つくろう、島の未来

2020年03月29日 日曜日

島の未来を担うのは、20~30年後に大人になる子どもたちである。それゆえ、人口減少や少子高齢化に手を打てなければ、その未来に黄色信号が灯ってしまう。

鹿児島市から約450㎞、奄美群島のほぼ中央に位置する徳之島は、400年もの歴史を誇る“闘牛の島”として知られている。ここには「こやたぼらゆんしこ(子どもは恵まれるだけ多く産むとよい)」という古い諺があり、出生率が常に全国トップクラスを誇る“子宝の島”でもある。2003~2007年の市区町村別・合計特殊出生率(※)では、徳之島の3町(伊仙町、天城町、徳之島町)が全国トップ3を独占し注目を浴びた。

(※)1人の女性が生涯に産むことが見込まれる子どもの数を示す指標。年齢ごとに区分された女子人口に対する出生数の比率を年齢別出生率といい、合計特殊出生率は15~49歳の年齢別出生率の合計

中でも伊仙町は、2008~2012年の調査においても合計特殊出生率2.81で全国1位となり、全国平均1.38を大きく上回っている。3町ともに人口減少傾向にあるが、子どもの笑顔があふれる島に悲壮感はなく、女性たちは当然のように「子どもは3~4人産みたい」と口にする。そんな徳之島を訪れ、“子宝の島”の今を覗いた。(文・写真 宮澤夕加里)

※この記事は『ritokei』30号(2019年11月発行号)掲載記事です。

「くゎーどぅたから」の精神で血縁を越えて母子をサポート

小さなプロペラ機で徳之島に降り立った(※1)―。

タラップを降り、駐機場からターミナルビルへと歩いていると、飛び込んで来る「徳之島子宝空港」の文字。開港50周年を記念して2012年に制定されたこの愛称は、出生率日本一の島であることと、空港の北側に横たわる「寝姿山」がその由来だそうだ。

連なった山々の稜線がお腹に子を宿した妊婦の寝姿に見える、まさに“子宝の島”を象徴する風景だ。

徳之島子宝空港から見た寝姿山(鹿児島県)

そんな徳之島でもう一つ、象徴的に感じたことがある。それは、島の人が揃って「くゎーどぅたから(子は宝)」と口にしていたことだ。生まれてきた子どもは、家族や親戚だけでなく友人や近隣住民にとっても大切な宝。

そう考え、出生祝いや入学祝い、成人式など、子どもの人生の節目を血縁に関係なく、皆で盛大に祝う。子育ての場面においても、「子どもは親だけでなく地域で育てるもの」という感覚が当たり前に根付いているという。

人口約2万3,000人の徳之島には総合病院があり、現在2名の産婦人科医が常駐する「子どもが産める島」である。奄美ドクターヘリの運航開始により、より高度な医療が必要とされる場面においても、奄美大島の大きな病院へとスムーズに搬送することが可能となった。

大都市と比べればハンデも感じるが、高い出生率と母子の健康を支え続けている背景には、前述の島民意識に加え、十分な医療環境があると言えるだろう。

多産を後押しする自治体の子育て支援策

2019年10月より、全国的に幼児教育・保育の無償化(※2)が始まった。幼い子どもを持つ家庭にとっては非常にありがたい制度だが、徳之島3町の一つ、天城町では、6年も前から町営保育所の保育料無償化を実施してきた。0~2歳児を含むすべての児童が対象となるため、この制度に惹かれて他地域から天城町に引っ越す家族も少なからずいると聞く。

天城町では、その他さまざまな子育て支援に力を入れる。例えば、赤ちゃんが生まれると出産祝い金が支給されるのだが、第1子 5万円、第2子 10万円、第3子 20万円、第4子 30万円、第5子 40万円、第6子以降 50万円と、金額が上がっていく。

多くの自治体で実施されている子ども医療費助成についても、天城町では中学3年生まで医療費無料と、その対象年齢が広い。変わったところでは、町内小中学校の修学旅行費を全額助成する制度もあり、独自の施策で町民の子育てをサポートしている。

徳之島子宝空港(鹿児島県)

一方、出生率全国一の伊仙町は、「集中から分散」を掲げ、地域力の更なる強化に努める。人口減の著しい小規模校区に町営住宅を整備し、子育て世帯には使用料の減免措置を行うことで経済的にも安心して暮らせるようサポート。

若い世帯が移住して来ることで児童数が増え、学校が存続することで地域住民同士の交流の機会も得られる。そして、住民同士の繋がりは子育ての大きな助けになる。こうした連鎖を生むことで、地域が活性化していくと伊仙町は期待する。

