つくろう、島の未来

2024年11月23日 土曜日

つくろう、島の未来

薩摩半島の沖合に浮かぶ硫黄島。活火山がそびえる人口115人の硫黄島に住む大岩根尚さんは南極観測隊という異色の経歴を持つ環境学博士だ。小さな島に暮らしながら、地球環境に思いを馳せる大岩根博士に、SDGsの背景にある「地球の限界」について尋ねた。(この特集は
『季刊リトケイ31号』「島と世界とSDGs」特集と連動しています)

大岩根尚(おおいわね・ひさし)。合同会社むすひ代表社員。九州大学、東京大学で地質学・海洋地質学を専攻して環境学博士に。国立極地研究所第53次南極地域観測隊として南極内陸部の調査に参加。三島村役場ジオパーク専門職員を経て硫黄島に移住。自然ガイドや大学の実習受け入れ、教育・研究のサポート、及びSDGsや気候変動の普及・啓発活動続けている

SDGsの背景にある「地球の限界」

暖かい冬が過ぎた。それもそのはず、この冬に降った雪の少なさは観測史上初。西日本の気温は平年より1.5°Cも高かった。

「50年に一度(あるいは100年に一度)」「観測史上初」というフレーズが珍しくなくなったと感じる人も少なくないだろう。事実、世界中の研究機関が記録するデータを参照すると、世界は確実に暖かくなっている。

SDGs(持続可能な開発目標)の声が高まった背景には、人々が薄々と感じとっているだろう「地球の限界」がある。

約46億年前に誕生した地球の環境は、常に一定ではない。暖かい時代、寒い時代を繰り返し、数百万年前に生まれた人類が、ここ150年ほどの間に「成長」活動を増大させたことで、それまでの自然なリズムとは異なるスピードで地球資源が使い込まれ、また、生態系の一部として分解されない(あるいは分解されるのに膨大な時間がかかる)物質が生み出されるようになった。

「化石燃料の使用」を「島の食料」に例えると

大岩根博士は、地球資源である「化石燃料の使用」を「島の食料」に例え、「例えば、台風などでしばらく島に船が来なくても、大きな冷蔵庫と食料があれば、その間は生きていけますが、いつか終わりがきます」と表現する。

「そんな時には、食料をがんがん食べることも、食べ残して捨てることもしないと思いますし、しない方が良いと直感的に分かると思います。しかし残念ながら僕ら(人間)は、このままでは続かないペースで化石燃料を使っているのです」。

化石燃料は何百年〜何億年という途方もない時間をかけて作られた天然資源だ。それを発見した人間は、家々のストーブを暖め、車や船や飛行機を動かすなど、約150年間で大量消費するようになり、かなりの割合を使ってしまったという。

地球環境に対して人間がどのくらいの影響を与えているかを図る「エコロジカル・フットプリント」では、1980年代後半から既に、人間が消費する資源量は、地球の供給能力を約20%も上回ってきたという報告もある(『地球のなおし方限界を超えた環境を危機から引き戻す知恵』より)。

問題は、近い将来資源が無くなる、ということだけではない。化石燃料が燃やされ、二酸化炭素が大量に放出されると、地球が暖められ(地球温暖化)、大気汚染などの問題が引き起こされる。

「これから島の人はシビアに困るようになる」

いわゆる環境問題は、経済成長が進む一方で常に議論されてきたものだが、地球は異常な速度で暖められ続けている。

「地球環境にはしきい値のようなものがあり、その値を超えると、加速度的にどんどん転がってしまうポイントがあります」と大岩根博士。

「例えば、温暖化して二酸化炭素が増えても、植物が元気になって光合成が増えれば二酸化炭素が減り、酸素が増えます。このように地球には自然にブレーキがかかる仕組みがありますが、暖かくなりすぎてアラスカやシベリアの永久凍土が溶けて沼だらけになると、微生物が元気になって二酸化炭素やメタンをたくさん出し始めてしまう。するとブレーキが効かなくなってしまいます。地球には『ここを超えたらまずい』というしきい値があるのです」。

実はすでにそのしきい値を超えてしまっている可能性もある。

昨年、世界の気候学者たちは「異常気象は新たな常態となった」と報告している(『10 New Insights in Climate Science 2019』(Future Earth and the Earth League)。それが昨今の異常気象となって人間社会に迫っており、人々がようやく「まずい」を感じはじめているのだ。

「これから島の人はシビアに困るようになると思います。温暖化で南極やグリーンランドの氷が溶けて海に流れ込むと、海面が上昇します。私も今、海抜2メートルほどの場所に住んでいますが、おそらくここ20〜30年のうちに台風などで波をかぶるようになるでしょう」。

予測には幅があるが2100年には、海面が80センチから4メートル上昇するというデータもあり、今世紀中には「100年に一度の高潮」が毎年のように起こるようになるという。

