新潟県佐渡島で撮影した初の長編作品『ブルー・ウインド・ブローズ』(2018年)が世界的に評価される、映画監督の富名哲也さん。続く長編映画『わたくしどもは。』(2024年5月31日公開)では、佐渡島を舞台に、現世と来世のあわいのような世界を描く。佐渡島に長期滞在し、島と対話するように2本の映画をつくった富名監督に、佐渡島の魅力や作品に込める想いを聞いた。
聞き手・メイン写真・石原みどり 写真提供・テツヤトミナフィルム、佐渡観光PHOTO
映画のあらすじ
『ブルー・ウインド・ブローズ』(2018年)
佐渡島の美しい自然を背景に、ある家族と少年少女の出会いと別れの物語を描いた、富名哲也の長編デビュー作。佐渡島に暮らす少年アオの父親は、かつて息子の誕生日プレゼントを買いにでかけたまま行方不明に。父親がバケモノにさらわれたと思っているアオは、転校生の小夜子と心を通わせ、ある夜、2人はバスに乗ってアオの父親がバケモノを見たという海へ向かう。
『わたくしどもは。』(2023年)
舞台は佐渡島。名前も、過去も覚えていない女の目が覚める。鉱山で清掃の仕事をするキイは施設内で倒れている彼女を発見し、家へ連れて帰る。女は、キイと暮らす少女たちにミドリと名付けられる。やがてミドリは、過去の記憶を失った男アオと出会う。二人は何かに導かれるように、寺の山門で待ち合わせては時を過ごすようになるが、アオとの親密さを漂わせるムラサキが現れ、ミドリは心乱される。
不思議な縁に導かれた佐渡島
- ritokei
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前作『ブルー・ウインド・ブローズ』に続き、佐渡島を舞台に制作された映画『わたくしどもは。』がもうすぐ公開されますね。佐渡島との出会いのきっかけは。
- 富名監督
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実を言うと、初め佐渡島は自分の頭に全くなかったんです。自分の先祖が石川県の能登半島の出身なので、能登で「家族」をテーマにした映画を撮りたいと思っていたのですが、妻の畠中が「能登に行く前に、いったん佐渡島も見てみよう」と。
- ritokei
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両作品でプロデューサーを務められた、畠中美奈さんですね。畠中さんは佐渡島をよくご存知だったんでしょうか。
- 富名監督
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畠中の中で、撮影地として佐渡島が良さそうだという予感はあったそうなんですが、二人とも佐渡に行くのは初めてでした。
島に着いて、『ブルー・ウインド・ブローズ』で主演を務めた、目の印象的な兄妹に出会い「これは何かになるぞ」という強い予感に突き動かされました。それで、そのまま能登へは向かわず佐渡で前作を撮ることになったんです。
- ritokei
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前作に続いて、佐渡島を舞台に映画を撮ることになったきっかけは。
- 富名監督
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前作を撮り終えて、そのまま佐渡島に滞在しながら編集作業に入った頃のことです。畠中と二人で散策をしていたら、山頂が深く切れ込んだ金山の姿(※)が目に飛び込んできたんです。
※佐渡金銀山の開発初期の採掘地とされる、江戸時代の露天掘り跡。巨大な金脈を掘り進むうちに形成された山の割れ目は幅約30メートル、深さ約74メートルにも達する
- 富名監督
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何か惹きつけられるものを感じました。グイグイ引っ張られるような感じを覚えながら、山に向かう坂道を歩いて登って行くと、道路脇に「無宿人の墓」と書かれた小さな看板を見つけました。
看板に書かれた矢印の方へ進むと、古びた墓石の傍らに「無宿人の墓」について書かれた看板が、ひっそりと佇んでいました。
そこで初めて、江戸時代に何らかの理由で戸籍から外され佐渡島に連れてこられた人たちがいたこと、「無宿人」と呼ばれた彼らは佐渡金山で過酷な労働に就き、多くが数年で命を落としたということを知ったのです。
今作では、直接的に彼らのことを描いてはいないのですが、無宿人の墓で得たインスピレーションが制作のきっかけになっています。
- ritokei
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前作を撮り終えて早々に、今作につながる出会いがあったんですね。
- 富名監督
