つくろう、島の未来

2025年08月13日 水曜日

つくろう、島の未来

黒潮の海で実感するリジェネラティブな里海づくり(柏島)

四国の南西にある柏島は、瀬戸内海と太平洋の入り口に位置する。2002年、研究者である神田優さんがこの島で立ち上げたNPO法人黒潮実感センターは、持続可能な里海文化と人を育む拠点として成長している。自然との関わりを深める“リジェネラティブ”(※)な学びとは。

※「Regenerative」の直訳は「再生させる」。 例えば、土壌の有機物を増やしながらCO2削減にも貢献する農法を 「リジェネラティブ農業(環境再生型農業)」と呼ぶなど、環境を保全するだけでなく再生させる取り組みに対して使われている

※この記事は『季刊ritokei』49号(2025年5月発行号)掲載記事です。フリーペーパー版は全国の公式設置ポイントにてご覧いただけます。

柏島

柏島/高知

高知県大月町にある柏島は、面積約1.5キロ平方メートル、人口約290人。黒潮の影響を受け、透明度の高い海にその数、日本一の1,150種を超える魚が生息。「宿毛駅」から車で約1時間

1998年、 魚類生態学が専門の農学博士・神田優さんは単身柏島に渡り、人々の暮らしと共にある豊かな海を「里海」と名付け、持続可能な里海づくりを推進。 それらを体感できる学びのプログラムを幅広く提供してきた。

対象は幼児から大学生、社会人、教員などさまざま。クリアカヌーやシュノーケリング、釣り体験、ビーチコーミングなどのアクティビティを通じて、自然や海の有り様を肌で感じる学びを得る。

例えば、小学生向けのサマースクールでは「楽しい」「おいしい」といった感覚に加え、「危険」とその回避方法を身体で覚える機会も設けられる。里海に続く四万十川支流での川遊びでは、子どもたちはライフジャケットをつけて川に流される体験をする。

サマースクールを楽しむ子どもたち
サマースクールを楽しむ子どもたち

「日本の川は勾配があり流速が早く、早瀬・平瀬・ふちが連続しています。そこで川に流されてみて、どうすればいいのかやってみる。早瀬だと流されてしまいますが、そのあと平瀬まで流れていけば必ず助かるんです」。

近年、川遊びでの事故がニュースになることが増えたのは、こうした生きるすべを体得する機会が減ったことが一因とされる。頭で理解するだけでは身につかないことは、フィールドが教えてくれる。

幕の内弁当のような里海で学ぶ生きるすべ

研究者である神田さんは、長年の研究と観察を積み上げながら里海の数値化や言語化にも取り組んできた。「柏島の魚種は日本初記録のものも含めると1,150種以上で全国一。一般的に南極や北極のような高緯度地域に行くと生物の種類は減るが、1種類あたりの個体数は多くなり、赤道付近の低緯度地域に行くとその逆になります。

しかし柏島は、魚種の多さと個体数の多さが両立しており、生物多様性の観点から見ると非常に珍しい海域です。さらに、柏島の魚はあまり人を怖がらず、触れられる程の距離にうじゃうじゃいるんです」。

原因ははっきりしないが、南から運ばれる暖流黒潮と瀬戸内海から太平洋に流れ出す栄養豊富な豊後水道からの流れが交わるからではないかと、神田さんは読む。「柏島はありとあらゆる環境が幕の内弁当のようにある場所なんです」。

正面が柏島。湾内でも透明度30mを超える柏島の海
正面が柏島。湾内でも透明度30mを超える柏島の海。船が宙に浮いているように見えると話題に

そんな柏島には魚好きも集まるが、最近の子どもたちには「頭でっかちすぎる子も多い」と神田さん。例えば「この魚は毒があるから触っちゃいけないんだよね」という子に、「おいしいよ」というと「食べちゃだめだよ」と突っぱねる。

 「情報で頭がいっぱいになっていて、毒のあるものはすべてが毒だと考えてしまっているような感覚。けれど実際は、毒を取り除けばむしろおいしかったりするので『毒がどこにあるか考えてごらん』と聞きながら、何に気をつけないといけないかを伝えています」。

漁業者とダイバーの衝突もリジェネラティブに解決

2000年頃、柏島では高値で取引されていたアオリイカの水揚げが激減する事態が起きた。その頃の柏島では、ファンダイビングの拡大に伴い利用客が増えたことから、漁業者とダイビング事業者の間に対立が起こった。

里海文化を守る人間社会がバランスを崩した危機的状況を改善するべく、神田さんは漁業者とダイバーの調整役に奔走しながら「アオリイカを一緒に増やしませんか?」と人工産卵床の設置を提案した。

アオリイカ減少の背景には、海中の磯焼けがあった。「それまで夏場の浜は海藻が打ち上がり磯の香りがきつかったのに、海藻が減って匂いが消えたんです」。

ダイバーが海底に人工産卵床を固定する様子
ダイバーが海底に人工産卵床を固定する様子

神田さんは、藻場に産卵するアオリイカが早期に戻ってくるよう、漁業者とダイバーがウバメガシを採り、漁業者が海に運び、ダイバーが海にもぐって海底に固定する方法を考案。無事、2.5メートルの木に約10万個の卵が産み付けられた様子を、写真やビデオに記録し共有することで、漁業者とダイバーの関係と里海の再生を実現した。

漁船で運ばれるウバメガシの木
漁船で運ばれるウバメガシの木

この取り組みは、地元の子どもたちが環境を学ぶ学習となり、全国の関心層がプロジェクトに参画できる「アオリイカオーナーズ」制度にも発展した。アオリイカオーナーは人工産卵床設置の資金提供者となることで、里海に関わり、海の環境を知りながら、返礼品として届くアオリイカのおいしさを体感できる。

本当に伝えたいことはどう関わり、支えるか

今、神田さんの視線はオーナー制度の先にある本格的な藻場再生に向かっている。そのひとつがテングサ。十数年前から構想はしてきたものの時間やマンパワーが足りず、本腰を入れられなかったプロジェクトだ。

とはいえ「そんな悠長なことは言ってられない」と神田さんが語る理由には、柏島の食堂で「命ある限りところてんづくりを続けたい」という地元女性の想いがある。

テングサからところてんを煮出す島のお母さん
テングサからところてんを煮出す島のお母さん

「取り組み開始から2年、これまで資源ゼロまで落ちていた藻場に初めてテングサの着生が多数確認されました。しんどくても踏ん張らなければ。本当に伝えたいのは、自然の美しさだけではなく、そこにどう関わり、支え合えるかということ」(神田さん)。

豊かな海に触れるだけではない、人の営みを必死に守る活動は、関わる人に多くの問いとかけがえのない実感を与えている。





     

特集記事 目次

気づき、受け入れる。腹落ちる島へ

インターネットには情報があふれ、AIが私たちの思考を肩代わりする現代、どこにいても即座に情報が得られるようになった反面、五感を通じて身体で得る経験が足りなくなっていると感じることはありませんか。

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