つくろう、島の未来

2025年01月15日 水曜日

つくろう、島の未来

10月25(金)〜27日(日)の3日間、全国各地から集った4組の親子が、鹿児島県・甑島(こしきじま)で開催された離島留学の親子モニターツアーを体験しました。自身も2人の姉妹を育てるライターの中城明日香がレポートします!

文・中城明日香

「冒険とは日常や常識、安定したシステムの外に出る行為である」とは、角幡唯介さんの著書『新・冒険論』のなかで語られている言葉です。

現代の子どもたちの日々には、どんな冒険があるだろうか?と振り返ってみると、学校や習いごと、メディアに埋もれてしまいがちな日常が浮かびあがってきます。

そんな日常によい影響を与える一つの選択肢として“離島留学”があります。離島留学とは、島外の小中学生や高校生が離島に拠点を置き、地域の学校に通学すること。ただ、離島留学を真剣に検討すればするほど「里親さんはどんな人?」「島で暮らすイメージが描ける?」など、島の子育て環境や、個々の環境の変化に不安を感じてしまうものです。

そこで今回は、NPOリトケイが運営する「シマ育コミュニティ」と甑島の旅をプロデュースする「こしきツアーズ」がタッグを組み、甑島の見どころから離島留学のリアルまで盛りだくさんのツアーを企画。島の子育て環境に思いを寄せる4組の親子が、甑島で過ごした2泊3日の旅の様子をお届けします。

※NPOリトケイでは、2024年度より島と親子つなぐ『シマ育コミュニティ』をスタート。本企画はその一環として、令和6年度観光庁「地域観光新発見事業」にて開催されたモニターツアーをレポートしました

朝10時、串木野新港で顔合わせ。子どもたちは瞬く間に友だちに

10月25日。朝10時半に鹿児島県薩摩半島にある串木野新港に集合。「友だちになれるかな?」「どんな人たちが来るんだろう?」‥ここで緊張しているのは、子供達だけではなく親も同じ(笑)。ドキドキしながら自己紹介を済ませたツアーは、東シナ海に浮かぶ甑島列島までの約1時間の船旅から始まりました。

先に乗り込んだお客さんたちは、皆しめしを合わせたように絨毯の上にゴロ寝をしたり、韓流ドラマを見入っていたり。船内では「自由」の洗礼を浴びます
フェリーという非日常空間が子どもたちの心をほぐしてくれたのか、船の中で一気に距離を縮める子どもたち

いよいよフェリーは甑島に到着。港では、今回のツアーをプロデュースしてくださる3名が迎えてくれました。(ホワイトボード持参のお出迎えがあったかくてうれしいっ!)2泊3日、何から何までお世話になるので、まずは3名のプロフィールをご紹介しておきますね。

写真左から2番目の山下賢太さん(通称ケンタさん)は、甑島生まれ。「東シナ海の小さな島ブランド株式会社」創業者。日本の島を代表するリーディングカンパニーを目指し、全17事業を展開。島内外で活躍する島のキーマン。

写真左から3番目、齋藤智顕さん(通称トモさん)は静岡県生まれ。小学生の時に家族で甑島に移住。里八幡神社の神主。「こしきツアーズ株式会社」代表取締役。シーカヤック・SUPのアドバンスインストラクター。

写真左から4番目の齋藤純子さん(通称ジュンコさん)は甑島生まれ。2008年に「KOSHIKI ART」事務局長に就任。「こしきツアーズ株式会社」を夫婦で立ち上げる。甑島の郷土楽器ごったんを普及する「ゴッタン甑の会」代表

玉石垣が彩る集落と「KOSHIKI ART」、島の暮らしと現代アートをめぐる街歩き

まずは、甑島の暮らしぶりに目を向ける集落散策からスタート。ナビゲートしてくれたのは、大学時代にふるさと甑島の風景を守るために街並みの研究をしていたというケンタさんと、こしきツアーズのトモさんです。

