海とヒトとを学びでつなぐ一般社団法人3710Lab(みなとラボ)を主宰する東京大学大学院教育学研究科附属海洋教育センター特任講師 田口康大さんによる、寄稿コラム。「海と人とを学びでつなぐ」をテーマとした海洋教育の実践について紹介してきたこの連載は、今回で最終回となります。田口さんに、海洋教育の目指すものと新たな取り組みについて語っていただきました。
海と自分との関わりを考える
「海と人とを学びでつなぐ」をテーマに、私が行ってきた海洋教育の実践についてお話ししてきたこの連載ですが、今回で一旦最終回となります。これまでお読みいただいた方も、また今回初めてお読みいただく方も、改めて「海洋教育とは何か?」というお話しをさせていただければと思っていました。最後になりますが、お付き合いください。
私が研究を行っている「海洋教育」とは、海と人との共生を理念に、海洋のさまざまな側面を通して考える力を育もうとするものです。海と自分との関わりを考える機会が教育の現場にない、ということの弊害は、東日本大震災をきっかけにより鮮明になったのではないかと思います。
日本では古来、海の恵を生活の礎にして文化を形成してきました。また平安時代に発生した巨大地震・貞観(じょうがん)地震をはじめ、幾度も地震や津波の被害に見舞われた地域では、海への畏怖もまたその暮らしの中に存在し、受け継がれていたものでした。
しかし東日本大震災後、あまりの災害の大きさに海と人の暮らしの距離は離れ、分断が起きようとしていました。自然発生的な継承に任せるだけではなく、海とどのように関わって暮らしていくのかを考える機会を作るのは教育の役割ではないか、そんな意識から、私は海洋教育の実践に取り組んでいます。
震災後10年が経ち、現在では世界の状況が一変しました。地球温暖化による豪雨被害や海洋プラスチック問題の解決が喫緊の課題になる中、海洋教育は沿岸部のみならず、これからの世界を生きる我々にとって、誰にとっても重要なものとなっています。
暮らしを見つめる眼差し
気仙沼大島(けせんぬまおおしま|宮城県)、与論島(よろんじま|鹿児島県)、宇久島(うくじま|長崎県)、池間島(いけまじま|沖縄県)と、これまでの連載で取り上げたさまざまな島での海洋教育の実践ですが、その中で常に心に置いていたことがあります。それは「暮らしを見つめる眼差し」です。
おそらく多くの人が、海洋教育というと、前述した海洋問題へのアプローチの仕方などを学ぶものだと想像するのではないかと思います。もちろんそれはひとつ大切なことですが、私が連載で紹介したものは、橋をかけることの是非を話し合ったり、地域の人へのインタビューを本にまとめたりと、海洋問題とはにわかに直結するようなものではありません。
岩手県で行われた海洋教育の課題研究発表会に参加した時も同じでした。地球温暖化について学んでいた中学校のグループが、地域の気温を数十年に渡り調べ、実際に気温が上昇しているのかどうかについて発表したことがありました。それ自体は素晴らしいものでしたが、私は講評として「では人の実感はどうでしたか?」と聞いてみたのです。
その町に長く暮らすおじいちゃんやおばあちゃんは、体感としてどう感じているのだろう?また昔と今とで、町の風景や食などに、影響はあっただろうか?実際の暮らしへの影響を知ることで、調べた数字がただの数字ではなく、初めて「意味」を持ち、自分のこととして捉えられるようになります。
そのとき重要なのが、地域の人たちとの対話です。地域コミュニティの中で、脈々と受け継がれてきた歴史や文化には、数字やサイエンスには落とし込めない重要なファクトがあります。古くから我々はそれを民話や食べもの、祭りなどに形を変えてアーカイブしてきました。
「対話」はアーカイブズを編纂し続ける営みです。その土地に息づくものたちにつながることは、ますますシビアになる海洋問題に対して、地に足をつけて対峙していく力を育むのだと、私は感じています。
奇しくも、私たちはこのコロナ禍で、世界の問題と暮らしが深く結びついていることを思い知らされました。一緒の空間を共にする「対話」を重視してきた私の活動には非常に厳しい時代ですが、この未曾有の事態に誰もが直面していることで、その営みの重要性に改めて気づいたのではないかと思っています。ある種、準備は整いました。
これから私は3710Labとして新しいチャレンジをします。岡山、広島、香川、愛媛の瀬戸内4県と日本財団が共同で行う海洋ごみ対策プロジェクト「瀬戸内オーシャンズX」です。
さまざまに並走するプロジェクトのうち、私たちは「海洋環境デザイン教育」として地域の学校とともに教育とデザインを融合し、海洋環境にアプローチするプログラムを手がけます。
海ごみがなぜ問題なのか、海を守るのが大切なのはなぜか。私は、子どもたちと共にその根本を問い続けていきたいと思います。瀬戸内のプロジェクトについても、いつかお話しできる機会があれば嬉しく思います。これまで連載を読んでいただいた方々に感謝します。ありがとうございました。