これから島に暮らそうとする移住定住者が、「島にあったらいいな」と考える場所のひとつに「図書館」がある。そこには「本を通してさまざまな知に出会える場所」であることに加え、「人と人、人と地域が結びつく場所」という見逃せない機能がある。2018年7月、西ノ島コミュニティ図書館がオープンする島根県西ノ島町(にしのしまちょう)で、図書館づくりに携わるアカデミック・リソース・ガイド株式会社(以下、ARG)の岡本真さんとローカルジャーナリストの田中輝美さんに、島づくりの一手となる図書館について聞いた。
※この記事は『季刊ritokei(リトケイ)』23号(2018年2月発行号)掲載記事になります。
「図書館のない島」から一転、島前3島で10万冊を蔵書「図書館のある島」へ
公共・民間を問わず、さまざまな文化施設をつくるプロデュースするARGの岡本さんは、全国の図書館を訪ね歩くなかで「図書館のある島」として隠岐諸島(おきしょとう|島根県)に一目を置いている。隠岐の島と呼ばれる島後(どうご|隠岐の島町)と、中ノ島(なかのしま|海士町)、西ノ島(にしのしま|西ノ島町)、知夫里島(ちぶりしま|知夫村)の島前3島からなる隠岐諸島は、後鳥羽上皇をはじめ時の天皇が流刑された島としても知られ、現在は島後に約1万5,000人、島前3島に約6,000人が暮らしている。
島前は隠岐諸島の西側に位置する3島の総称。中ノ島(海士町)に約2,300人、西ノ島(西ノ島町)に約2,900人、知夫里島(知夫村)に約600人が暮らしている。本土側の境港・七類港、島後(隠岐の島町)の西郷港からの定期船でアクセス可能。
「人口が多く、経済規模も大きい隠岐の島には立派な図書館がありましたが、島前には図書館がありませんでした。しかし、海士町を皮切りにここ10年で様変わりしています」(岡本さん)。
海士町の図書館が動き出したのは2007年のこと。公民館図書室や学校の図書室しかなかった「図書館のない島」で、学校や港などの公共施設に図書分館を整備する「島まるごと図書館構想」が発案され、2010年に海士町中央図書館が開館。クラウドファンディングで蔵書を増やしながら、住民や来島者の支持とともに、世間の話題も集めた。当時、山陰中央新報社の記者として島を見つめていた田中さんは、一連の動きに「島の図書館がおもしろくなっている」と感じたという。
その後、海士町で起きた波は隣島へと波紋を広げていく。「西ノ島では公民館図書室に立派な本棚を設置していましたが、知夫里島には図書コーナーしかなく、バス停と公民館がセットになった場所に本棚をつくる動きが2〜3年前から起こっていました。そんな島々が海士町の例を見て『自分たちの島にもいいものを』と動き出されたわけです」(岡本さん)。
今年4月、知夫里島では学校図書館が公共図書館としてリニューアルされ、7月には西ノ島コミュニティ図書館がオープンする。これにより、島前3島合わせて約10万冊を誇る図書環境が誕生する。
現在、建設が進む西ノ島コミュニティ図書館。図書館の「屋号」として親しみを込めてつけられた「いかあ屋」は、西ノ島の方言で「いかあや=行こうよ」という意味を持つ。
図書館×◯◯。ハコモノをつくるだけでなく地域の「ない」をプラスする
図書館づくりについて岡本さんは「ただ施設をつくるだけではなく、地域に結びつける」ことを重視する。最近では、図書館に美術館やゲストハウス、コワーキングスペースなど、「地域になかったもの」を結びつける事例も多く、西ノ島コミュニティ図書館にも「コミュニティ」が付属する。
西ノ島町の図書館づくりには、公募段階から「コミュニティ図書館」というコンセプトが打ち出されていた。「人が集う場所が欲しい、図書館が欲しいというニーズがくっついたわけです」(田中さん)。
2018年7月のオープンに向けて、西ノ島コミュニティ図書館では公式Facebookページも公開している。
