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離島経済新聞

 

インタビュー

東京島人「種子島そだち」松原英之さん

東京在住の”島想い人”を取材するコラム「東京島人」。第1回は鹿児島・種子島の島想い人が登場します。

全国の島好きの皆さん、はじめまして。
島記者としてリトケイをお手伝いすることになりました二神と申します。
記念すべき第一回のため、よいネタはないかとネットサーフィンしていて見つけたのが、フェイスブックページの「種子島そだち」というサイト。

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このお菓子がおいしいとか、あの場所は今こんなふうに変わったとか、「観光目線」ではなく「地元目線」の情報が満載。
島好きの私としてはどうにも気になる・・・。
ということで、早速facebookページの管理人である松原英之さんにお話を伺ってきました。
(文/二神慎之介)

種子島そだちの松原さん

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「昔、沖縄の「西表島」宛の郵便物が、種子島の「西之表」のいとこの家に届いたことがあるんですよ」と取材開始早々に島ネタで笑わせてくれた松原さん。
種子島西之表市出身で、現在は都内の大手出版社に勤務しています。
仕事でWEBサイトの設計に携わる一方、プライベートで運営する「種子島そだち」は、どこかほっとするような、ささやかな話題が続くのんびりした雰囲気のサイトです。
ページにアクセスして最初に目に飛び込んでくるのは、美しい海や空の写真。白い砂浜やサトウキビ畑の間を伸びる道・・・まさに島の情緒といった風景。

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「週に一回『元気が出る島の風景』という形でUpしています。昔あの場所で遊んだな、とか、今あの場所はこうなっているんだなとか・・・。種子島そだちの皆さんが島のことを思い出すきっかけになれたらいいなと思っています」(松原さん)

スタートの合図は火縄銃

“島の高校では原付自転車での通学が許可されています。僕が高校生だった頃は、何故かカブかバーディに指定されていて、スクーターは一切禁止。サトウキビ畑の中を、のんびりと走っていくカブの姿は、まるで東南アジアの風景を見るようです”
“海あがりに食べると、塩水との落差で甘さ100倍!今日紹介する『いなかお菓子』は、島育ちなら絶対知っているおみやげの王者、『りんかけ』です”(「種子島育ち」より)
他にも、種子島関連のニュースや、松原さん自身の帰省日記の連載等、出身者や在住者の目線そのままの、島好きが思わず微笑んでしまうエピソードが満載。
中でも、思わず笑ってしまったのは「ロケットマラソン」の話。なんと種子島ではマラソン大会のスタートの号砲に「火縄銃」が使われるのだそうです。ゴールは宇宙センター。さすがは種子島といった感じですね。
松原さんは、どのようなきっかけでこのサイトを立ち上げたのでしょうか?

種子島そだちの人々をつなげたい

「久しぶりに会った職場の先輩が結婚したっていうから、いろいろと話を聞いていくと、なんと奥さんが僕の同級生の妹さんだったんです。あまりの偶然にびっくりしました」
同級生で島に戻って暮らしているのはわずか数人。9割以上が島の外で暮らしている種子島。
ならば、同じ環境で育った人が自分の近くにいるはず。それぞれの場所で頑張っている島の人たちを、つなげるきっかけになる場所を作りたいと思った松原さん。

「それで島の情報を発信してみようと、昨年帰省した時にカメラを持って行って写真をたくさん撮ってきたんです」

種子島の魅力を知ってほしい

「もちろん本土の方にも、種子島のことをもっと知ってもらいたいと思っています。
種子島って教科書に出てくるし、名前はすごく有名なんですよ。だけど、実際にどんなところなのかご存知の方って、結構少ないように思います」
上京して間もない頃、職場の人に島出身だと話をすると「種子島って瀬戸内?沖縄?」「電気は通っているの?」と聞かれることが多かった松原さんは、そんな話をする度に、島と東京の距離を感じたと言います。

「観光する場所としても、ゆったりとした時間が流れていて、とても魅力的な島だと思います。いい波があることでサーフィンでは有名ですし、移住をされる方も出てきました。
移住をするといっても、賃貸住宅がそんなにあるわけではないから、どうやって探せばいいか、戸惑うこともあると思うんです。だから、まずは島のことを、もっと知ってもらえたらなと思っています」
本土と、島と。種子島を大事に思う人たちをつなぐ場所を作りたい。そんな思いが「種子島そだち」の原点になっているようです。

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格安ツアーで実家に帰る

「島で育ったことは、良さもあればちょっと不便なところも色々あるけど、”島が大好き”という気持ちは皆が持っていると思っています」と、松原さんは照れ臭そうに話してくれました。
「いつだったかな?帰省するのに、旅行会社の主催するツアーで行ったことがあるんです。当時は通常の交通費よりも1万円ちょっと安かった上に、宿泊付き。ホテルは実家からけっこう離れた場所にあったので、レンタカーでホテルから実家に通ったんですよ」(松原さん)
都会育ちの私(島記者・二神)には、まったく想像もできない話です。

「このページの運用を始めて、改めて特別なところで育ったんだなと思うようになりました。島の景色は変わっても、島で育った当時の時間の流れというか、感覚って変わることがないんです。たとえ島から離れていても、そういった心の拠り所があるということは、生きていく上で大きなアドバンテージになっていると感じています。まぁ、それに気づくまでには、長く退屈な子ども時代を過ごさないといけないんですけど・・・」

みんな島が大好き

「僕には兄がいますが、彼も関東に住んでいます。だから、僕らが島に帰るより、島にいる母を本土に呼んだ方が皆で会えるし、はっきり言って安上がりなんですよ。なので、試みたこともあるのですが、母が『(車の音が)うるさいし恐ろしい。私は島がいい』って。なので、今はそっとしています。僕の家は父方が疎開で来た家系なので、島に土地や大きな資産とかがあるわけじゃないけど、母は島で最後まで生きていくと断言しています。なんだかその気持ち、今ではすごくよくわかるんですよね」

島に帰っていく人もいる

「種子島そだちを運営するようになって、島のことを調べているうちに、だんだんと歴史や文化への知識も深まり、ますます島が好きになりました。それでも僕はたぶんこれからも島の外で生きていくんだろうと思います。ほとんどの同級生たちもそうだと思います。でも中には、島に戻っていく人もいます。本土で美容師として働いていた僕の同級生は『島のおじいちゃんおばあちゃんをおしゃれにしてあげる』と言って島に帰っていきました」

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島で頑張る人、島の外で生活する人、島に帰っていく人。場所は違えど、みんなが共有しているのは「島で育った思い出」。島の景色が開発で変わってしまっても、遠く島を離れていても、心の中にある「昔の島の原風景」は変わらないし、なくならない、と松原さんは言います。

「この場所で遊んだなー!とか、このお菓子昔よく食べたな!とか。島の原風景を共有したり思い出したりすることって、元気をもらえるし、とてもいいことだと思うんですよね。そういった交流を、島の外から来た人と一緒に、続けていけたらなって思っています」

愛情たっぷりに種子島のお話をしてくれた松原さん。他にもロケットが通る道の話や、中学校が実は城跡に建っていた話など、島ならではの話で盛り上がりました。

本格的に稼動を始めてまだ数ヶ月のページですが、徐々に「いいね!」数も増え、島在住者からのコメント投稿も見かけるようになった「種子島そだち」。これからの展開が楽しみですね。

「種子島そだち」facebookページ:http://www.facebook.com/#!/tanesodachi
※島の写真提供・松原英之

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