つくろう、島の未来

2024年11月21日 木曜日

つくろう、島の未来

海とヒトとを学びでつなぐ一般社団法人3710Lab(みなとラボ)を主宰する東京大学大学院教育学研究科附属海洋教育センター特任講師 田口康大さんによる、寄稿コラム。東京の中学・高校生たちが沖縄本島や池間島(いけまじま|沖縄県)を取材し、映像制作やダンスパフォーマンスの創作を行った学びの活動(2015〜2017年度)について、前後編2部作の後編をお送りします。
(記事前編はこちら

海を背景に創作ダンスを踊る生徒たち

今回は、東京の中学・高校生たちが宮古諸島(みやこしょとう|沖縄県)の池間島や沖縄本島を取材し、映像制作やダンスパフォーマンスの創作を行った学びの活動(2015〜2017年度)について、その後編をお送りします。

……と、概要を簡単に説明するだけでも、今現在のコロナ禍においては、とても贅沢で貴重な教育の場だったのだな、と当時を振り返ります。

2020年の1年間は、教育における「体験」の意義を考え続ける日々でした。感染拡大による全国一斉休校が実施された以降は、オンライン授業等の取り組みも盛んになり、さまざまな技術革新と現場の先生方の努力で、飛躍的にその活用が進んだのではないかと思います。その一方で、体験することの重要性もまた、浮き彫りになりました。

「体験」は貴重であるからこそ、ひとつ一つの機会を丁寧に重ねていきたい。その思いを改めて自分の胸に言い聞かせながら、後編のお話しを進めていきたいと思います。

「おじいとおばあ」の同級生

東京で、沖縄についての調べ学習のプログラムを終えた生徒たちは、いよいよ沖縄への宿泊研修へと旅立ちます。

池間島での商品開発実習や、糸数アブチラガマや、ひめゆり平和記念資料館の見学など、年度によって異なるプログラムでしたが、子どもたちは4日間の日程で沖縄の歴史文化に触れていきます。

その中でも特に印象的だった行程のひとつが、「珊瑚舎スコーレ」の夜間中学校コースのみなさんとの交流会でした。

この夜間中学には、70代、80代の高齢者が数多く在籍しています。彼らの多くは学齢期に先の大戦の直中にあり、学ぶ機会を奪われてしまった方ばかりです。日々、ここで読み書きや加減乗除の計算等、基礎から学んでいきます。

東京の中高生は、沖縄や海について調べてきたことを発表し、その後スコーレの生徒であるおじい、おばあが歓迎会を開催してくれました。持ち寄りの美味しい沖縄家庭料理が、歳の離れた同級生同士の間をあっという間につないでいきます。

生徒たちが設定したテーマは前回でも触れましたが、「海と人と生命、音楽、マングローブ、ウミガメ、お墓……」などさまざまです。中には「海と人と戦争」というものも。戦争は生徒たちにとっては「歴史」であっても、同級生のおじい、おばあにとっては決して過去ではない「リアル」でした。

彼らは口々に「海にはなるべく行きたくない」「海にはよい思い出がない」と語り始めました。米軍の沖縄上陸作戦時、その兵は約54万。おびただしい数の戦艦と米兵の上陸を目の当たりにした世代にとって、海は恐怖の対象として、長い間記憶の中に刻まれていました。

一方、東京の中高生は、この交流を通して初めて、沖縄の青く美しい海と悲惨な記憶の結びつきを知ることになります。想像するだに恐ろしい、リアリティの欠如した世界が、実際におじい、おばあの脳裏には焼きついていました。

そんな中で、生徒たちが調べた沖縄の海洋生物や環境についての発表を聞いたおじい、おばあの中に、「そうだ、自分は海で育った人間だったんだ」と感想を寄せてくれた方がいました。サンゴやマンタやウミガメなど、さまざまな生命が共生する海の素晴らしさを聞き、はっとしたそうです。

生徒たちに多くの学びがあることは、ある程度想定できましたが、スコーレの生徒の皆さんにもこのような影響があることに私はとても驚き、感動しました。高齢になった今でも、なぜ学ぶのか。そんな問いは無意味だと、私自身も教わった出来事でした。

民泊オーナーへのインタビュー

宿泊研修の後半は、民泊先のインタビュー撮影です。生徒たちは、お世話になる民泊のオーナーへ東京で練習したインタビューを行います。3人1組で1つの宿へ宿泊し、そのオーナーや家族へ自分たちがテーマにした内容について聞きました。

座喜味城でインタビュー撮影に取り組む生徒も

ある生徒が選んだテーマは「海と人と抵抗」。彼は基地問題について、オーナー夫妻に聞くことにしたのです。

まさにこのインタビューの最中、夫妻は互いの基地に対する考え方の違いについて初めて知ることになりました。撮影を続けながらも、非常に緊迫した場面で、その映像を採用するかどうか生徒は悩みに悩みました。

最終的には、夫妻がその場面も含め映像の使用を快諾してくださることになりました。今でも夫妻の寛大さに感謝の念が絶えません。とともに、採用を不安視する声もあった中で、映像の使用を曲げずに、「多様な考えがありながらも、共に生きていることこそを伝えたい」と主張した生徒にも同じく敬意を感じました。

自分たちが制作するインタビュー映像に、自分が聞いた「声」を映し込もうとする姿勢は、その上映会でも見るものに強く訴えるものがありました。

民泊先のみなさんとのお別れの会では名残惜しい気持ちに

用意した教育の先に

東京に戻り、映像編集や上映会、ダンスパフォーマンスを行って一連のカリキュラムは終了しました。

授業の最後には、保護者や関係者などをお呼びしての上映・報告会を実施しました

2015年度の授業は、DVD(2枚組)にまとめています。生徒が作成したインタビュー映像に加え、福原悠介監督によるドキュメンタリー映画『課題別学習』も収録し、DVD(2枚組)にまとめました。

東京大学教育学部附属中等教育学校にて行われた授業をまとめたDVD『海と人と』(みなとラボ)

彼らがこの間行ったのは、実に多種多様な「体験」です。

私は普段から、授業の目的や目標を設定することに少し違和感を感じています。その目標に向かって効率的に授業を行うことが果たしていいことなのでしょうか。
リアルな世界での学びがより貴重なこの世の中であるからこそ、回り道や失敗、予測不可能な出会いや出来事を受容してもらいたいと考えています。

用意した教育を超えるところにこそ、「教育」がある。沖縄の旅は私にそう教えてくれました。そのためには、やはり用意が大切だ、ということも。

     

離島経済新聞 目次

寄稿|田口康大・東京大学大学院教育学研究科附属海洋教育センター特任講師

田口康大(たぐち・こうだい)
東京大学大学院教育学研究科附属海洋教育センター特任講師。教育学者。人と教育との関係についての研究と、教育を軸とした多様なプロジェクトの実践を連関させて行い、新たな教育のあり方を探求している。「海とヒトとを学びでつなぐ」をテーマに活動する一般社団法人3710Lab(みなとラボ)(https://3710lab.com)を主宰。全国の教育委員会や学校、自治体と協同し、新たな学びの方法を提案するプロジェクトを多数展開している。また、映像作家の福原悠介とともに、誰かに何かを聞くことをきっかけに、お互いのあいだに「対話」が生み出されていくような場づくりを目指し「対話インタビュー」プロジェクトを実施(https://www.mudai83.com/)。近著に、鹿児島県立与論高校の授業で制作した『与論の日々』。

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