厳しい人口減に直面している離島地域などの過疎地を対象に、移住者らの就業を後押しする新法「特定地域づくり事業推進法」が2020年6月、施行された。
同法は、地域の事業者らでつくる組合・組織が移住者らを雇用し、複数の事業者に「働き手」として派遣する制度。
働き手は無期雇用による安定した労働環境を確保でき、人材の派遣を受けた事業所は繁忙期のみ担い手を確保することができる点が大きな特徴だ。
今回は、人口減対策の一助として期待されるこの制度の概要を紹介する。
(取材・文 竹内章)
「通年雇用はちょっと……」 過疎地の事業者から漏れる本音
「確かに夏場はもっと人手が欲しいと思うことが多いけれど、一年中お客さんが来て忙しいわけじゃないから通年雇用はちょっと……」
長崎県の離島・五島列島(ごとうれっとう)で、実質1人の「ワンオペ」で民宿を営む50代のオーナー男性がぼやいた。
多くの過疎地で地域経済を支えている農業や漁業、観光業といった業種は、季節による繁閑の差が大きい。
例えば離島地域を代表する業種である漁業に目を向けると、魚種などによって繁忙期が限られるほか休漁期もある。
宿や土産物屋といった観光関連施設も、春の大型連休や夏休み期間などは都市部から観光客がどっと押し寄せにぎわうが、それ以外の時期は閑古鳥が鳴いている地域も多いのが実情だ。
働き手の安定収入を考えると通年雇用は理想である。しかし、年間を通じて安定した仕事が少ない過疎地で事業を営む雇用側にとって、通年雇用はリスクが高い。
組合が雇用し、各事業者の繁忙期に合わせて人材を派遣
多くの過疎地が抱える現実を背景に、離島を含む地方では人手不足に陥る繁忙期はアルバイトなどの臨時雇用でしのぐのが一般的で、通年雇用に踏み切るのは困難。
一方で、臨時雇用は、通年の安定した仕事を希望している都市部からの移住者や、真剣に定住を考えている地元の若者には敬遠されがち。
高齢化や人口減で体力が落ちている地方が最も重視している移住・定住者の増加にはつながらない状況が続いてきた。
そんな過疎地が抱えるジレンマを解決するべく成立したのが、今回の新法だ。
新法は、過疎地の事業者らが集まって「特定地域づくり事業協同組合」を設立することを認めている。
この組合は、地域の4者以上の企業や個人事業主が出資し、都道府県の認可を受けることで設立が可能。
社会保障や一定水準の給与を確保する形で移住者らを通年雇用し、「マルチワーカー」として事業所それぞれの繁忙期に合わせて人材を派遣する。
事業所にとっては通年雇用による大きな経済負担を回避でき、派遣される人材も安定した雇用環境を得ることで定住への道筋が開ける――という「ウィン・ウィン」の関係を築くことも可能だ。
離島においては、冬~春にかけて水産業に従事し、5月の大型連休から夏までの観光シーズンは宿などの観光施設で勤務。秋から冬にかけては実りの秋に収穫した農作物で特産品を作る食品加工業者での勤務――といった雇用形態が想定される。
組合運営には公的な財政支援も
組合設立に際し、現実問題として気になるのが運営に要する費用だが、事業者らの負担を軽減するために公的な財政支援が用意されている。
組合が移住者らに支払う給与は1人あたり年400万円を上限とするが、これら人件費などの経費は国と市町村が4分の1ずつを負担。残る2分の1は派遣先の事業所が支払う仕組みとなっている。
雇用形態は、雇用期限を設けない無期雇用とし、組合は移住者に健康保険と厚生年金保険の加入を保障する。
法律名に「派遣」という言葉が用いられていることから、都市部で多くみられる雇用調整の色合いが強い人材派遣業のイメージを抱く人も多いかもしれないが、この制度は、逆に「地方で働きたい」という意欲ある人材を、期限を設けることなく安定的に雇用できる仕組みとなっている。
既存制度は移住者定着に課題も。「理念ある制度活用」が成功へのカギ
行政が音頭をとる都市部から地方への人口移動策としては、都市部に住んでいる若者らが地方で地域を元気にする活動に従事する「地域おこし協力隊」制度や、三大都市圏にある企業の社員が地方で地域の魅力や価値向上などに取り組む「地域おこし企業人」制度などもある。
だが、両制度の任期は最長3年間。任期後、思うような仕事が見つからず、都市部にUターンしてしまう若者も多い。
新法は、移住者らの移住・定住促進に寄与しうる制度ではあるが、不安要素もある。
例えば、財政支援が伴う今回のような制度にありがちなのは、「補助金ありき」の運営に陥ってしまうこと。
運営組織が将来的な自立・自走を意識せず漫然と事業を続けるうちに事業期間が終了し、補助金がなくなると同時に事業を終了させ、まるで何事もなかったかのように昔と同じ状態に戻ってしまうことはよくある話だ。
また、「地域おこし協力隊」制度でも指摘された問題として、人材が「都合のいい労働力の穴埋め」として扱われることも懸念材料。協力隊制度では、「役場職員を補助するアルバイト」のような扱いに意欲をそがれ、任期満了を待たずに赴任地を離れる若者の姿も数多くみられる。
新法では、雇用し派遣される移住者らのキャリア形成につながる教育訓練の必要性もうたわれる。組合や地域が、確保した人材が地域とのかかわりを深めながらキャリアアップを図れるような環境を構築できるのかどうかも、事業を成功させるカギとなりそうだ。