西ノ島コミュニティ図書館の新築に向けて、ARGは西ノ島町から「図書館全体が『人が集う場所』となり、島の子どもたちの居場所をつくりたい」という要望を受けた。そこで、「未来の部屋」を意味するフューチャーライブラリー(仮称)を設置し、島の未来を支える子どもたちの部屋として、子どもたちの興味関心に合わせた蔵書を配置。同じ空間に西ノ島の地域資料を配置することを提案した。子どもたちにとって興味関心の高い資料と地域資料を並べることで、自分の暮らす島についてふれられる機会を創出する狙いだ。
また、施設内には講座やワークショップを開催できるイベントスペースも完備。「現在も公民館などを使ったDIY教室や、バードウォッチング講座、アロマ講座などが開催されている。それらの講座が図書館で開催されるなら、すぐそばに講座の内容に関する専門情報もあるため、より濃い内容を身につけることもできます」(岡本さん)。これまで図書館にふれる機会がなかった人も、イベントをきっかけに足を運ぶことで、本という「知」にふれやすくなる。
完成した図書館を利用するのは地域住民である。そのためARGでは、図書館づくりの知識や経験のない地域住民とワークショップを開催。一緒に図書館をつくりあげるプロセスを大事にしている。
西ノ島コミュニティ図書館づくりでは、住民とともに図書館の使い方やサービスのあり方について考える場として「縁側カフェ」を定期開催。子どもからお年寄りまでが参加している。
「図書館くらいは欲しい」移住定住希望者に選ばれる地域の最低条件として
島根県を拠点に地域を記録・発信する田中さんは、生徒数がV字回復した隠岐島前高校の再生ストーリーを執筆し(※1)、現在はARGが発行する『LRG』(※2)で西ノ島コミュニティ図書館を密着レポートしている。そんな田中さんの耳には、図書館づくりに対する否定的な声も届いていた。「長く島に暮らしている人のなかには、図書館を見たことのない人も多く、自分の暮らしや人生にどう役に立つのかイメージできない人からは『図書館よりも大事なものがあるんじゃないか?』という意見も聞こえていました。最近はだいぶ変わってきましたが、最初の頃は図書館があまり重要とは思われていなかった印象です」(田中さん)。
(※1)『未来を変えた島の学校』
(岩波書店/共著・山内道雄、岩本 悠、田中輝美)廃校寸前といわれた島前高校が、全国から志願者を集める人気校へと生まれ変わった実話を描いた本著は教育を軸にした島づくりの必読書。
(※2)『LRG(ライブラリー・リソース・ガイド)』(アカデミック・リソース・ガイド発行)
特別寄稿や特集を柱に、重厚な論考を展開する図書館専門誌。年4回発行。2012年11月創刊。
一方、岡本さんはかつての海士町で、20〜30代の若者から「コンビニ、映画館、カフェなくてもいいが、図書館くらいは欲しい」と言われたことが印象に残っていると言う。「Iターンの子はほとんどが都会っ子で、図書館があるのは当たり前だったんです。そうした若者が、子育てなどを考えたとき『図書館くらいは』という思いが出てくる。離島や中山間地域など、人口減に悩む地域が移住定住を進めていこうというときに、図書館を最低条件として揃えようとする地域もたくさん出てきています」(岡本さん)。
西ノ島町が図書館づくりを意識したきっかけも移住者から「図書館がない」と指摘されたことだったと田中さんは言う。「UIターンや地域おこし協力隊などから、住まう土地として選ばれ続けるためにも図書館が必要だという声は多方面から聞こえてきます」(田中さん)。
人と地域とつながり「関係人口」が生まれる図書館が持つ交流機能
島づくりのなかでも、とりわけ交流人口の増加を目指す地域が注目すべき点に、図書館という場所が持つ交流機能がある。
