急激に進む少子高齢化や後継者不足、需要の変化などにより、島々の一部や地方の小さな町にガソリンスタンド(サービスステーション:以下、SS)の消滅危機が迫っています。地域の重要インフラを維持していくために、何が必要なのか?関係者に、島の現状や取り組みを取材しました。今回は、香川県さぬき広島です。
取材・石原みどり 写真提供・丸亀市広島市民センター
地域に迫る重要インフラの消滅危機
急激に進む日本の人口減少により、各地で公共交通や医療施設など、人の暮らしと安全を支えるインフラが継続の危機に直面しています。車や暖房に欠かせないガソリンや灯油などを販売するSSも、その一つ。
自動車の燃費向上や交通の多様化などによる需要の変化、石油価格の高騰による利幅減少などを背景に、全国のSS数は1994年度末の60,421カ所をピークに、2016年度末には31,467カ所とほぼ半減(※)し、減少を続けています。
※参考:資源エネルギー庁「地域のエネルギーサプライチェーンの維持に向けて」
少子高齢化による需要減や人手不足に加え、商品の差別化も難しいため、価格競争が激化しており、人口の少ない地域ほどSSの収益率が低下する傾向にあります。
さらに、法で定められた設備の更新があり、その費用もSS経営の大きな負担となっています。消防法では、ガソリンを貯蔵する地下タンクの寿命を50年と定めていますが、地下タンクを新設するには約4,000万円の設備投資が必要となります。
地方の小さな町などでは、採算の見込みが取れないSSが設備の寿命を機に廃業し、地域で唯一のSSが失われる「燃料危機」を迎えるケースが相次いでおり、全国的に問題視されています。
「燃料危機」に陥りやすい地域では高齢化と過疎化が進んでおり、自家用車の給油や灯油の配達をしてくれていたSSがなくなることは、生活が一変するほどのインパクトを地域社会にもたらします。海で隔離された離島地域では、その影響がより深刻であろうことは言うまでもありません。
島々では、迫り来る危機にどのように備え、対処しているのでしょうか?今回は、「燃料危機」を乗り越えた香川県広島(以下、さぬき広島)の皆さんに、地域での取り組みや今後の見通しを聞きました。
橋のかからない島で唯一のSSが消滅危機に
瀬戸内海に大小28の島々が浮かぶ塩飽(しわく)諸島の一つ、香川県丸亀市のさぬき広島では、面積11.72キロ平方メートルの島に約150人が暮らしています。
島には橋はかかっておらず、四国本土の丸亀港とさぬき広島の江の浦港を旅客船(片道約20分)とカーフェリー(同約45分)が結んでいます。
島内に商店はなく、丸亀市からカーフェリーに乗って移動販売車が週に一回来島。1日かけて島内7地区を回り、食料品や日用品などを販売しています。
島内交通は、地元のNPOが運行するコミュニティバスのほか、乗用車や農作業用の軽トラックなどが走行しています。丸亀市からやってくる移動販売者を含め、ガソリンの給油やパンクの修理などは、島に一軒だけあるSSが頼りです。
2022年、この島唯一のSSが廃業の危機に陥りました。健康面で不安を抱えながら週に1日程度の不定期営業を続けていたオーナーが、体調を崩して入院。一時的に家族のサポートを得て営業するも、継続的に業務を代行できるスタッフはおらず、営業を停止せざるを得ない状況が目前に迫ってきたのです。
前年の2021年、丸亀市役所の出先機関である広島市民センターの山田健司所長は、SSの事業継続についてオーナーから相談を受けていました。
島の人口が減り、ガソリンや灯油の需要が少なくなったこと、石油価格の高騰による経営の悪化。年齢面や健康上の不安を抱えているが、後継者もなく、島のためになんとか週に1日程度の不定期営業を続けてきたが、それも難しくなりそうだ……。
石油会社の担当者を伴いセンターを訪れたオーナーから、苦しい経営状況を聞いた山田所長。早速翌年4月に、島内7地区の自治会長を集め、今後を相談する話し合いの場を設けました。
「島の暮らしに直結する問題として地域で共有し、対応を考えていくことになりました。一方で、SSが今すぐに閉鎖の危機を迎えるとは想定できなかったです」(山田所長)。
