つくろう、島の未来

2024年11月23日 土曜日

つくろう、島の未来

日本に約400島余りある有人島のほとんどは1955年以降、人々が減り続け、2040年には現在の半数近くまで減少する予測もある。経済や文化、暮らしの灯がゆらぐ島もあるなか、島や日本、あるいは世界の持続可能性を追究する論に島々を重ねてみたい。ここでは『人口減少社会のデザイン』を紐解きながら、著者である京都大学教授の広井良典氏にお話を伺った。

※この記事は『季刊ritokei』34号(2021年2月発行号)掲載記事です。フリーペーパー版は全国の設置ポイントにてご覧いただけます。

『人口減少社会のデザイン』(広井良典・著 東洋経済新報社/1,800円+税)

島と重ねて考える『人口減少社会のデザイン』

2050年、日本は持続可能か? そんな疑問を起点に行われた研究が2017年に公開され反響を呼んだ。

それは、日本が持続可能であるために、今後とられるべき政策のヒントをAI(人工知能)が2万通りの将来シミュレーションから導き出すというもの(※)。『人口減少社会のデザイン』は、同研究に携わる広井良典氏が、独自の視点で日本の課題や未来への展望を記す。

※ 日立京大ラボが行なった「AIの活用により持続可能な日本の未来に向けた政策を提言」

もとは都市や地域における公共政策や社会保障、死生観をめぐる哲学的考察など幅広い分野で研究を行ってきた広井氏。多様なテーマで社会を見つめるなか、浮き上がってきたのは、先進諸国の中でも随一に高い「社会的孤立」に悩む人々や、地方に増える空き家やシャッター通り、農村の空洞化や人口減少、少子化など。出口のないトンネルを進むような今の日本は、皮肉にも「国の政策の“失敗”ではなく“成功”が生んだ姿」であると広井氏は指摘する。

「これまでの政策が目指した、いわば郊外ショッピングモール型の都市や地域のありようと現状の評価を冷静に分析し、直視しなければ、新たな展望は開けません」という広井氏は、一方で「希望をこめて言えば、私たちは政策の転換を通じて、より望ましい都市や地域のあり方を実現していける」と語る。

では、前述のAIは望ましい未来をどのように示したのだろう。人口や地域の持続可能性、格差や健康、文化面から総合的に未来の持続可能性を判断したAIは、日本が目指すべき道を「地方分散型の未来」と示した。「私自身、意外だったのは『東京一極集中に象徴されるような日本の未来』と『地方分散型の未来』という選択肢が、未来を持続可能にするための本質的な分岐であったことです」。

ちなみに、地方分散を進めるにも「持続可能な方法とそうでない方法」があり、持続可能な地方分散の例としてドイツの町村が挙げられる。「日本では人口20万人以下の地方都市は空洞化しシャッター通りになっていますが、ドイツは人口1〜5万人の町やそれ以下の規模の村にもにぎわいがある。そのにぎわいは実は日本でも昔は見られたものです」。

広井氏はより良い地方分散のイメージを「多極集中」という言葉で言い表す。想像するなら、日本列島の各地に「極」を持つコミュニティが点在し、それぞれの極に人が集い、にぎわう姿。その一つひとつに個性豊かな風土があり、社会的孤立とは対極の人と人のつながりや支え合いが存在する、持続可能な社会である。

広井氏は日本を持続可能にしていく方法を同著に記すが、なかでも「都市と農村の非対称性に対して、持続可能な相互依存のために再分配の新しい仕組みが必要」である点は、島の未来づくりに重ねたい。

岡山の商店街に生まれ、父親の実家が農家だったという広井氏は、ふるさとの姿と重ねながら「都市と農村の関係は、放っておくと農水産物が安く買い叩かれて都市が有利になる不等価交換の関係にある」という現実を語る。「財政的には都市が自立しているように見えますが、マテリアルフロー(※)から見ると都市は農山漁村に依存しているので、この状況が続けば持続可能にはなりません」。

