「島酒を介して耳にする話はどれも面白い」そう語るリトケイ編集長はある時、希有な出版社さんより「島酒の本を書いてみないか」と有り難い話をいただきき、これまで溜めてきた島酒場の話や、島酒づくりの現場で見てきたことをひたすら綴ることにする。プロフィールに趣味はお酒と考え事とコミュニケーションと記す、編集長の島酒エッセイ。
■島酒見聞録 プロローグ
島に通うようになって3年になる。旅行会社が出している統計では旅行客が離島へ訪れる目的のほとんどが海と触れ合うものだが、私は生まれつき運動神経に恵まれていないので、小笠原諸島に行っても海に入っていない。普通の人なら驚喜するドルフィンスイムのお誘いをうけて島人のボートで海に連れて行ってもらっても、船上からイルカたちを眺めるだけだった。そう言うと大抵「もったいない」と言われるのだが、もったいなかろうと溺れて迷惑をかけるのは嫌だから、きっとこの先も入らない。
海に入らなくても幸せといえる理由がある。自分は編集者だから、そもそも島に行くのは仕事。だから島で出会う人に島のことやその人自身のことを教えてもらえたら満足なのだが、こともあろうに、どの島にも「酒」があったのだ。
離島群に酒を作っているところは多い。焼酎、日本酒、ワイン、泡盛、ラムetc…。酒造りのきっかけは島によって異なるが、島の営みにはお酒が寄り添っているように感じられる。他国からの支配や飢饉など、かつて島暮らしが過酷だった時代に、何がなくてもお酒を密造していたという島もある。島酒には数えきれない個性があって、その土地で穫れる農作物や気候、歴史的背景が溶け込んでいる。飲み方にも個性があり、場所でいえば酒場はもちろん、浜辺、ガジュマルの木の下、漁師小屋。作法も多様だった。
島人が開く酒盛りでは普段の島に出会えるように感じる。しばらく杯を交わしているとそれまで寡黙だった方がこぼれんばかりの笑顔で島自慢をしてくれたり、仕事への熱い想いを語ってくれたりする。無口なのは人見知りである証拠だが、編集者という立場にもかかわらず、私自身も基本的に人見知りである。だから最初からぺらぺらしゃべることは得意ではなく、白状すれば知らない土地で心を開くのに力を貸してくれるお酒に感謝の念がある。
そんな訳で(どんな訳か…)、島を訪れて必ずしていたことは、島人の話を聞くこととお酒を飲むことだった。都内にいてもお酒を介して都内在住の島人に会うことも多い。取材でないことも多いが、島酒を介して耳にする話はどれも面白い。最近、希有な出版社さんから「島酒の本を書いてみないか」と有り難いお話をいただいたので、これまで溜めてきた島酒場の話や、島酒づくりの現場で見てきたことを綴っていこうと思う。第1回目は、奄美群島与論島(よろんじま)の『与論献奉(よろんけんぽう)』から始めることにする。