住んでいなくても継続的に特定地域に関わる人を「関係人口」とし、著書『関係人口をつくる』(※3)を出版した田中さんは、図書館を「自然と人に出会え、交流ができる場所」と表現する。博物館や美術館と比べればカジュアルな場所であり、毎日でも通うことができる図書館では、顔見知りもできやすい。岡本さんも「飲みにいける人なら居酒屋に行くのでも良いですが、そこでは島の全体像はわかりません。島で普通に働いているお母さん、おじいちゃん、おばあちゃんの声が聞けるという点で図書館という場所は良き『関係人口』を生み出す場とも考えられます」と、図書館の交流機能に期待を寄せる。
(※3)『関係人口をつくる』(木楽舎/著・田中輝美)
人口減少地域を救う新しいキーワード「関係人口」の可能性について、過疎最先端地域といわれた島根県の事例をもとに紹介。地域を元気にする「第3の人口」を説く。
ひとりの来島者が移住者となるきっかけには、人や地域とのつながりが深まりリピーターとなった経験を持つことが多い。仮に移住しなくても、地域と関係を持ち続けることで、島の経済に長期的に寄与する関係人口となりうる。
また、図書館本来の機能として、「文学」「地域」などのジャンルが棚ごとに整理される図書館では、人の興味関心が示されやすい。「同じ本をとろうとした瞬間に手がふれるとか。互いの趣味嗜好が分かりやすいんです。子どもを連れてなくても、絵本コーナーにいる人ならお子さんがいるかもしれないと、交流するきっかけになるかもしれません」(岡本さん)。
島づくりの先進地では地域やビジネスに関する蔵書も豊富に揃う
いまや地域づくりの先進地として全国が注視する海士町の図書館には、地域づくりに関する蔵書も多く、地域を知る郷土誌料も充実する。
海士町中央図書館。図書館を軸にした人づくりが評価され「ライブラリーオブザイヤー」を受賞。
「海士町には、自分のビジネスに役に立つ情報を集めに来る人が大勢います。島づくりを考えるなら、さまざまな環境におかれている離島や中山間地域のことを勉強して、自分たちなりの解決策を考えるべき」という岡本さんは、「離島の振興策には島外の人を呼ぼうとするものも多く、住んでいる人が軽視される雰囲気もあります。住んでいる人が集うことを考えたとき、集える場所がない島は、他島が何を考えているのかを見て欲しい」と続け、田中さんが「にぎわうだけだったら図書館でなくてもいい。まちづくりの期待を寄せられているのは大事だが、人が知に出会う場所という本来的な機能を考えて、さらに行きやすくするハードルを下げることが大事だと思います」と添えた。
島づくりに必要な「知」を人に与え、「人」を地域に結びつける図書館は、島に暮らす人、訪れる人の両者にとって魅力的な島をつくる秘策となり得る。
岡本真(おかもと・まこと)
国際基督教大学(ICU)卒業後、編集者等を経て、ヤフー株式会社に入社。 Yahoo!カテゴリ、Yahoo!検索等の企画・運用に従事した後、2004年にはYahoo!知恵袋を企画・設計を担当。Yahoo JAPAN研究所の設立やYahoo!ラボの公開に関与。 2009年に同社を退職し、1998年に創刊したメールマガジン「ACADEMIC RESOURCE GUIDE(ARG)」(週刊/5000部)を母体に、アカデミック・リソース・ガイド株式会社を設立。
田中輝美(たなか・てるみ)
ローカルジャーナリスト。島根県浜田市生まれ。大阪大学文学部卒。1999年に山陰中央新報社入社後、報道記者として活動。琉球新報社との合同企画「環(めぐ)りの海−竹島と尖閣」で2013年日本新聞協会賞を受賞。2014年秋、同社を退職し、フリーのローカルジャーナリストとして島根に暮らしながら、地域のニュースを記録、発信している。
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<広告特集|島づくりソリューションについて>
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