全国の子どもたちが「新聞づくり」を通して海と島でできた日本を学ぶ「うみやまかわ新聞」が2月1日に完成。離島3島を含む全国5地域の子どもたちが東京に集まり、成果発表を行いました。発表会の様子について、新聞づくりにも携わったライター小野がレポートします。
■3島の子どもたちが東京に集合!発表会前夜の練習会
発表会前日の1月31日、できたてほやほやの新聞発表会のため東京に集まったのは、利尻島(りしりとう|北海道)、檜原村(東京都)、弓削島(ゆげじま|愛媛県)、中津江村(大分県)、与那国島(よなぐにじま|沖縄県)の5地域16人の小中学生。各地域から2~6名の子どもたちが地域コーディネーターに引率されて、期待と緊張の面持ちでやってきました。
この日は初対面の子どもたち同士、懇親会を兼ねて“自分好みのおかずを選んでお弁当をカスタマイズ!”というテーマで、「食」を通じたコミュニケーションの場をセッティング。思いおもいのお弁当を食べながら、自己紹介と翌日に控えた発表の練習をしました。子どもたちは、事前に用意した原稿を読み上げながら一生懸命発表会の練習に臨みますが、緊張から声が小さくなってしまったり、笑ってしまう子も。
「明日はもっと大きな声でね」とエールを送られ、さらに「新聞を読んでみて思ったことを考えておく」という宿題が追加され、解散となりました。
この段階では、まだまだぎこちない子どもたち。同じ地域でかたまる様子を見て、大人たちには「地域間交流はできるのか?」という不安もちらつきます。でも、本番は明日。しっかり眠って明日に備えるようにと子どもたちを見送りました。
■いよいよ『うみやまかわ新聞』発表会当日!
そして発表会当日。世田谷ものづくり学校の会場には『うみやまかわ新聞」を拡大したパネルや各地域を紹介する展示が並びました。関係者やマスコミなど約30人の大人が見守るなか、発表がスタート。
発表内容は「自己紹介と担当記事」「自分たちの地域の見所」「おすすめしたい記事」「新聞づくりをやってみた感想」「できあがった新聞を読んだ感想」という5つ。さて、子どもたちはどんなことを発表するのでしょう。
トップバッターは北海道の北端、利尻島からやってきた小学生4人。利尻島は、日本百名山にも数えられる利尻山がシンボルというだけに、子どもたちも「新聞の見所は島の地図です。利尻山がきれいに見える場所を、たくさん紹介しています」と発表。島の中心にそびえる利尻山を囲むように、利尻山の景勝スポット16地点が写真付きで掲載され、ほかにも利尻島特産の「ウニ」や「利尻こんぶ」、利尻固有の高山植物、利尻島で人気のマスコットについての記事が載っています。利尻島の子どもたちは、島が利尻山の恵みを受けていることで、特有の自然環境があり、利尻こんぶやウニなどが豊富に獲れる漁業が営まれていることを学んだ様子。「利尻の自然について考え直すことができた」と発表しました。
東京都の本土側で唯一の村、檜原村の子どもたちは新聞づくりに参加した6人(1人は風邪により欠席)がにぎやかに発表しました。東京都内にありながら豊かな水が湧き出す檜原村について「檜原村は93%が山で、谷に人が住んでいる」と紹介。檜原村の新聞に掲載される、村の主産業である「林業」やイノシシやシカを捕る「猟師」の仕事、山菜や川魚、村長さんへのインタビューなどについて発表しました。新聞づくりの感想として「ノリで参加してしまったけど、やっているうちにどんどん楽しくなった。友達と協力していい新聞ができて嬉しい」という素直な発表も。「新聞のつくり方を学んだから、大変だったけれどダラダラした記事にならないようにがんばった」というプロ意識を感じさせるコメントもありました。
瀬戸内海に浮かぶ愛媛県の弓削島からやってきた子どもたちは、お揃いのTシャツを着て登場。「造船」が有名な弓削島や同じ上島町の離島・岩城島の仕事、海をきれいにする「EM団子の取り組み」、同じく上島町の離島・魚島でつくられている魚の干物「デベラ干し」などの記事を掲載した新聞の内容にとどまらず、上島町についてもしっかりアピール。25の離島で構成される上島町に暮らす子どもたちは、同じ町内でも弓削島以外にはあまり行ったことがなかったとのこと。町の全体像を記事にするために、他の島にも渡りながら取材したそうです。そして「新聞に収まりきれなかったことがたくさんあるので、ぜひ遊びに来てほしい」と発表を締めくくりました。
九州の山間、大分県日田市に属する中津江村の子どもたちは、「原生林」や有明海まで注ぐ「筑後川の水」のこと、特産品の「ゆず」や「しいたけ」などの記事について紹介。かつて村長を務められていた方へのインタビュー取材を通して「インタビューは緊張したけれど、心のきれいな人で、こういう人がいたから今の中津江があると実感できました」と、感想を発表しました。「おじいちゃんおばあちゃんが元気で、野菜や、お水が美味しい」と地域の良さを改めて実感しながら、「取材相手が笑って答えてくれると胸に響くものがあった」と、インタビューの醍醐味も感じた様子でした。
トリを飾ったのは、日本最西端の与那国島。2人の子どもたちが新聞にも掲載されている与那国島の伝統工芸「与那国織」の着物を着て登場しました。新聞では、与那国島で獲れる「カジキ」のこと、島に流れる「田原川(たばるがわ)」のこと、与那国島にしか生息しない希少動物のことなどについて紹介。新聞づくりでは「何時間もかかって大変だったけど、地域コーディネーターのお兄ちゃんと楽しく新聞づくりができた」ことや「読む人に伝わりやすいようにと色使いを工夫してイラストを仕上げた」ことを話してくれました。
与那国島の発表の終わりにはサプライズが。島唄と三線の記事を担当した与那国小学校6年生の1人が、三線を引きながら与那国の民謡「鷲ぬ島節」と「でんさ節」を披露してくれました。どちらも子孫繁栄を願い、祭事で歌われる歌だそう。美しい歌声と三線の音色に皆がじっと聴き入りました。遠隔地の子どもたちが力を合わせてつくった新聞を言祝ぐ(ことほぐ)ように、心震える締めくくりとなりました。
発表会では、どの地域の子どもたちも、前日の練習からは見違えるほど堂々とした様子で、自分たちが暮らす地域のことや、心を込めてつくった新聞のことについて紹介してくれました。
発表会のあとは、みんなでつくった『うみやまかわ新聞』を読みながらのワークショップを開催。レポート後編で紹介します。
(後編へつづく)