2024年に開催された「第1回未来のシマ共創アワード」サステナブル経営部門にて最優秀賞を受賞した対馬島の有限会社丸徳水産は、他にも多数の受賞歴を誇ります。多方面から注目を集める取り組みの背景を、専務の犬束ゆかりさんと、 2024年に入社した森賀優太さんに伺いました。
※この記事は『季刊ritokei』48号(2024年11月発行号)掲載記事です。フリーペーパー版は全国の設置ポイントにてご覧いただけます。
後ろめたさを放っておけない
経営で大事にしていることは何か?犬束ゆかりさんに尋ねると、間を空けずに返ってきた。「自分が楽しいことです。誰かの役に立つって、ワクワクウキウキするじゃないですか」。
後ろめたいことは放っておけない。例えば、飲食店ではどうしても毎日食べ残しが出て、廃棄せざるを得ない状況がある。そこで「罪悪感を感じなくなることが怖い」「役に立ちたい」と考え続けたことが、食害魚として処分されてきたアイゴ・イスズミをおいしく消費する「そう介プロジェクト」をはじめ、多数の地産地消プロジェクトにつながったと犬束さんは語る。
「食を通して訴えることで、人々の行動が変わっていくのではないか。根拠はないかもしれないけど、家族、スタッフ、身近な友だちから少しずつ広げて大きな輪になればと思ってやっています」(犬束さん)。
そして広がった八方よしのビジネスにより、アイゴの水揚げだけでも2021年度の5.6トンから2022年度の20トンまで拡大。「そう介」は地元の学校給食にも採用されるなど、多方面の「良し」を実現している。
「そう介」メンチカツは丸徳水産の飲食店「えん」でも味わうことができる
新入社員が感じる丸徳水産での納得感
2024年、丸徳水産は新卒社員を迎え入れた。飲食店部門のメニューづくりや事務作業、広報を担うほか、宿泊事業にも取り組む森賀優太さんだ。
対馬にも水産業にもゆかりはなかった森賀さんは、地域創生への興味から2023年に対馬のコンサルタント会社「一般社団法人MIT」でインターン。その後、紹介を受けて丸徳水産でアルバイトを始めると、社長が「お前、対馬に住め」と一本釣り。対馬への移住と丸徳水産への就職が同時に決まったという。
犬束さんは「(料理を振る舞って)胃袋を掴んで離さないようにして口説きました」と笑う。近年は、会社で働くことへの世代間ギャップがニュースを騒がせることも多い。そんな中、新卒入社の森賀さんに丸徳水産の理念や働き方はどのように映っているのだろうか。
「会社も漁業関係者も困っていて、そこを解決していくことで島がよくなり、地域がよくなり、地球がよくなる。そんな軸を、専務も社長も明確に持っているところがおもしろく、楽しく仕事させてもらっています」(森賀さん)。この仕事が何のために行われ、誰の役に立っているのか、新入社員も納得していた。
時には厳しく、ある程度はざっくり
丸徳水産の社風は「メリハリがあるところ」。ブリの出荷とならば、その雰囲気はお祭りさながら。やるべきところはやって、楽しむところは楽しむという。
「ざっくりしていると思うときもあるけど、まずやってみて、詰めていくという工程は、自分の性にも合っている」と話す森賀さんに、犬束さんが「うちは家族みたいなところがあって、ときに厳しいことも言うけど、ある程度は大目に見る」と言葉をつないだ。
家族という言葉の根底にあるものは、やはり愛情だろう。「息子と同じくらいに可愛く思っている」 という犬束さんと、照れくさそうに笑う森賀さん。「自宅にドスドスと入ってきて、食事をつまみ食いするくらいの関係性」という犬束さんの表現に、丸徳水産の日常が想像できた。
社長の犬束徳弘さんが持つのは、食害魚として知られるイスズミ
地域のおしゃべりが仲間を増やしていった
中央が犬束さんの愛が向けられる先は社内だけではない。 例えば、地域内で前例のない取り組みを始めると、知らず知らずのうちに誰かの領分を侵しかねず、衝突が生まれることは珍しくない。
ゆえに、丸徳水産の躍進をみた人から「いじめられたでしょう」と気に掛けられることもあったが、犬束さんは「そんな風に感じたことはない」という。「だって、相手のことを好きだと思っているから」(犬束さん)。
そんな自身を「おしゃべり」と表現する犬束さんは、「そう介プロジェクト」を立ち上げる時にも、市の水産課にしょっちゅう電話をかけ、漁協の組合長などにも課題を共有し続けながら理解者を増やしていった。
心から八方よしを目指すからこそ、伝えることの意義が深くなる。懸念があればその場ですり合わせればいい。「とにかく色んなところで話し続けた」と語る犬束さんを見るに、伝える大切さを改めて思い知る。
地元漁師がアテンドし、沿岸の磯焼けの現状など海を知ってもらう体験ツアー「海遊記」
「試食を持っていって食べてもらってアンケートを取り続けたら、意識が変わっていきました。アイゴをあそこ(丸徳水産)が買い取ってくれると分かると、他の水揚げがなくても売上ができる。運送会社にも加工会社にもお金が落ちて、学校の先生もアイゴ・イスズミに興味があるので、Win-Win-Win が広がっていくんです」(犬束さん)。
そして丸徳水産は「海の食害の問題はあそこに行けばなんとかなる」という社会的評価も高めていった。共に働く島内の事業者の納得感や、森賀さんが抱く 「丸徳水産で働く納得感」もまた、犬束さんの 「おしゃべり」を通じて、目指すべき軸が共有されている証拠だろう。
社員教育ではまず自分がやって見せる
気候変動により、全国各地で水揚げされる魚種が変化する大きな潮目の中で、漁業・水産業の現場では、これまで以上に知恵や工夫が必要になっている。きっと愛情だけでは乗り越えられない壁も多いだろう。そこで、犬束さんが社員教育で大切にしていることを尋ねた。
「まずは自分でやって見せる。自分ができなければ、スタッフに説明できないことがたくさん出てきてしまいます。それに、誰の手を借りなくても一人でお店を開けられるように、自分自身にできることを増やしておかないといけません」。
加工事業の作業風景
最近は「土いじり」を始めたという犬束さん。店のまわりにつくった畑で育てたジャガイモや葉物野菜をお店で出してみようと考え、まずは自らが手を動かしているのだ。
さらに鶏小屋もつくり、25羽のニワトリを飼いながら、飲食店で出る食べ残しやアイゴをすり身にする時に出る血合いを餌に、堆肥をつくる計画だ。ここでもまた、対馬島内に増える耕作放棄地の活用や、畑を活用した観光コンテンツづくりなど、新たな「Win-Win-Win」を生む夢がどんどん広がっている。
家族がうまくいかないと会社もうまくいかない
日本を支える零細企業には家族経営も多い。八方よしのビジネスをつくるにも、大切なのは 「家族を大事にすること」だと犬束さんは語る。「一番小さな単位である家族がうまくいかないと、会社もうまくいかない。家族を大事にすることで、スタッフを含む会社を大事にできる。それがある上で、色んなことにチャレンジできるんじゃないかな」。
そんな犬束さんはある時、一緒に飲食店を切り盛りする長男から「人の話を否定的に聞かないように」と注意され、肯定的に聞くよう心がけるようになったという。月一で開かれる社内会議では、数字を共有し、改善点について話し合う。
親子でありながらも、丸徳水産というチームをよくしていくために、互いが率直に言い合える風通しのよさも、八方よしをつくる秘訣だろう。
中央が犬束ゆかりさん。家族と家族同様に大切に想うスタッフと共に、八方よしのビジネスを展開する