甑島を歩いていると目にする玉石垣の風景は、甑島のシンボル
強風から守るように建てられた家や道路の作りに注目

さらにこの日の集落散策が特別だったのは、10月4日(金)〜11月4日(祝)までの約1ヶ月間、アートフェス「KOSHIKI ART2024」が開催されていたこと。

このイベントは島出身でジュンコさんの弟でもあるアーティスト平嶺林太郎(ひらみね・りんたろう)さんが発起人となり、20年前に立ち上げたプロジェクトです。

10年前に一度は閉幕したものの「この10年で島が失ったものを取り戻そう」と事務局長であるジュンコさんや、現在は東京在住の平嶺さんが島と東京の縁を紡ぎ、10年ぶりに復活させたとか。

甑島にゆかりのあるアーティストや現代美術作家など総勢20名の作品が街並みを彩る、なんともスペシャルなタイミングでした。

最初は、現代アートをみてキョトンとしていた子どもたちですが、次第に「これ⚪︎⚪︎に似てるね!」「大きくなったら画家になりたい!」など、思い思いにアートを楽しむ姿も見られました。

こんな風にものごとを能動的に観察する姿勢は、実は島での時間を楽しむための大切な素養だったりもするのです。

こちらは物質感のあるダイナミックな彫刻作品を国内外で発表し続けているアーティスト・遠藤利克(えんどう・としかつ)さんの作品。丸い鉛のような球体が鎮座する部屋。

この作品の存在によって、どことなく空間に重みが増したような…?  匂いを嗅いでみても…?わからなさをそのまま受け止める、それでいいんです。

環境に配慮した真珠の養殖を行う「和田真珠」さんの作業場であるイカダ小屋も作品の展示場に。天井から吊り下げられていた杉浦亜由子(すぎうら・あゆこ)さんの作品は、モフモフの毛が生えた謎の生命体のような不思議な佇まいが印象的です。

作品は、現地の陽の移り変わりや潮の香りなど、周辺の自然環境と一体となって表現が完成するのが面白いところです。

パンづくりに、郷土楽器ごったん体験が満載のツアーは満足度大!

集落散策の後は「OSONO BAKERY」でランチタイム。「いただきまーす!」という頃にはすっかり子どもたちのシマができていました。大人も子どももおいしく食せる絶品スパイスカレーを堪能。そんな様子をみた親たちも安心したのか、その後も初対面と思えないほどおしゃべりが弾んでいました。

その後は、島の子どもたちと一緒に体験するパン作りや、島の郷土楽器「ゴッタン」の演奏など盛りだくさんの内容。形にこだわらず、自由な形のパンが作れたことに、子どもたちもご満悦。心が解放されて、子どもたちの仲も一層深まっていたのが印象的でした。

「どんなパンを作る?」「何から作る?」。決めるのはいつも子どもたち
譜面が読めなくても弾けるのがごったんのいいところ。中には「アンパンマンのマーチ」をその場で弾けるようになった子も!

初日の夜ご飯は、宿泊先の「FUJIYA HOSTEL」で。島の特産品であるキビナゴや新鮮なお刺身をはじめ、ケンタさんが復活させた島のお豆腐屋さんのオカラを使ったヘルシーな一品など、島ならではの味覚を堪能しました。

食後は、ジュンコさん率いる「ごったん甑の会」によるちいさな演奏会が開催されました。

島唄は古くから周辺の島で歌い継がれたものもあれば、純子さんたちが「甑の未来の島唄になれば」と新たに作ったものもあります。ごったんの音色に合わせた島唄や、子ども演者たちのキリリとした表情から「故郷の文化を守りたい」という決意が感じられ、思わずグッときた夜でした。