「高潮被害はこれから深刻化してくると思いますが、島だけでなく世界的な大都市も海岸沿いにあるので、(島と大都市が共に被害を受けた場合)島のことは後回しになる可能性もあります」。

島の暮らしも環境に負荷をかけないように

観測史上最も雪の少ない冬が過ぎたばかりである。次の梅雨や台風シーズンには、一体どのような災害が起きるのか肝を冷やすが、「その未来を引き寄せているのは、僕たちが日常的に自動車を走らせ、必要以上に電気や石炭や石油を使っていることなのです」と大岩根博士。「今、起こっていることを一つとっても、なるべく化石燃料を使わないようにしていった方が良いということになります」。

島には大都市ほどの物やサービスがないため、エコな暮らしをしていると思われがちである。しかし「島の規模にもよりますが、硫黄島のような島では農作物もほとんど作っておらず、本土側から買っている状態ですし、島の生活を支える漁業だって、方法を間違えば藻場が育たなくなることもあります」。

1月、大岩根博士は硫黄島の浜で、定置網に絡まった瀕死のウミガメを保護した。海の生物を脅かすごみの存在も、人間社会から生み出されたものばかり。「嵐などで意図せず定置網が流されてしまうこともありますが、なるべく環境に負荷をかけない方法で獲ることも重要なのです」。

島と地球の営みを維持するためのSDGs

この星に暮らすあらゆる生き物の活動は、地球自身の営みによってそのあり方が左右される。その地球の営みが、今の人間活動によって「ここを超えたらまずい」というしきい値を超えようとしている。

そこに生まれたSDGsはその状況を知り、見直し、行動を変えるための「世界共通の目標」なのだ。大岩根博士は、2015年に国連で採択されたSDGsの原文を見た時に「泣けた」と話す。

「僕は地球科学や自然科学が専門なので、きれいな景色を残したいという思いで活動してきましたが、これ(SDGs)を初めて読んだとき、そんなに小さな話でなかったと気づきました」。

SDGsでは、大岩根博士が専門とする「環境」に加え、「社会」「経済」の3つを柱に、17種類の「持続可能な開発目標」が掲げられている。

それは「自然環境はもちろん、貧困や飢餓、平和など幅広いスコープで地球を捉え、良くしていこうと思う人たちが総力を結集してつくった文章」であり、人間の叡智だと大岩根先生は感じた。

「世界はものすごく複雑で、一つの問題を取り出して解決することはできません。それを『全部やろうよ』といって文章にし、国連が全会一致で決めたということがすごいと思います」。

環境・経済・社会が意識できる島はSDGsも意識しやすい

小さな島に暮らしていると、島と世界は遠く離れているようにも感じる。しかし、実際は島も、世界も同じ地球の上にある。地球が「ぎりぎり」の状態にあることを知り、人間の社会や経済を含め、持続可能にするにはどうしたらいいかを考える必要があるのだ。

SDGsが範疇とする世界には島も含まれる。

悩ましいのはその複雑さであるが、大岩根博士は「島のほうがSDGsの大枠を意識しやすいかもしれません」と話す。理由は「都会暮らしは『経済』だけで暮らしを成り立たせることもできますが、島ではおすそ分けをしてもらえるような人間『社会』や、魚を釣ることのできる『環境』を維持することにも気を配る必要があるから」。

経済、社会、環境の問題は、どのひとつを取っても奥深く、広いためバラバラに議論されることが多いが、地球規模で問題を解くには一緒に考える必要がある。その難題に立ち向かうためのツールがSDGsなのだ。

この特集は『季刊リトケイ31号』「島と世界とSDG」特集と連動しています。フリーペーパー版は全国の設置ポイントにてご覧いただけます。

特集記事 目次

特集|島と世界とSDGs

SDGsという言葉がよく耳にはいるようになった。 この言葉の意味は、地球環境の問題、人間社会の問題、社会を支える経済の問題に対して地球規模で呼びかける「持続可能な開発目標」である。 島に住む人も、大都会に住む人も、老いも若きも、どんな人も、どんな生物も、皆、同じ地球の上で暮らしている。 SDGs は、そんな地球で起きている問題を地球規模で考え、行動しようとする運動とも捉えられるが、地球上で起きている問題は複雑に絡み合っているため、「持続可能な開発目標」も複雑に絡み合っている。 故に、とても分かりにくい。 しかしである。 リトケイが調べに調べ、感じたのはSDGs が「島の未来づくりに使えるツールかもしれない」ことだ。 そこで31号特集では、島の未来が健やかに続くことを願う人にこそ知ってもらいたい島と、世界と、SDGs の話をお届けする。 この特集は有人離島専門フリーペーパー『季刊リトケイ』31号「島と世界とSDGs」特集(2020年2月28日発行)と連動しています。

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