格という烙印を押されてしまうのでやらざるを得ない状況にある」という南島さんは、実際に、2017年頃に興味を示した企業担当者に広報部門やCSR部門の人間が多かったところ、最近は経営企画の担当者が増えていると感じている。
SDGsの本質は、危機に瀕した地球と人間社会の営みを持続させていくためのツール(道具)である。世界共通の「ものさし」を使って、世界中の個人や企業・団体が地球環境や人間社会、経済を持続可能にしようとする重要な試みであるが、壮大かつ複雑であるため、理解しがたい側面も持つ。
そんなSDGsを自分ごととして読み解き、考えていくためには、朝日新聞社が海士町へ向かったように、ひとつの島の上で、自然と人の持続可能性を図ってきた取り組みと重ねてみるのも、良案かもしれない。
この特集は『季刊リトケイ31号』「島と世界とSDG」特集と連動しています。フリーペーパー版は全国の設置ポイントにてご覧いただけます。