奄美群島本土復帰60周年関連イベントレポート第3弾。奄美群島日本復帰60周年記念式典が11月9日、奄美市の奄美文化センターで行われた式典の1日を麓がレポートします。
終戦後、沖縄とともに米軍統治下に置かれた歴史を持つ奄美群島(あまみぐんとう|鹿児島県)は、今年本土復帰60年を迎え、11月9日、奄美群島日本復帰60周年記念式典が奄美市の奄美文化センターで行われました。
奄美群島は終戦の翌1946年に日本本土から行政分離。米軍統治下に置かれ、日本本土との交流・交易は厳しく制限され食糧不足などに困窮する生活が続きました。そんな中、危機感を募らせた徳之島(とくのしま|鹿児島県)出身の泉芳朗を中心とした島民による復帰運動はし烈さを増し、断食運動などが功を奏して、終戦から約8年後の1953年12月25日、奄美群島は日本に復帰したのです。
式典には地元関係者のほか奄美出身者や国会議員など約1,400人が出席。復帰記念事業実行委員会会長の朝山毅奄美市長が「混沌とした時代に、8年間窮乏にあえいだ先人を思い、改めて復帰の喜びを感じる」と式辞を述べ、続いて太田昭宏国土交通大臣が、今年度で期限切れを迎える奄美群島振興開発特別措置法について「地元と連携し、確実に延長させていきたい。新たな交付金制度も検討する」と言及しました。ほかに環境大臣政務官や鹿児島県知事、地元選出の国会議員らが祝辞を述べ、世界自然遺産への早期登録などへ期待を寄せました。
続いて、奄美の生徒・児童たちが舞台に上がり、映像で当時を振り返りました。米軍統治下時代の茅葺き屋根の粗末な学校や復帰運動の様子、奄美群島返還調停式を経て、復帰発表で喜びに沸きかえる島民の笑顔などがスクリーンに次々と映し出され、会場の人々は熱心に見入っていました。
また、各市町村を代表した子どもたちが「先人たちのおかげで今の生活がある。文化をしっかり継承し、たゆまぬ努力を引き継いでいきたい」とメッセージを述べ、会場からは大きな拍手が送られました。
先人の功績を称えるとともに、島の発展にむけて期待が高められた奄美群島日本復帰60周年記念式典。出席した多くの島民が喜びを分かち合いました。