2020年に広がった新型コロナウイルス感染症は、人々のふれあいや移動に制限をかけた。そんな中、直接手がふれられない距離にいる人と人の間で、さまざまな支え合いがみられた。ここでは新潟県の佐渡島と粟島、鹿児島県の獅子島の動きを例に、”海にも隔てられない支え合いの輪”を紹介する。(編集・ritokei編集部)
※この記事は『季刊ritokei』34号(2021年2月発行号)掲載記事です。フリーペーパー版は全国の設置ポイントにてご覧いただけます。
2020年7月豪雨の絶望から 未来の希望を生んだ支援
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島外から島を想う人の気持ちは、災害時にも大きな支えとなる。九州南部を中心に大規模な被害をもたらした令和2年7月豪雨では、鹿児島県最北端の島・獅子島(ししじま)が崖崩れや河川の氾濫などに見舞われた。
親子4代に渡り獅子島で漁業を営む山下城さん(34歳)は、2019年に家族5人で島へUターンした。底引き網漁や化学肥料を使わないあおさのりの養殖に精力を注ぐなか、豪雨による土石流が海に流れ込み、漁場は壊滅状態に。「絶望的で数日間は何も考えられなかった」という山下さんは、クラウドファンディングで支援を募ることを思いつくが、「(人吉市など被害の大きかった近隣地域をみて)自分たちがサポートを受けていいのか」という悩みも生まれた。
広域かつ甚大な災害が起きると、特に被害の大きな地域に報道が偏る傾向にあるが、周囲には人知れず被害に悩む地域も存在する。人口700人の島の未来を支える山下さんは、悩んだ末にクラウドファンディングを実行。すると1週間で目標金額の約80%が集まり、寄付だけなく「がんばってください」「待っています」というメッセージも多数寄せられた。
「コメントが力になりました。(共に漁業を営む)父も驚きながら未来に光を感じたようで」(山下さん)。最終的には183人から目標金額を上回る2,554,000円が集まり、漁場の土砂は撤去されほぼ元通りになった。
しかし、膨大な土砂が流入したことで、漁場の生態系には変化が起きていた。「専門機関によると元に戻るには5~6年かかるそうで、今シーズンは他の生産者から余ったアオサの苗を購入してしのいでいます」(山下さん)。長期的な復興になるが、山下さんは「クラウドファンディングが成功したことで、島の中に新しい可能性が生まれたように思います」と前を向く。
日本全国で定着しつつあるクラウドファンディングやふるさと納税、ネット募金、お取り寄せECサイトなどは、離れた場所にいる人同士の「支え合い」を容易にする仕組みともいえる。これらは、IT技術の進化やインターネット上でのオンラインコミュニケーションやオンライン決済が、生活に浸透してきたことで可能になったわけだが、島に暮らす人や島外から島を想う人にとってみれば、海に隔てられることなくつながれる手段が増えたとも考えられる。
こうした技術を追い風に、離れたままでも支え合える輪が広がっていくことに期待したいが、ここで注意したいのはそれらが一方通行の「施し」になってしまえば「支え合い」にならないことだ。産直SNS「ポケットマルシェ」で、全国の生産者と交流しながら地産品を購入しているユーザーのひとりは「買ってあげている、助けてあげているというのは違う」と話す。支え合いの関係は常に、双方が「お互いさま」の感覚を持てることで成立するのだ。
獅子島の山下さんは、支援者へのお返しとして「コロナが落ち着いたら、島外から島に足を運んでもらい、農産物、海産物の生産者と交流できるフェスを開催したい」と言う。海を越えて想いを預かり、想いを返す。そんな支え合いが、島々にも広がっている。