2025年3月8日に開催された「離島医療会議2025」のトークセッションより、新しい仕組みやテクノロジーの進歩がもたらす未来の臨床風景について有識者が語り合うsession3「離島医療の未来」のレポートをお届けします。
先端技術ありきではなく、住民や医者の思いを主役に
- 中山
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アンター株式会社 代表の中山俊と申します。私は鹿児島県の奄美大島で生まれて、鹿児島大学の医学部で学び整形外科のキャリアを歩み、2016年に起業してオンラインでの医師間の情報共有や学習サービスを提供しています。3年前から離島医療会議の開催に携わり、オンラインだけでなく実際に地域の方や自治体、医療従事者が顔を合わせて対話の場をつくっています。
本日の会議では、セッション1で「離島医療の現在地」、セッション2で「自治体や住民の想い」をテーマに話し合ってきました。最後のセッション3は「離島医療の未来」と題し、複数の国にまたがって多彩な活動をされている葉田先生と、離島をベースに最先端の取り組みをしている小泉先生のお二人をお招きし、未来へ向けてぐっと視点を広げていく1時間にしたいと思います。
- 葉田
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葉田甲太と申します。私は総合診療医、認定NPO法人あおぞら 理事長、エレコムヘルスケア株式会社 取締役社長という3つの顔を持って活動しています。
学生時代にカンボジアで学校をつくり、離島やへき地での医療に携わりながらNPOを設立してタンザニアで病院をつくり、エレコムで海外のオンライン診療サービスや医療機器の開発にも携わっています。今日は、離島医療とITの話をさせていただければと思います。
- 小泉
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三重県の神島で医者をしております、小泉圭吾です。自治医科大学を卒業し医者になって22年になりますが、そのうち14年は神島で生活してきました。
今日は、神島のある鳥羽市で取り組んでいる、対面診療とD to P with N(※)のオンライン診療を組み合わせて少人数で地域をカバーする医療の体制づくりや、島々を結ぶクラウド電子カルテなどの医療DX化についてお話したいと思います。
※患者の同意のもと、看護師等が患者の側について行うオンライン診療。医師が診療の補助行為をオンラインで看護師等に指示し、看護師等を介して薬剤の処方にとどまらない治療行為等が可能となる
- 中山
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葉田先生のご活動は、国をまたいで多岐にわたっていますね。自社で医療機器も開発されたそうですが、どんなものなのでしょうか?
- 葉田
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幸せって見えにくいのですが、不幸は見えやすいんです。肌や目の色が違っても、生後間もない赤ちゃんを亡くしたお母さんは全員泣いていました。その涙を減らしたいと思って活動してきました。
世界の死亡例の4分の1は新生児仮死といわれていますが、基本的な医療があれば半分くらいは救えるんです。それで、海外の病院のない地域に病院をつくったり、小児科の先生と協力して、新生児を蘇生させるための手技を教えたりしてきました。
現地の助産師さんたちがその手技を効率的に学ぶために、アメリカ製のシミュレーターを導入したかったのですが、200万円ほどする大変高価なものでした。そこで、経済産業省の助成金を得て、京都大学と立命館大学、エレコムの共同で機器を開発。価格を10万円ほどに抑えることができました。
現在、モンゴル・ラオス・カンボジアなどアジア5カ国・コンゴなどアフリカ1カ国で、エレコムの機器を活用いただいています。
- 中山
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こうした活動をされながら、離島医療にも携わっていたのですよね。
- 葉田
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はい。海外での活動の傍ら、7年間かけて専門医を取得しました。与那国島では半年間研修しましたが、指導医の先生にはじめに言われたのは、「まず遊びなさい」。医者が島民に医療を施すのではなく、島民が医者でもあるんだよ、医者になる前にまず島民になりなさい、とアドバイスをいただいたんです。
島のことを何も知らなかった僕でしたが、島を楽しみながら2週間ほど過ごすうちに「この子は、あのお母さんの子か」と、だんだん住民の顔がつながっていきました。与那国島の人たちには、本当にお世話になりましたね。
島は、日曜日のお昼にレストランがすべて閉まってしまうんですよ。僕、料理がつくれないから空腹で我慢していたら、「葉田先生かわいそう」と、日曜のランチを研修医に差し入れるスキームが島民の間で開発されまして(笑)。与那国島では、いまだにその習慣が持続しているそうです。
- 中山
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島ならではのコミュニティの力を感じますね。大変だったのは、どんな点ですか?
