全国規模で使用されなくなった休眠空間が増えるなか、それらを有効活用する動きも広がっている。リトケイではフリーペーパー版『季刊リトケイ』の2号に渡って島の休眠空間利活用について特集。今号では、主にこの10年間で5,000校以上が廃校となっている学校施設をはじめとする、公共系空間の利活用を紹介する。
この特集は『季刊リトケイ』26号「島の休眠空間利活用」特集(2018年11月13日発行)と連動しています。
人々の記憶をつなぎ、新たな物語を築く「mamma」
現在はアートの島としても知られる豊島(香川県土庄町)の北部には、県内唯一の乳児院「豊島神愛館」があった。創立者の吉村静枝さんが中心となり、戦後まもない1947年から2015年までの約70年間、3000人前後の乳幼児を受け入れてきた。
その神愛館が2015年、老朽化などの理由により坂出市に移転が決定。その後、解体が予定されていた豊島の建物は、神愛館を大切にしてきた島民の要望により残されることになり活用法を模索。豊島の知名度が上がるとともに増加する観光客の受け入れ施設が求められていたことなどが要因となり、 2017年8月、銭湯とカフェ・バーを備えるゲストハウス「mamma(まんま)」に生まれ変わった。
特長のある名称は「誰もがありのまんまでいられるように」という思いが込められている。
mammaを運営するのは、関西近郊や瀬戸内エリアでコンサルティングやゲストハウス「あわくら温泉元湯」の運営を行う株式会社村落エナジー(現株式会社sonraku、岡山県)。建物の設計は、島内の古い家屋を食堂「島キッチン」に再生した実績をもつ安部良アトリエ(東京都)が担当した。
全体の費用は約4000万円で、約3500万円は建物を所有する社会福祉法人イエス団(兵庫県)が負担。不足分のうち約200万円はmammaがクラウドファンディングにより協力を受けたほか会社の自己資金なども使い、補助金や借り入れはしなかった。
「オーナーのイエス団さんに負担していただいた費用は、家賃という形で約30年かけて毎月お返ししていく形になります」と話すのはmammaの責任者を務める茂木邦夫さん。
リノベーションで建物の構造に関わる重要な作業は島外の専門業者が行い、ペンキ塗りや家具作りなど可能な範囲で茂木さんらスタッフらも作業に取り組んだ。かつての保育士の寮は客室に、子どもたちが日光浴をしたサンルームは浴室に姿を変えた。
オープンから約1年、稼働率は100%に近く手応えを感じていると茂木さんは話す。国内は関西を中心に幅広く、海外はオセアニアや欧米から利用客が訪れる。世界的に著名な豊島美術館があることを考慮し、インターネットでは英語版の情報も掲載して国内外に広く発信している。
さらに「島の皆さんの利用が多いのが嬉しいし、心強くもありますね」と茂木さん。島の住民は催事の打ち上げでカフェを訪れたり、家族で銭湯に入りに来たり、ゲームをしに来る子どももいる。来る人それぞれが快適に使える場所になってきているのを実感する。
利用客が快適に過ごせる理由は、mammaのスタッフが「ありのまんま」でいられるからと茂木さんは力説する。利用客をないがしろにするわけではない。スタッフが幸福でいられることで、結果的に多くの人が満たされる空間ができると考える。
かつて神愛館で育った子どもが里親を伴って訪れたり、勤務していた保育士がかつての職場を見ようと来店することもあるという。
mammaのスタッフはゲストハウス利用者のチェックイン時、必ず神愛館の歴史や島の背景を説明する。mammaは多くの人の記憶をつなぎ、新たな物語が作られていく場となっていく。
神愛館の建物は3棟あり、そのうち2棟は手付かずのため今後の展開も気になる。茂木さんは「いたずらに売上向上や事業拡大を目指すつもりはありません。それよりも、島の方々の生活や、観光で島に来る皆さんの滞在にどれだけ寄与できるかを常日頃から考えています」と展望を語る。
豊島に限らず少子高齢化が進む中、その社会にいる人がどれだけ幸福な生き方ができるのか。「どのような形になるかはわかりません。少しずつ仲間や賛同者を集めながら、自然に無理のない形でやっていきたいですね」(茂木さん)
(文・竹内松裕)
<施設概要>
香川県小豆郡土庄町豊島家浦43-1。宿泊は計6部屋。カフェ・バーの営業時間は15時〜21時(木〜月)。火、水曜定休。銭湯は中学生以上の大人500円、小学生は250円、幼児は無料。島の住民は大人300円、小学生150円。問い合わせは0879-62-8881
【関連リンク】
manma(まんま)