山田所長も、SSの事業継続に向けて地元の石油組合や農協、漁協などに相談を持ちかけるなど奔走したものの、なかなか担い手が見つからないまま時間が過ぎていったといいます。
そんなある日、オーナーが倒れたことでSSの営業が一時的に停止。待ったなしの一大危機に島は直面することになったのです。
「俺らがやらんといかん」地元NPOと住民が新たな担い手に
乗用車や軽トラ、農機具のガソリンをはじめ、家庭の給湯・暖房のための灯油の販売や配達、島内を運行するコミュニティバスを動かす軽油や、島内のデイサービスで入浴サービスを行うためのボイラーの重油の販売。それらをさぬき広島唯一のSSが担っていました。
SSの存続いかんによって島の公共交通や福祉サービスもゆらぐ事態に、再度、地域住民の話し合いの場が持たれました。そして、コミュニティバスの運行やデイサービスの運営を行う地元のNPO法人「石の里広島」が島のSSを引き継ぐことになりました。運良く島内で業務を行える人材が揃い、事業継続への道が拓けたのです。
同NPO法人の平井明会長が、SSの運営に必要な危険物取扱者の免許を持っていました。さらに、整備士の資格を持ちガソリンスタンドでの勤務経験がある、住民の中村公大さんが数年前に島にUターンしていたことが幸いしました。
「いま、俺らがやらんといかん」。高齢化と過疎化が進む島でのSS運営の厳しさは前もって分かっていましたが、平井会長と中村さんは覚悟を決めたといいます。
オーナーとNPO間で運営賃貸借契約を結び、2023年9月、島のSSが新体制で再開しました。給油など日常の業務を中村さんが担当し、それまで週1日だった営業日は(月)(木)の週2日体制に。
「一時はどうなることかと思いましたが、無事NPOに事業を引き継ぐことができ、地域の皆さんも胸を撫で下ろした様子でした」(山田所長)。地域の重要なインフラが守られ、島の人たちが安心して暮らせる日常が戻ってきました。
市のサポートを得つつNPOの若手スタッフを育成
その後の営業状況や、今後の展望を聞きました。
「石油の地下タンクは前オーナーがFRPの補修を実施しており、大きな設備投資はしばらく必要ない状態でした。その他の設備は老朽化していますが、必要な費用は、収益プラス市の補助金でまかなっていく予定です」と平井会長。
再開したSSでは、経験者の中村さんが給油のほか、自動車のオイル点検や交換、軽微な点検補修を担当。自力で来店・灯油を持ち帰りできない高齢者宅などへの配達も安定して行えるようになりました。
また、経営を引き継いだNPO法人石の里広島では、将来の担い手も育成中。島に移住し同社に入社した若手職員らに仕事を引き継いでもらえるよう、「2〜3年をかけて技術を教えていきたい」と中村さん。
燃料危機を乗り越え、移住者の若者たちを新たな担い手として、島の重要インフラ継承の道を拓いた、さぬき広島。
近く子育て世代の移住計画があるさぬき広島では、2025年春、休校していた島の学校が15年ぶりに再開することになっています。
学校に元気な子どもたちの声が響く日を楽しみに、今日も島の日常が紡がれています。
編集後記
人口約150のさぬき広島で起きた「燃料危機」と、それを乗り越えた経緯は、小さな島で一人ひとりが担うものの重さを感じるお話でした。個人経営のスタンドを地元のNPOが新たな担い手となって継承し、インフラを支えながら雇用も生み出す解決策は、同様の悩みを抱える他地域の参考にもなりそうです。
一方、必要な資格の取得や人材育成は一朝一夕とはいかないため、深刻な危機を迎える前に準備を進めていけるよう、地域内での話し合いによって意識の共有や合意形成を進めることの重要性を感じました。
お忙しい中、仕事の手を止めてお話を聞かせていただいたNPO法人「石の里広島」の平井会長と中村さん、広島市民センターの山田所長に、厚くお礼を申し上げます。
東京在住、2014年より『ritokei』編集・記事執筆。離島の酒とおいしいもの巡りがライフワーク。鹿児島県酒造組合 奄美支部が認定する「奄美黒糖焼酎語り部」第7号。著書に奄美群島の黒糖焼酎の本『あまみの甘み 奄美の香り』(共著・鯨本あつこ、西日本出版社)。ここ数年、徳之島で出会った巨石の線刻画と沖縄・奄美にかつてあった刺青「ハジチ」の文化が気になっている。