つくろう、島の未来

2020年10月29日 木曜日

離島経済新聞社は、10月22日に10周年を迎えます。
10年間の感謝を込めて、10月22日(木)夜に全国の島々のゲストと中継をつなぎ、音楽ライブやトークをお楽しみいただくオンライン生配信イベント「シマナイト ON LINE」を開催します。(※)

※TwitCasting(ツイキャス)有料配信。生配信終了後、録画再生可能

ここでは、2012年に創刊した『季刊ritokei』のバックナンバーより、シマナイトのゲストが登場した記事を特別に掲載。まずは小笠原諸島(おがさわらしょとう|東京都)の古謡を唄うokeiさんのインタビュー、2012年10月発行『季刊ritokei』4号の掲載記事をお届けします。

小笠原の空気を、古謡にのせて

素朴で、陽気な音色。それでいて、どこか切なさもある小笠原古謡。唄い継がれてきた独特のメロディーと歌詞には、小笠原の島々と南洋の歴史が色濃く刻まれていました。

初めてokei(おけい)さんが小笠原を訪れたのは、20代半ばのこと。クジラを追いかけて渡った小笠原で、言いようのない居心地のよさを感じたと言います。現在、数少ない小笠原古謡の唄い手として活躍するokeiさんに話を伺いました。
(文・甲斐かおり)

※インタビューはすべて『季刊ritokei』vol.4(2012年10月発行)掲載時のものになります

クジラを追ってきた人々がたどりついてきた島

リトケイ:

初めは、どうして小笠原だったのですか?

okei:

私が子どもの頃、シロナガスクジラになるのが夢だったんです。

リトケイ:

!(笑)。可愛いですね、それで小笠原へ?

okei:

大人になってもそう思っていたわけじゃないですが(笑)、小笠原でクジラが見られることを知って、ずっと気になっていたんです。
初めは旅行のつもりだったんですが、台風でどこへも出られなくてぶらぶらしているうちに、住みたいと思って。風とか水とか、とにかく島の空気が肌に合ったんです。
一度東京に戻って島の仕事を探したら、意外にもすぐ見つかってトントンと話が進んだので、ああこれは行った方がいい流れだなと。

リトケイ:

住んでみていかがでしたか?

okei:

すごく楽しかった。小笠原って初めはアメリカやハワイの人々が捕鯨のために移住した島で、今も見た目は日本人じゃない方がたくさん住んでいるんです。英語を話す人も多いですし。
それと関係があるかわかりませんが、島に住むと必ず皆ニックネームを付けられます。セニョール、セニョールって皆が呼ぶ人を、どんな外国人だろうと想像していたら、一見普通の日本人のおじさまだったりして(笑)。その時に、私もokeiって呼ばれるようになりました。

リトケイ:

それでokeiさんなんですね。小笠原って最初に人が移り住んだのも1830年と、それほど歴史は古くないですよね。今も初めに島に移住した方の子孫が住んでいらっしゃって、まだ5代目で。

okei:

返還前は、みんな高校に行くのは、飛行機でグァムまで行っていたらしいですよ。

リトケイ:

すごい!外国のようなものですよね。小笠原というとクジラやイルカのイメージはあるけど、そういう事実はあまり知られてないですね。

南洋の島パラオから伝わった小笠原古謡

リトケイ:

古謡っていうと、文字通りすごく古い音楽のような気がしますが、小笠原古謡は陽気で南国の香りがしますね。

okei:

そうなんです。普通の民謡のように楽譜があって受け継がれてきたものではなくて、島の人がパラオに出張に行った時に、現地の人から口伝えで聞いて帰ってきて広まったものらしいです。パラオは当時から日本との関わりが深くて、唄も日本語で唄われていて。
だから古謡の歌詞は、カタコトの日本語だったり、不思議なパラオ語が混じってたりするんですよ。

リトケイ:

南洋の方がルーツなんですね。日本の他の島の音楽とずいぶん雰囲気が違いますもんね。

okei:

歌詞も可愛らしかったり、切なかったり。「レモン林」という大好きな曲があるんですが、歌詞に「カボボ」って言葉が出てくるんです。「平和になったら二人はカボボして新婚旅行は父島に行きましょう」って。
約束とか覚悟してという意味かなと思っていたんですが、最近調べてみたら、パラオで「結婚する」ことを「kakub」って言うらしく、それが微妙に変化したのかもしれません。