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後に地元の人から聞いたのですが、江戸時代、佐渡島と加賀藩(現・石川県)は北前船を介した交流があり、移住者も多かったようなのです。もしかしたら、うちの先祖の誰かが、佐渡島に来て金山で働いていたとしてもおかしくない。
「自分の先祖の土地を撮りたい」と思っていたこともあり、何か不思議な縁に導かれたように感じました。
- ritokei
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今作では、佐渡島の旧相川拘置支所(※1)や古寺の清水寺(※2)で撮影した場面が印象的でした。それぞれの場所について、何か感じるものがあって撮影地に選ばれているんでしょうか。
- 富名監督
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廃墟や古寺などに眠る歴史の痕跡や、場の空気から受け取った気配のようなものを表現しています。
相川の拘置所跡は、元牢屋だった建物。独特の閉塞感がある一方で、天窓を見上げると空に向かって開けていくような印象があり、この物語を紡ぐのに合っていたと思います。
※1 新潟刑務所相川拘置支所として1954年に開設、移転により1972年に閉鎖。全国でも珍しい木造拘置所建築として国の登録有形文化財指定を受けている
※2 808年、桓武天皇の勅により、京都から布教のため来島した賢応法師が開基。京都の清水寺を模した「救世殿(ぐぜでん)」がある
「過去からの再生」というメッセージ
- ritokei
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『わたくしどもは。』では佐渡島を舞台に、生者と死者の世界が混じり合う、あわいのような世界をつくりあげていますね。
- 富名監督
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幼い頃に父を亡くし、母が日々仏壇に手を合わせているのを見て育ったせいか、見えない存在を身近に感じているというか、「見えなくてもいるんだ」という感覚があります。
それがいつも自分の映画づくりの元になっていて、意図して脚本を書くというよりは、自然とそうなってしまう。
- 富名監督
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佐渡島は、かつて流刑地だった(※)ことから、それまでの人生を捨てて新しい場所で生きていかざるを得なかった人たちのことも考えました。
佐渡に流された人たちが、実際にどう考えていたのかは確かめようもありません。それでも、自分の経験に置き換えてみると分かるような気がしたんです。理不尽なこともあるけれど、それでも前を向いて生きていかなければならない。
現世と来世の間を彷徨い、あるいは旅立っていく死者たちの物語を通して、「人は過去を乗り越えて再生できる」ということが、少しでも伝わればうれしいです。
※佐渡島には722年に皇室批判を行った万葉歌人の穂積朝臣老を始め、1221年に承久の乱で敗れた順徳上皇、1271年に鎌倉幕府や他教を批判した日蓮聖人、1434年に時の将軍の怒りを買った能楽の世阿弥など、中世までは政争に敗れた貴族や知識人が多く流された
島で出会った人々に支えられた映画づくり
- ritokei
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佐渡島で2本の映画を制作する中で、島に対するイメージは変化しましたか。
- 富名監督
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最初は、佐渡島で2本も映画を撮るとは思ってもみませんでした。2016年の秋に初めて佐渡島を訪問し行き来し始めたのですが、その年の秋には佐渡島に部屋を借り、車も調達して、夫婦で島暮らしをしながら前作のロケハンを始めました。
島といっても東京都23区を合わせた以上の広さがあって、一つの島の中に荒々しい海岸やうっそうとした緑、田園風景など、さまざまな景観があるのが魅力です。
- ritokei
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トキも飛んできますしね(笑)。
- 富名監督
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「この風景はいいね」「この建物は映画に使えそうだね」と夫婦で話し合いながら、島を楽しくドライブするような感じで、気づいたら3万キロくらい走り回っていました。
- ritokei
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それは素敵ですね。佐渡島の空気を呼吸しながら、島の人たちとも知り合っていく時間だったのでは。