- 葉田
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離島医療はめちゃめちゃ楽しかったし、めちゃめちゃキツかった。180日間、休みがなかったから。3年くらいなら頑張れると思いましたが、10年続けるのはしんどいなと感じました。
医者でなくてもできることはたくさんあるので、サステナブルな離島医療のために、多業種での対応や、ちょっとしたテクノロジー活用が必要だと思っています。
多くの民間企業が、プロダクトアウトで「こういうものをつくったのでここで使ってほしい」と持っていきますが、現場に必要なのは大袈裟なテクノロジーではなく、ちょっとしたもので良かったりします。
オンライン診療なども、技術ありきではなく、大切なのは住民やお医者さんの想いだと思います。
- 中山
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海外のオンライン診療事情は、いかがですか。
- 葉田
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スマートフォンの普及率が高いインドで、同国最大の医療法人と連携し、患者が医者に相談できるサービス「Medi Buddy」を展開しています。
インドで肌で感じた日本との違いは、4つあります。インドの患者は平均年齢28歳くらいで、ITのリテラシーが高い。携帯端末と銀行の口座を紐づけて国が管理しており、オンライン決済のインフラが整っている。とりあえずやってみるインドと、ゼロリスクを追求する日本とのカルチャーの違いも大きいと思いました。
最後は、ビジネスモデルの違いです。「Medi Buddy」には3,000万人のユーザーがいますが、病院単位ではなく医者個人と契約しています。医者が自宅にいながら空き時間にオンライン診療で副収入が得られるので、医者のインセンティブが高いのです。ユーザーからの評価もシステムに反映されるので、患者は星の多い医者を自ら選ぶことができます。
- 葉田
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オンライン診療の場合は、口頭での問診だけで薬を処方するといったことにもなりやすいので、エレコムは体温計や体重計、血圧計など医療機器の計測データをサービスに連携させる部分を担っていきたいと思っています。
あくまでインドでの事例として紹介しましたが、それがいいとか、日本がその通りにすべきだと言っているわけではありません。インド以外では、アメリカもオンライン診療が定着していて、大きな市場があるので民間企業も多数参入しています。
- 中山
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日本の場合は、何が課題になるのでしょうか?
- 葉田
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日本では、オンライン診療は診療報酬がそれほど高くない、医療へのアクセスもそれほど悪くないため、市場が育っていない状況です。医者へのインセンティブも低い。
また、患者さんやご家族は対面での医療を望みます。オンライン診療もD to P with Nで、側に顔見知りの看護師がいて医者が遠隔で診るかたちが望ましいので、これが保険収載(※)されたのは素晴らしいことだと思います。
※国が有効性を認めて診療点数票に「のせた:載せた(記載した)」こと
離島やへき地での診療看護師(NP)(※)活用も進めていきたいですね。与那国島で一緒に働いたNPは、研修医1年目くらいの実力があると感じました。オンライン診療の場でも、そうしたNPに活躍していただければと思います。
※修士課程を修了し、通常より幅広い医行為ができる看護師。ナースプラクティショナー(NP)とも呼ばれる
問題は財源ですよね。へき地こそITの恩恵を活用すべきなのですが、離島や僻地でのオンライン医療の市場が小さく民間企業が参入しずらい。国や行政の助成金を頼ることになりますが、その際にはエビデンスが求められ、どれだけ医療費を削減できたかを問われることになります。その辺りまで含め、小泉先生のような方が良きロールモデルになっていただければと思います。
- 中山
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小泉先生がこの5〜6年の間に進めてきた取り組みは、ほかのどの地域と比べても先進的だと感じます。ご活動を紹介いただけますか。
- 小泉
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今日は三重県の神島からこの海士町へ、船や飛行機を乗り継いで島から島へとわたって来ました。島同士だと、なかなか移動も大変ですね。
私が暮らしている神島は、三島由紀夫が小説『潮騒』の舞台とし「ここには『汚れたもの』は何もありません、ここには本当の人間の生活がありそうです」と記した島です。昭和30年代に書かれた同小説の中では人口1,400人と書かれていますが、現在の人口は約250人、高齢化率は約52パーセントにのぼります。
神島のある鳥羽市は、半島と4つの離島から成り、各島に1つずつと市内に4つ、合計8つの市立診療所があり、中心部に開業医のクリニックが何軒かありますが、入院機能は隣の伊勢市の病院に依存しています。
市内の離島地域はこの20年で軒並み40〜50パーセント人口減少が進んでおり、中でも坂手島は、約63パーセント減少しています。地域の人口が減ると、患者数が減少する。患者が減ると診療報酬が下がり、収支が悪化していきます。仕事量も減り、医者と患者の数のバランスが崩れ、働く人の意欲が低下していきます。
また、人口減少とともに医療の担い手も減少していくため、物的にも人的にも限られた医療資源を効率的に活用しながら、地域の医療を守る必要がでてきます。そこで鳥羽市では、へき地診療所をより少人数の医師で回すための仕組みづくりに取り組みました。
- 中山
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具体的にはどうやって実現したのでしょうか?