※ 特定の地域で一定の期間内に投入される物質の総量、地域内での物質の流れ、地域外への物質の総排出量を集計したもの

つまり、島を含む日本各地の農村が細れば日本の持続可能性は低くなり、反対に、島を含む農村が活気づけば日本の持続可能性も高まるというわけだ。では、そのために何が必要かといえば、広井氏はそのひとつを「都市と農村の持続可能な相互依存を実現するさまざまな再分配システムの導入」という。

具体例を挙げるなら、近年定着しつつあるクラウドファンディングやふるさと納税、産直ECサイトなどもそのひとつかもしれない。広井氏も「特産物の販売サイトの中には、いわば国内版フェアトレードと呼べるようなエシカルコンシューミング(※)もありますね」と話し、都市と農村という優劣のつきやすい場所に住む人同士が、フェアに支え合える新しい仕組みに期待する。

※ 社会や環境に配慮した購買行動

離島地域には詳しくないと話す広井氏だが、数年前から交流のある島の若者たちとのやりとりを通じて「島の方がオンラインを使いこなしていることに驚いた」と言う。「コロナ禍でオンラインが浸透し、遠隔でもコミュニケーションがとりやすくなったので、以前に比べて不便さやデメリットは解消されるでしょう」。ただし、「ITは(人と人のつながりを)加速させているかもしれませんが、それは手段であって、より重要なのは、集団で(東京一極集中のような)一方向へ向かうのではない価値観が強まっていること。ITはそれらを補助するものです」。

ICTは、島外の世界との間に海が隔たる離島地域を支える期待の技術であり、コロナ禍によって、人と人が直接ふれあえない状況も支えてくれた。それらは都市と農村の「再分配システム」ともなりうるが、人々が直接つながり、支え合えることのバランスも欠いてはならない。なぜなら、広井氏曰く、人と人とのつながりの質こそが、人間の「幸せ」に直結するからだ。

同書には国や地域における人々の平均的な「幸福度」を左右する要因として、「コミュニティのあり方(人と人との関係性やつながりの質)」「平等度ないし格差(所得・資産の分配のあり方)」「自然環境とのつながり」「精神性、宗教的なよりどころ等」の4つが紹介されている。大小あれど、これらは日本の島々には比較的多く存在しているのではないだろうか。人間の幸せと、島と日本の持続可能性はいずれもイコールである。そのために必要な事柄を、同書は教えてくれる。


広井良典(ひろい・よしのり)
京都大学こころの未来研究センター教授。1961年岡山市生まれ。東京大学・同大学院修士課程修了後、厚生省勤務を経て96年より千葉大学法経学部助教授、2003年より同教授。この間マサチューセッツ工科大学(MIT)客員研究員。16年4月より現職。専攻は公共政策及び科学哲学。社会保障や環境、医療、都市・地域に関する政策研究から、時間、ケア、死生観等をめぐる哲学的考察まで、幅広い活動を行っている。著書は『コミュニティを問いなおす』『持続可能な福祉社会』(ちくま新書)、『ポスト資本主義』(岩波新書)など多数。

特集記事 目次

特集|離れていてもつながりあえる。集まれ!島想い

他地域との間に海を隔てる島々に暮らす人々は、同じ島の上で生きる人間の数が限られるからこそ、つながりを密にし、支え合いながら生きている。 とはいえ、島の人とつながり、支え合える相手は島の外にもいる。 災害や感染症、産業衰退に人口流出など、さまざまな困難を島の外から支える人や、ふるさとの島を支える人、島でつくられたものを買い、魅力を発信する人がいる。 2020年には新型コロナウイルスの感染が広がり、今もなお、人々のふれあいや移動に制限がかかるなか(2021年2月時点)、この特集では「島と人の想い」を軸に、離れていてもつながり、支え合うことのできる島想いの輪を紹介する。 ※この記事は『季刊ritokei』34号(2021年2月発行号)掲載記事です。フリーペーパー版は全国の設置ポイントにてご覧いただけます。

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