- 富名監督
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佐渡島は景観も豊かですが、人の住む集落もたくさんあって、それぞれが個性的なんですよね。
島をぐるぐる歩きながら、知り合った人たちと映画の話をするうちに、「じゃあここを使いなよ」と会議室だった空き部屋を貸してくださる方に出会ったり、野菜や魚など差し入れもたくさんいただいたりして、何かと応援していただきました。
実は映画に出てきた古民家も、そうやって知り合った人のつながりで貸してもらった家で、そこに住みながら撮影したんです。初めて島を訪ねた頃は東京で暮らしていたのに。まさか、こうなるなんて想像がつかなかったです。
『わたくしどもは。』の全国公開に先駆け、5月5日に佐渡島で凱旋上映を行い、私と畠中のトークショーも開催しました。1日3回の上映に、合計568人もの方が来場してくださり、とてもうれしく思いました。
いつか佐渡島三部作に
- ritokei
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次回作は新潟で撮影予定とのことですが、佐渡島でも、まだまだ撮影してみたい場所がおありなのでは。
- 富名監督
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はい。いずれその時が来たら、『ブルー・ウインド・ブローズ』『わたくしどもは。』に続く映画を撮って、佐渡島三部作にしたいと思っています。
- ritokei
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佐渡島のほかにも、映画を撮ってみたいと思う島はありますか?
- 富名監督
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以前、加計呂麻島がとてもいいよ、と勧められて気になっています。どんなところなんでしょうか。
- ritokei
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加計呂麻島は、鹿児島県の南部に連なる奄美群島のひとつで、狂言や人形芝居、海の向こうから伝わったと思しき舞踊などが次々に上演される「諸鈍シバヤ」(※)というお祭りがあります。
さまざまな時代に島に伝わった芸能を、その時々に取り込みながら紡がれてきたお祭りのようです。『わたくしどもは。』では、能楽師や舞踊家による身体表現も取り入れていましたよね。富名監督の作風に合いそうな気がするので、機会があれば観ていただきたいです。
- 富名監督
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行ってみたいです。佐渡島の芸能も、昔むかしに流されてきた人たちが島に伝えて、民衆の文化として根付いてる。島にいると、そんな風に綿々と繰り返されてきた、芸能の気配みたいなものを感じるんですよね。
- ritokei
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富名監督の映画を観ながら、見えざる世界と触れ合うような感じを体験しましたが、今日はその秘密に近づけたような気がします。お話を聞かせていただき、ありがとうございました。
※毎年旧暦9月9日、加計呂麻島の大屯(おおちょん)神社に奉納される芸能。国指定重要無形文化財。
お話を伺った人
富名哲也(とみな・てつや)さん
映画監督。北海道釧路生まれ。英国ロンドン・フィルム・スクールで映画を学ぶ。短編『終点、お化け煙突まえ。』(2013年)長編映画『ブルー・ウインド・ブローズ』(2018年)『わたくしどもは。』(2023年)
『わたくしどもは。』
出演:小松菜奈、松田龍平、大竹しのぶ、片岡千之助、石橋静河、内田也哉子、森山開次、辰巳満次郎、田中泯
音楽:野田洋次郎
監督・脚本・編集:富名哲也
企画・プロデュース・キャスティング:畠中美奈
製作・配給:テツヤトミナフィルム
配給協力:ハピネットファントム・スタジオ
宣伝:ミラクルヴォイス
2023年/日本/101分/カラー/スタンダード/5.1ch
(c)テツヤトミナフィルム
助成:文化庁文化芸術振興費補助金(映画創造活動支援事業)独立行政法人日本芸術文化振興会
東京在住、2014年より『ritokei』編集・記事執筆。離島の酒とおいしいもの巡りがライフワーク。鹿児島県酒造組合 奄美支部が認定する「奄美黒糖焼酎語り部」第7号。著書に奄美群島の黒糖焼酎の本『あまみの甘み 奄美の香り』(共著・鯨本あつこ、西日本出版社)。ここ数年、徳之島で出会った巨石の線刻画と沖縄・奄美にかつてあった刺青「ハジチ」の文化が気になっている。