今年4月、大崎上島に新しい学校が誕生した。島には小学校3校、中学校1校のほか、明治時代に設立した国立広島商船高等専門学校(以下、広島商船)と、高校魅力化プロジェクト等で話題を呼ぶ広島県立大崎海星高等学校(以下、海星高校)がある。
そんな島に開校した新たな学び舎は、国際化する社会の中で活躍する人材を育むことを目標にした全寮制・中高一貫校。小さな島とは思えないほど多彩な教育環境が揃いつつある。
古くより海運業で栄えた島にはかつて20カ所を超える造船所があったが、今では3カ所まで減少。産業衰退は人口流出を招き、歯止めがかからない人口減少が、島の未来に影を落としていた。ところが今、人口8,000人弱の大崎上島は「教育」によって島の未来を切り拓こうとしている。その現場を覗いた。
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取材・ritokei編集部
この特集は有人離島専門フリーペーパー『季刊リトケイ』29号「島と人が幸せな観光とは?」特集(2019年8月27日発行)と連動しています。
島を舞台にグローバルな視野と地域に根ざした心を養うHiGA
広島県立広島叡智学園(以下、HiGA<ハイガ>)は1学年40人。中高一貫校のため、中学1年生から高校3年生までが揃うのは5年後になるが、HiGAの誕生を多くの町民
が心待ちにしていたという。同校
の林史校長は「大崎上島には農
業があり、産業があり、教育的な資源も豊富にあると考えています。子どもたちは親のいない場所で生活を始めていますが、地域の人たちがとても温かく迎え入れてくださっていることに、まず感謝します」と話す。
広島県立広島叡智学園 林 史校長
HiGAは、高校からはさまざまな国からの留学生を受け入れ、日本人の生徒は、学習や生活の場を通じて実践的な英語を学んでいくという。ここで重視されるのは「グローバルな視野」と合わせて「地域に根ざした心」を養うこと。
「本校のミッションはグローバルに活躍できる人を育てることですが、グローバルという言葉には、世界だけじゃなく自分が住む地域も入っています。将来的にどこで活躍するかは生徒自身が選べば良いですが、グローバルと地域は常に関係しています。自分の地域でできたことは世界でもできるかもしれないし、世界でできたことは自分の地域に還元できるかもしれません。そうした関連性を当たり前に考え、行き来できる人になって欲しいです」(林校長)。
叡智学園の中庭。左奥は講堂としても使われるカフェスペース
HiGAでは「地域の方から学ぶ」ために地域の人へのインタビューも行われるが、この時、HiGA生にインタビューの手法を教えるのが、海星高校の生徒だ。グローバルに活躍できる人を育てる学校といえば敷居の高さも感じるが、大崎上島というフィールドで未来を担う子どもたちを育成するミッションはどこも同じ。林校長は「広島商船などとも教育の連携をしていきたい」と話し「私たちから提供できるものも早くつくりたいですね」と続けた。
「島で子どもを育てたい」と思ってもらえるように
2011年より町長に就任した高田幸典町長は大崎上島生まれ。島外で働いたのちにUターンし、町職員や教育長を経験してきた。
大崎上島町高田幸典町長
町政と教育に精通する高田町長は就任当時から「教育の島」を構想し、米大学の誘致活動も行なっていたが、そのうち海星高校の存続問題が浮上する。「普通科高校がなくなると、UIターンしてくる人にとっては、魅力に欠けた地域になってしまいます。しかし、ただ学校を残すのではなく魅力が必要。子どもたちが誇りを持ち、頑張り次第で希望する進学や就職ができる学校にしたいと思いました」と語る高田町長は、その強い意志のもと、海星高校の高校魅力化プロジェクトを、町長の権限が及ぶ首長部局で実行してきた。
現在、広島商船には各学年に120人の生徒が在学し、全校生徒600人のうち500人が学校の寮などで町内に暮らしている。そこに、5年後には300人規模となるHiGAや、海星高校、島内の中学校に通う生徒を合わせれば、近い未来には12歳から20歳までの人口だけで1,000人規模になる。
大崎上島町は年間約20億円の地方交付税を得ているが、この額は国勢調査人口を主として算出されるため、各校に通う子どもたちは、税金こそ納めないが、町の財政に多大な貢献をしているという。
「この島で一般的な観光や企業誘致を行うのは簡単ではありません。だから、私たちは『教育』なんです。現在、修学旅行生の民泊を年間3,000人近く受け入れていますが、文化財を核に活性化する島のように、教育を核に活性化していきたいんです」(高田町長)。
明治に開校した広島商船からは多くの船員や技術者が巣立ち、高度経済成長期の日本を支える人材となっていった。学校、町、地元企業、島に暮らす人々、島外からやってくる人々が教育を軸に交流する大崎上島の「教育の島」構想は、人口減少時代に向かう日本を支える人材を育む島を築くだろう。