CD BOXセット『アイヌと奄美』
(VariousArtists/
2019年3月/スペースシャワーミュージック/20,000円+税)www.spaceshower.net/
※この記事は『ritokei』29号(2019年8月発行号)掲載記事です。
自然とともに生きる人々の歌 呼応する南北の音楽
「アイヌと奄美は遠いけれど、とても古くからの親戚だと感じた」。
『アイヌと奄美』のブックレット冒頭に記されるこの言葉は、奄美の唄者・朝崎郁恵さんのもの。2003年に奄美大島で催された「神唄祭」で、アイヌ伝承歌を唄う安東ウメ子さんと出会った奄美の唄者は、その旋律に共鳴した。
『アイヌと奄美』は、総勢39組の歌い手による全71曲が収められた5枚組のCD BOXセットである。5枚のCDのうちアイヌと奄美の歌が2枚ずつ収められ、残る1枚にはアイヌのウポポと奄美のシマ唄を重ね合わせた6つのコラボレーション楽曲が収められている。
北の大地と南の島。遠く離れた地の歌は、曲調もテーマもそれぞれだ。
聴き比べると、土地土地の自然風景や暮らしの情景、心に残る出来事などが、その時代の人々によって歌にされ、物語るように歌い継がれてきたことが分かる。
文字を持たないアイヌの人たちは、さまざまな昔話や踊り唄を口伝で継承してきた。奄美では、薩摩藩の支配下で文献が燃やされ、文字を禁じられた時代に数多くのシマ唄が誕生し、圧政に喘ぐ人々の心の支えとなってきた。
何世代にも渡り、歌い継がれてきた歌が聴き手に届けてくれるのは、その土地の風土。
鹿のアキレス腱で弦を張り、楽器に魂を込めることで完成するアイヌのトンコリの音色からは、森を跳ねる生き物たちのような血の通った温もりを感じ、奄美のシマ唄に流れる、ゆったりとした抑揚に耳を委ねていると、さざ波が寄せては返す白い砂浜が心に浮かんでくる。
そんな異なる風土から生まれた2つの歌は、『アイヌと奄美』のなかでコラボレーションをする。コラボ楽曲では朝崎郁恵さんがウポポを聴きながら、組み合わせるシマ唄をチョイス。すると、琉球から奄美へ三線が伝わる以前の古い曲ばかりになったという。
アイヌからは若手歌手3人が参加。曲の背景や歌詞の意味を話し合いながら、歌を重ね、新たな曲が誕生した。
そのなかの一つ、熊の魂を神の世に送るアイヌの儀式「イヨマンテ」の歌と、旧暦の8月に満月の下で踊り明かしながら先祖を供養する奄美の「八月踊り」で歌われる「エーウミ」を重ねた楽曲に耳を傾けると、まるで読経を重ねた声明(※)のようにあの世とこの世との境界が曖昧にぼやけてくる。
アイヌと奄美の魂がそれぞれに込められた歌が互いに呼びかけ合い、一つの織物をつむぎ上げるように生み出された、どちらでもない新しい音楽。
それらは、人が自然と対話し、先祖との魂のつながりを感じながら生きていた古代から、現代の私たちへ語りかけるメッセージであり、祈りでもある。
※歌うように節をつけたお経
(文・石原みどり)