2008年に恐竜の化石発見!未来の恐竜博士になれる島

2日目の朝食は「FUJIYA HOSTEL」の名物でもある、出来立ての豆富と干物の自慢の味をいただきました。

チェックアウト後は、島のビュースポットである長目の浜を経由し、2025年4月にオープン予定の「甑ミュージアム」へ。一足先に館内を見学させていただきました。

観光名所のひとつ、長目の浜に鎮座していた2本の木。眼下に広がるのは東シナ海
出来立てのお豆腐は、塩とオリーブオイルで食べても◎。この朝食を食べるためだけでも、甑島を訪れる価値あり

実は、甑島列島にはおよそ8000万〜5000万年前にあたる白亜紀後期の地層「姫浦層群(ひめうらそうぐん)」が分布しています。

この地層から2008年に恐竜の化石が発見されて以来、アンモナイト、魚類などの海の生き物、ワニ、カメ、植物などの化石が続々と見つかっています。

実際に離島留学生として甑島に滞在している子どもたちと合流し、一緒に「甑ミュージアム恐竜化石等準備室」を見学します。

展示物の中には学芸員さんが学生時代に甑島を訪れた際に発掘したという恐竜の大腿骨や、フロアを埋め尽くすほど巨大な恐竜の骨格標本、「KOSHIKI ART」の参加アーティスト・加藤泉(カトウイズミ)さんの作品など見どころ満載。恐竜たちの大迫力のお出迎えに大人も子どもも興味津々です。

子どもたちは来春オープンとなる「甑ミュージアム」の展示物のパネル制作にも挑戦しました。それぞれ担当した展示物がケースに入った瞬間はホッとしたのか、その表情には笑顔があふれていました。

実際の化石に触れ、化石のクリーニング室や研究室、博物館のバックヤードを見る貴重な体験をしました。

展示物の制作をやりきった子どもたちはなんだかとっても誇らしげ。博物館がオープンしたら、またみんなで来れたらいいね!

里親さんが営む「民宿きくや」で離島留学のリアルを聞く

お昼は、この日の夜の滞在先となる下甑島の「民宿きくや」にて、離島留学生のお友達と一緒に海鮮丼や恐竜弁当をいただきます。地元の新鮮な海の幸をふんだんに使った昼食は、島ならではのおもてなしです。

「民宿きくや」を営む塩釜さんご夫妻は、離島留学の里親でもあります。

食後は塩釜さんのご自宅と、徒歩数十秒の距離に暮らす同じ里親仲間の中野さんのご自宅を訪問し、離島留学のお話を伺いました。

子どもたちと里親さんは、家族同然に暮らします。里親さんそれぞれの離島留学生との向き合い方や、日常生活で大事にしていること、さまざまな角度から話を伺い、子どもたちの生活環境などを実際に見ることで島での暮らしぶりをより鮮明にイメージすることができました。

午後は、地域の子どもたちと一緒に遊びました。学校の校庭で駆け回ったり、海岸沿いでは、水切りや釣り、ビーチコーミングなどを楽しみます。ビーチコーミング歴40年のトモさんに教えを乞いながら、みんな夢中で石や貝がらを拾いました。

里親さんの見守りの元、釣った魚を自分で捌くことにも挑戦!

大自然の躍動を感じる漁船クルーズは圧巻!

午後16時を回る頃、漁から戻ってきた「民宿きくや」のおじちゃんが船に乗せてくれました。

水しぶきを全身に浴びながら海上を走ることおよそ15分。眼前に突如現れた岩壁のトンネルに一同大興奮!見事な地層が浮かび上がる甑島のダイナミックな自然を肌で感じることができました。

岩壁のトンネルを潜り、海上に浮かぶ岩の島に到達。どこへ行くのか、何が起こるかわからない、これぞ冒険!

副船長を務めてくれたのは、塩釜さん宅で離島留学中のKくん(小5)。少々荒っぽい船長の運転にも臆することなく、副船長としての任務をまっとうする姿がひときわたくましく見えました。

離島留学わずか半年ほどでここまで環境に馴染めるKくんの吸収力もさることながら、島でなければ叶わないアクティビティを通じて子どもの力をぐんぐん伸ばす島の子育て環境は偉大です…!