- 小泉
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少人数の医師が4島と本土側にある各診療所を行き交いながら、何かあればオンライン診療でつなぐという方法です。
最初は、行政の担当者の理解が得られず「できません」と言われました。何年も働きかけて、もう諦めて仕事も辞めてしまおうかと思ったのですが、そんな時に優秀で理解ある職員の方が異動できてくれたんです。僕の思っていることをしっかりと受け止めて、一緒に考えてくれました。
最初に目指したのは、クラウド型電子カルテとオンライン診療の導入です。各診療所は地理的な条件や歴史的経緯などから、独自の文化を持って運営されていました。少人数の医師で全体をカバーするためには、各島の診療所を一つの組織としてまとめ、市全体をバーチャルな病院に見立てて活動する必要がありました。
そこで、「TRI Met(Toba Rulal area and Island Medical team)」という医療チームを結成。「私たちは鳥羽の離島へき地に住むみなさんが住み慣れた場所で安心して生活できる医療を提供し、みなさんの願いを叶えるためのチームです」とミッションを掲げました。
行政の担当者が目的に合う事業を紹介してくれて、2020年度に国土交通省スマートアイランド推進実証調査事業を活用して、念願のクラウド型電子カルテとオンライン診療のための機器などを導入し、構想していた医療体制の実証に取り組みました。
- 中山
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地域の医療はどう変わりましたか?
- 小泉
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クラウド型の電子カルテによって、いつでもどこでもカルテを書けるように。オンライン医療システムを併用することで、対面診療ができない時に遠隔でも診療が行えるようになり、悪天候で船が欠航した時や緊急時などにも対応できる幅が広がりました。
加えて、「メディカルケアステーション(※)」のシステムを使い、患者の情報を他職種で共有。電話やFAXなどでかかっていた情報連携の手間や時間を短縮し、少人数で複数の診療所を支えられるように。
※ICTを活用した地域包括ケア・多職種連携のためのコミュニケーションツール。パソコン・タブレット・スマートフォンなど複数の端末から利用でき、遠隔でもタイムリーな情報共有が可能になる
ケアマネージャーや訪問看護師と患者さんについて相談したり、消防隊と離島からの搬送情報を共有するなど、今まで電話でしかできなかったやりとりがチャット形式でできるようになり、テキストで残るのでチーム内での情報共有が容易になりました。
オンライン診療では、患者がいつも通り診療所に来院し、看護師の補助のもと医師がiPadごしにビデオ通話で診察します。Vitalookというシステムを使い、計測したバイタルサインはオンラインでリアルタイムに共有されます。
夜間に患者からオンライン診療の依頼がきた際は、看護師がVitalookを持ってご自宅へ伺います。見守りVitalookでは、ご自宅のベッドサイドに設置したiPhoneから、患者のバイタルが医師の端末に共有されます。バイタルサインに変化があった際は、医師から話しかけたり、カメラから様子を見ることもできます。
- 中山
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病棟のモニターのようなかたちで使えるんですね。
- 小泉
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はい。最期の看取りまでは難しいのですが、このシステムを使い、僕が島にいなくてもご自宅の患者さんを診ることができるようになりました。あとは、どうしても入院したがらない患者さんもいますよね。そういう方が心配な時はこれを置いておいて、こまめに声をかけたり様子をみています。
加えて、外部の高精細カメラや遠隔聴診器なども活用することで、オンライン診療の質を高めることができました。カメラのアタッチメントを変えれば、口腔内や皮膚病・浮腫などもはっきり見ることができます。
エコーは、4Gの電波で診察に十分な解像度の映像が届きます。看護師にエコーをあててもらいながら、「もう少し右に」など遠隔で指示もできるようになりました。打診や触診はオンラインでは難しいですが、エコーで代替できないかと思っています。
- 中山
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離島に医師がいなくても医療を届けることができるようになったんですね。全てオンライン診療に切り替えたのでしょうか?