リトケイ:

どうして古謡を唄うことに?

okei:

初めは島で古謡の録音をやっている現場に行き合わせて、一緒にやろうって声をかけられたのが始まりです。島の人が皆で唄ったり打楽器を叩いたり。その時に収録したCDを買ったら「レモン林」が入っていたんです。すごく影響を受けました。
それからフラのバックバンドでウクレレを弾いてみないかって誘ってもらって、少しずつ唄うようになって、オリジナルの曲もつくるようになったんです。

島唄を唄うことで島のイメージを伝えたい

リトケイ:

島が好きで居ついてしまう人は沢山いるけれど、本土で古謡を唄っているのはokeiさんだけ。本格的にプロとして唄い始めたのはいつ頃ですか?

okei:

6年くらい前かな。CDを出して、あちこちでライブなどやらせてもらっています。初めは趣味で唄っていたのが、今、私のライブの時にウクレレの演奏をやってくれている方に「ちゃんとやった方がいいよ」って言われたのが、本格的に始めるきっかけになりました。

リトケイ:

今古謡を唄われている方って他にもいるんでしょうか。

okei:

島ではみんなが自由に唄っています。東京辺りでは17時に「夕焼け小焼け」が流れますよね。それが小笠原では古謡の「丸木船」なんです。

リトケイ:

どなたかから、教わったことも?

okei:

イーデスさんという90歳近いアメリカ人のおばあちゃんに聴いてもらったりしました。そこは違う!って突っ込まれながら。でも、節回しなどは唄う人の味だから、絶対同じじゃなきゃいけないわけじゃない。唄い手によってどんどん進化して行くものだって。

リトケイ:

昔から唄い継がれている曲もありますが、今okeiさんがオリジナルでつくっている音楽も、次の世代にまた古謡として受け継がれていくんでしょうね。

okei:

沖縄だったら花とか、島人とか、何かイメージされるものがあるじゃないですか。小笠原にとって古謡がそんな風にイメージされるものだったらいいなと思って唄っています。クジラやイルカのイメージはあるけれど、小笠原はそれだけじゃないから。

リトケイ:

音楽が伝えるものって大きいですよね。小笠原のイメージには、まだ定着したものがないから、外の人たちが勝手にイメージをつくってしまう前に、okeiさんのように島の人たちがイメージを伝えることが大事なのかなとも思います。

okei:

ほんとにそうですね。島外で古謡を唄うことで、小笠原のことを伝えられたらいいなと思って唄っていきたいです。

【話を聞いた人】
okei
小笠原古謡唄うたい・小笠原母島観光大使
1997年小笠原父島に移り住み、小笠原古謡に出逢い唄い始める。現在は、小笠原と内地の架け橋になれるようにと内地での活動に重点をおき、ライブや東京諸島のイベント・ラジオなどに出演するなど精力的に活動している。また、定期船おがさわら丸や国内の客船で、小笠原古謡ステージや小笠原の歴史講演など小笠原の文化歴史の認知拡大にも貢献し、幅広く活躍している。3代目おがさわら丸進水式では国歌独唱の大役を果たす。鎌倉FM毎月第1第3土曜日11時~「solanaのHAPPY×3」メインパーソナリティ。小笠原古謡とオリジナル楽曲の入ったフルアルバムCD『「しまの音〜紡ぐ〜』」全国販売中。


さまざまな島のゲストが登場するリトケイのオンライン生配信イベント「シマナイト ON LINE」は10月22日に開催。okeiさんの生ライブ&トークもお楽しみいただけます♪ 下記の【チケット申し込み】URLよりお申し込みのうえ、ぜひご視聴ください。

【シマナイト ON LINEイベント概要】
日時:10月22日(木) 19:30〜22:00
料金:1,500円(ツイキャス有料配信 別途手数料あり)
出演者:okei(小笠原諸島)、黒島慶子(小豆島)、大口久(小値賀島)、山下賢太(上甑島)、麓憲吾・渡陽子・楠田莉子(奄美大島)、宮良賢哉・池城安武(石垣島)、リトケイ一同
チケット申し込みhttps://twitcasting.tv/tokyoculture2/shopcart/26611

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