なんでもないことが特別うれしい。おだやかな島時間の過ごし方

下船後、民宿の裏にある中野酒店でおやつタイム。ここで食べた「チョコジャンボモナカ」が過去イチおいしかったかもしれません…!

夜は、手作りのオードブル&すき焼きの心づくしのおもてなしを堪能。この頃には、すでに子どもたちの世界が出来上がっていて、子どもたちもすっかりリラックスした様子。

驚いたのは、滞在中に誰も「ゲームがしたい」と言い出さなかったこと。みんなでTVを見ながら歌ったり、おしゃべりしたりしながら過ごしていました。

宿の方の計らいで星空を見たり、花火をしたり、島の夜を思い切り満喫しました♪

3日目。とにかくみんなと遊びたい!船に乗り込むまで全力で遊び倒す

3日目、最終日の朝。子どもたちはとにかく早起きでした。

「遊んできていい?!」とすぐさまリビングに集合。路地裏でかけっこしたり、再び釣りにチャレンジしたり、残り少ない時間を少しでも無駄にしまいと全力で動き回ります。

「いい路地だね〜」なんて言いながら、大人ものんびりタイム

朝食を済ませたら、下甑島南部に位置する自家焙煎珈琲スタンド&染織アートラボ「カヨラコーヒー∩ラボ」で下甑島に移住している室原さん一家と待ち合わせ。

目の前に広がる手打浜の穏やかな内海と美しいロングビーチを見るやいなや、子どもたちは波打ち際に駆け出して行きました。

こうなったらもう誰かがずぶ濡れになるまで戻ってきませんよ
今回夢中になったものの一つ、ビーチコーミング。拾った貝やサンゴ、石は宝物
みんなで手打浜沿いにある「古民家食堂&カフェかわんぐい」までお散歩。大人数で食卓を囲む島の食事は、心と体が満たされる

いよいよ旅も終盤に差し掛かってきました。一行は、復路の船が出航する長浜港を目指します。

途中、ナビゲーターのケンタさんとトモさんの計らいで甑島の観光名所のひとつ「瀬尾観音三滝」に立ち寄ってくれました。山が元気な地域は海も健やか。甑島の自然は、どこも生き生きしていて、それが島のゆたかさを物語っています。

朝の浜辺でなんとか濡れずに済んだ子どもたちが、今度は滝行をはじめました。いく先々で誰かが着替える。着替えリレーは、ツアーの最後までつづく

長浜港に到着すると、待っていたのはなんと獲れたてのタカエビ!

漁から帰ってきたばかりの船長自ら新鮮なタカエビを振る舞ってくれました。ツヤツヤに光っているタカエビやメヒカリを見た子どもたちの目も輝いていました。

みずみずしく甘い獲れたてのタカエビの美味しさは、忘れられない思い出に

最後に島のお友だちが一人ひとりに色紙を渡してくれました。

子どもたちの「もっと島にいたい!」「もっと仲良くなりたかった!」そんな気持ちが痛いほど伝わってきます。船が港を離れても、互いの姿がみえなくなるまで、ずっとずっと手を振り続けていました。

都市で暮らす子どもたちの日常は、ともすると窮屈なものになりがちです。加えて親世代も情報化社会のなかで、知らず知らず他人の視線にさらされながら、日々の子育てに奮闘しています。

そんな現代の子育て環境に、島での“冒険”を通じて心地よい風穴を開けてくれるのが、離島留学という存在なのかもしれません。

「KOSHIKI ART」に参加した多くのアーティストたちが、甑島での体験を通じて新たなクリエイティビティを見出したといいます。それは、生きることの本質を教えてくれる甑島の何ものにも代え難い魅力です。そして、そんな島の文化を守り、磨き続けているのは、甑島の皆さんの日々の営みそのものであることを忘れてはいけないなと思いました。

甑島の皆さん、本当にありがとうございました!

     

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