- 小泉
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よく取材などでも聞かれますが、対面での診療が基本です。従来の対面診療に加えて、オプションでオンライン診療もできるようになったんですよと島の方たちには説明しています。神島では、船が欠航して僕が島に帰ってこれない時にはオンライン診療で、というのが当たり前になってきました。
2022年度には、国土交通省スマートアイランド推進実証調査事業で「壮年層減少の補完」に取り組みました。人口減少に伴い30〜50代の壮年人口が少なくなることで、これまであった地域の互助能力が低下してきています。
自力で来院できないお年寄りの送迎を地域の方がサポートする互助で成り立っていた地域医療が、担い手の減少により危機を迎えています。僕らが思うよりずっと短距離であっても移動が難しい高齢者は多いため、そこを支援する方法を考えました。
答志島では、島唯一の診療所がある場所と離れた反対側に、約1,300人が暮らす大きな集落があります。車でたった15分の距離ですが移動手段が自家用車しかなく、運転や送迎が負担になっていました。そこで、オンライン診療の拠点を新たに設置し、離れた診療所まで来なくても自宅付近で診察から薬の受け取りまでワンストップで受けられるようにしました。
看護師のサポートのもと、診療所の医師からオンラインで診察を受け、隣の部屋で本土の薬剤師から服薬指導を受ける。会計を済ませて自宅へ戻ると、当日〜翌日までの間に本土から処方薬が届きます。薬の代金は、後日ご家族が本土に行った際に支払ったり、最近は高齢者の方でもPayPayのようなオンライン決済を使いこなす方も増えてきました。
1台で移動・オンライン診療・患者移送。医療用Maas車両が活躍
- 小泉
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次に、本土側まで離島の医師で支えるための仕組みづくりを考えました。2023年度から内閣府デジタル田園都市国家構想交付金を活用し、施設によらない診療体制の構築を進めています。
- 中山
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施設によらない診療体制とは、どんなものなのでしょうか?
- 小泉
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医療用Maas(Mobility as a Service)(※)車両の配備です。鳥羽市本土の半島部に3つの市営診療所がありますが、大学から派遣された医師が日替わりで勤務しているため、診療時間が週のうち3時間や7時間と短いのが課題。施設維持にも多くの経費がかかっています。これを離島の医師たちでカバーできないかと考えました。
※オンライン診療システムや医療機器を搭載した自動車
1台の車両に「移動」「オンライン診療」「患者の搬送」の機能を持たせた医療用Maasで、診療機会を提供しつつ将来的に3つの診療所を集約化したときにも患者に不便がないような体制を構築しているところです。
- 葉田
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医者が潜水している。めちゃくちゃ攻めた車両デザインですね(笑)。
- 小泉
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カタカナで「マース」といっても地元の方からすると受入れにくいので、親しみを持ってもらえるよう和風のデザインで、海人さんに紛した医者が鳥羽の海や島々の間を泳ぎ回る姿をあしらいました。
車両の中は、前方に移送用の座席があり、後方部に診察スペースがあります。電子カルテ、会計用のPCとプリンターを備えており、ここで会計まで行えます。オンラインでの服薬指導も可能です。椅子の向きを変えることで4〜5人までの移送に対応できます。
実際の診療の例です。このようにご自宅の前まで行き、看護師が手伝ってMaasに乗り込みます。遠隔聴診器を使用しながら診察。この患者は褥瘡があったので外部カメラで皮膚の状態を確認し会計。この方の場合は、後日に薬剤師が訪問服薬指導を行いました。
ご自分で乗り込めない方、Maasを停めておける庭がない、海辺の街なので階段ばかりで危ない、そんな場合は患者宅に看護師が入ってオンライン診療と服薬指導を行います。歩ける方へは、公民館や漁協の前など人が集まりやすい場所で巡回診療を行っています。
注射・採血などが必要な場合はMaasで診療所に送迎し、必要な場合は医師と看護師を乗せてご自宅へ往診します。運転はタクシー会社に委託しているので医師が運転する負担がなく、往診などの際も道を調べてくれるのですごく助かっています。
このように、患者の移動能力や患者を取り巻く意向によって柔軟に対応できるのが、鳥羽市のMaas運用の特長です。
- 中山
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オンライン診療の実績はどれくらいになりますか?
