「小さな島からものごとを考えてみる」ことを目的にスタートした「リトルコミュニティ研究所=リトラボ」の第1回講義が11月17-18日の2日間で開催されました。第1回目のテーマは「島知学(しましるがく)」。島々で活躍中の7人の島人がリアルな島事情を語る熱い講義のレポートを鯨本がお届けします。
小さな島を知り学ぶ2日間がスタート
秋が深まってきた11月のある日。
離島経済新聞社オフィスのあるIID 世田谷ものづくり学校に、島人、島好き、島関係者が続々と集まってきました。目的は離島のように小さなコミュニティからものごとを考える「Little Community Labo(リトルコミュニティ研究所=リトラボ)」の講義。離島経済新聞社のあたらしい取り組みとしてはじまったリトラボの第1回目は、各離島で活躍されている島人から直接、リアルな島を学び、知ることをテーマに「島知学(しましるがく)」という講義からスタートしました。
登壇する島人は新島(東京)、小豆島(香川)、甑島列島(鹿児島)、喜界島(鹿児島)、奄美大島(鹿児島)からやってきた7名。『離島経済新聞』や『季刊リトケイ』の取材を通して出会ってきた島人たちに2日間に渡って「島」をプレゼンしていただきます。
午後13時、会場に集まった約30名の自己紹介から講義がスタート。
参加者の顔ぶれは地域活性に興味のある学生、行政関係者、グラフィックデザイナー、島を舞台にした漫画を描く漫画家、編集者など個性豊か。遠くは愛媛の大学に通う学生さんもこの日のためにやってきてくれました。
参加動機は「将来、島に暮らしてみたい」「島と都会の距離感を模索している」「地域活性に取り組んでいるので」「交通に興味があるので」。島出身者がいる一方で「世田谷区生まれ世田谷区育ち」という離島と縁遠い方なども含まれ、なかなかバラエティに富んでいます。
講義ではまず離島経済新聞社から、日本の島々の概要や離島経済新聞について紹介。続いて参加者も島人も一緒くたにいくつかのグループにわかれ、それぞれの島(グループ)で「小さな島とは?」を考えるワークショップを行いました。
「小さな島」をテーマにしたことには、「Little Community Labo=リトルコミュニティ研究所」が「小さなコミュニティ」を研究することを目的にしていて、象徴的なリトルコミュニティとして「小さな島」を捉えていることが挙げられます。離島経済新聞で定義している「本土に対しての離島」はもちろん、視点を少し広げて「島」の意味を「縄張り」的な「シマ」的意味に捉えると、いわゆる離島だけでなく本土にも「小さなシマ=リトルコミュニティ」は無数に存在することになります。参加者には、富士山の麓の小さな集落に暮らしているという方もいましたが、そんな集落と「島」もごく近いのではないか、と私は考えています。
さて、リアルに「離島」に暮らす島人や、都会に暮らす人、離島ではないけれど島的田舎に暮らす人など、それぞれのグループで話し合われた「小さな島」はこうでした。
まず、瀬戸内海は小豆島から参加しているゲスト島人のグループから出てきたのは、「自分の島を小さな島と思っていない」という意見。1日に200便以上の船が航行し、1周120km、人口3万人の小豆島に暮らす島人は「そんなに小さくない」という感覚を持っていて「大陸」とも感じているそうです。ひとえに「小さな島」と言っても、日本には人口14万人台の島から数人だけが暮らす島など約430島の有人島があります。小さい大きいの感覚にも違いがあることを改めて知らされます。
次のグループからは「島人みんなが顔を知っているから、知らない人が来るとすぐわかる」「ものごとの決定が早い」という意見や、鹿児島・奄美大島出身の参加者からの「対向車にのっている人をみるクセがある」という、小さな島ならではの人と人のコミュニケーションについて語られました。
さらに次のグループからは「人とのつながりや生活がシンプル」「すべて筒抜けだからゴミの出し方ひとつにしてもしっかりする」「丁寧に生きることができる」「人間の力で把握できる最小単位」という、暮らし方や価値観についての意見も。
本土に暮らす人も、離島に暮らしている人も「小さな島」にある、人と人とのコミュニケーションの近さや、人の暮らしが原点的であるという部分は、共通して認識しているようでした。
とはいえ日本には約430もの有人離島があり、海域も歴史も文化も異なるそれらの島々や島に暮らす島人の個性はきっと異なるはず。
ワークショップの後はいよいよ島人たちのプレゼンです。自分の暮らす島の個性やリアルな姿を直接伝えていただきます。
[2]島知学 新島「島で育むこと」に続く(12/27UP) >>