“子宝の島”に隠れた孤独な母親たちの居場所づくり

自治体がどれだけ策を講じても、皆が皆100%満足して暮らせる町はおそらくないだろう。多かれ少なかれ、どこにでも困り事や悩みは転がっている。

徳之島に限ったことではないが、離島地域には、いわゆる「転勤族」も多くいる。数年でまた別の赴任地に移るため妻は定職に就くことが難しく、子どもが幼稚園に入れるまでは一人で面倒を見ているケースが多い。知り合いのいない土地での子育ては孤独であり、「他のママや子どもたちと交流したい」「子どもを連れて出かけられる場所が欲しい」といった悩みを抱えている。

徳之島にはそんな母親たちに集いの場を提供する団体も存在する。「NPO法人 親子ネットワークがじゅまるの家」は、徳之島で最も人口が集中する徳之島町亀津の「われんきゃ広場」の他、徳之島町北部や天城町、伊仙町へも出張し、工作や絵本の読み聞かせ、リズム遊び、夏は水遊びなど、親子で楽しめるさまざまなイベントを実施している。

理事長の野中涼子さんは島生まれの島育ち。高校を卒業し、都会に出て助産師として働いていたが、自身の妊娠をきっかけに徳之島に戻って来た。出産後、同じように乳幼児のいる仲間たちが子連れで集まれる場所をつくろうと始めた子育てサークルが、口コミでどんどん広がり、参加者はすぐに20組を超えた。

中心メンバーたちが仕事復帰してもサークルを存続していけるようにと、2010年に法人化。現在は、訪問専門の助産院や0~2歳児を対象とした企業主導型保育所なども運営しており、その子育て支援事業は多岐に渡る。

NPO法人 親子ネットワークがじゅまるの家 理事長 野中涼子さん

「徳之島は“子宝の島”と言われますが、一方で、一人親、若年妊婦、障がいのある子ども、不登校、貧困など、さまざま問題を抱えているケースに遭遇します。さらに、離島であるが故に必要な支援を得られないこともあります。そういうお母さんたちにとっての拠り所や居場所づくりができればと思っています」

そんな野中さんが現在、普及に力を注いでいるのが「ホームスタート」という家庭訪問型の子育て支援だ。未就学児のいる家庭や妊婦さんの家庭にボランティアが訪問し、子育ての相談に乗ったり、一緒に出かけたりするというもの。まだまだ認知度は低いが、たくさんの人が集まる場所が苦手な人や、なかなか外に出られない事情がある母親たちにも救いの手となるだろう。

産み、育てるだけでなく女性が活躍できる島を目指して

「親子ネットワークがじゅまるの家」が展開する子育て支援事業のもう一つの柱が、島で唯一、病気で保育所や学校に行けない子どもを預かる「がじゅまる病児保育室」だ。

徳之島「がじゅまる病児保育室」(鹿児島県)

前述の通り、徳之島の人たちは子育てに非常に理解がある。多くの職場は子どもの病気や学校行事を理由に仕事を休むことに寛容であり、だからこそ、病児保育室の設立にあたっては「子どもが病気の時くらい親が面倒を見なくてどうするのか」と批判の声もあったそうだ。

しかし時代の変化の中で、都会と比べて緩やかではあるが、島の女性たちの価値観や働き方も変わってきている。パートではなく正社員でキャリアを積みたいという女性もいるし、責任ある役職を任される女性も増えてきた。そうなれば「休みたくても休めない」ことも、「休めと言われても休みたくない」こともあるだろう。

本当に自立して女性が男性と同等に働くためには、「病児保育室は最後の砦」だと野中さんは言う。転勤族だけでなく、何らかの理由で親や兄弟に助けを求められない島出身の母親でも、病児保育室があれば安心して働き続けることができる。

女性が多くの子どもを産み育てられる「くゎーどぅたから」の島に、社会的にも活躍できる環境が揃うなら、「島で子どもを育てたい」「島で暮らしたい」という子育て世代がもっと増えるかもしれない。母子の笑顔が輝く島には、その未来を拓くヒントも隠れていた。

(※1)本土から徳之島へは、鹿児島か沖縄、または奄美大島を経由して、フェリーまたは飛行機でアクセスする
(※2)幼稚園、保育所、認定こども園等を利用する3歳から5歳までの全ての子どもたちと、住民税非課税世帯の0~2歳までの子どもたちの利用料が無料になる

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