- 小泉
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2020年11月から始めて、2月末で710例になります。離島の中ではかなり多い方なのではないかと思います。2023年に厚生労働省の「オンライン診療その他の遠隔医療に関する事例集」にも掲載いただきました。
鳥羽市では高齢者が多いため、オンライン診療はD to P with Nのみで行っています。オンライン診療に対応するのが難しい高齢者も、機器を操作してくれる看護師がいるので大丈夫。診療所に来て、椅子に座ってタブレットの前で話をするだけです。
対象はかかりつけの患者さんのみとし、最初は対面診療としています。オンライン診療は休日・夜間・欠航などで医師が島内にいない時や、医療用Maasを使用している時に実施。患者は診療所・自宅・Maasで、医師は診療所・医師の自宅から診察しています。
このようなD to P with Nのオンライン診療では、信頼できる看護師(もしくはCare Worker)の存在が大切になります。これから離島へき地で看護師の存在が最も重要になっていくと思うので、彼らの待遇や責任の所在などを改善していければと思っています。
2024年度の診療報酬改定で、へき地診療所等が実施するD to P with Nのオンライン診療50点が保険収載されました。これは、山口県の原田先生を中心としたグループの調査があってこそ実現したことですので、ご尽力に感謝しております。
- 中山
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今後は、オンライン診療に携わる看護師がより一層求められていきそうですね。
- 小泉
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そうですね。これまでの外来などでは看護師は補助的な役割でしたが、D to P with Nのオンライン診療では、看護師が主役になります。そこで、彼らのスキルアップを目的に「へき地ジェネラルナース研修」を始めました。
医科大学の診療看護師(NP)に、診断の仕方やエコーのやり方などを指導してもらっています。医師が教えるよりも、医師と看護師の中間的な立場で教えられるNPの方が、指導がしやすいようです。
「おはよう・ただいま・お休み」がいつも高齢者のそばに
- 中山
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高齢者の見守り強化にも取り組まれているそうですね。
- 小泉
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先ほどお話しした、壮年人口の減少に伴う地域の共助力低下の中で、高齢者への見守りも弱くなってきていました。それを補うべく、見守りロボット「Bocco emo」とセコムのサービスを活用し、24時間対応の遠隔声かけ・見守り体制を構築しました。
- 中山
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声がけや見守りは、AIが行うのでしょうか?
- 小泉
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AIではなくロボットの向こうに人がいて、セコムの担当者がテキストを入力するとロボットが音声で話します。
最初は僕も「こんなロボット置いたぐらいで何か変わるんかな」とあまり期待していなかったのですが、「家の中がにぎやかになった」「いつも気にかけてくれるので安心」と、高齢者の皆さんが明らかに元気になったんです。
一人暮らしの家に帰っても「お帰り」って言ってもらえないじゃないですか。「おはよう・ただいま・お休み」をいう相手がいるだけで、高齢者の孤独感を和らげるようです。セコムスタッフの人間味のある返答に愛着が湧き、家族がいるような安心感があると好評です。
- 小泉
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皆さん勝手に好きな名前をつけて「せっちゃん」とか呼んでいて、家族の一員のようになっています。セコムスタッフに加えて遠方の家族や、医師、集落支援員もアプリからやりとりを見れるようになっているので、見守られている安心感がすごくあるそうです。
不安を訴えて診療所を訪れる回数が目に見えて減少した方もいて、高齢の一人暮らしに不安があったけれど「もう少し島で生活してみよう」と決断した家族もいます。
将来的には、このシステムをハブにして行政やTRI Metと情報共有することで、潜在的な寂しさや生活の不便を軽減し、島で長く生活していくサポートができればと考えています。
医療機器のイノベーションと立ちはだかる制度・お金の壁
- 小泉
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人口減少と高齢化が進み、社会構造が変わってしまったへき地や離島では、地域にあったさまざまな機能が失われつつあります。必要な機能を、うまく外部に委託することを考えていかないといけない。
離島医療については、患者数が減少して支出超過が増大しています。でも、移動困難な高齢者がいっぱいいるので、へき地診療所は残さないといけない。へき地医療を支えていた医師も高齢化して後継者がいない。医師派遣を受けたとしても患者数が少ないため費用面で見合わない。
これを解消するために、へき地医療拠点病院やへき地医療支援機構を頼りながら、オンライン診療もうまく使って診療機会を絶やさないようにしていかないといけないと思っています。
2020年からへき地の人口減少が顕著になっていて、そんな中でどうしたら適切な医療を提供できるのか。誰もやったことのない、答えのない問いに直面しています。できるだけ多くの方が長く地元で暮らしていけるよう、ICTなどの先端技術を活用して「新しいへき地医療のかたち」をつくっていくのが僕らの使命だと思っています。
- 中山
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制度面で変わってほしいところはありますか?
- 小泉
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少数の医師で複数の地域をカバーする際に、外来とオンライン診療を同時にできないことがネックになっています。例えば、僕が神島で対面診療をしている期間は、別の島の患者をオンライン診療したいと思ってもできないんです。
- 葉田
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分かります!与那国島の診療所にいたときの話ですが、次々と来院する患者さんに対して医師は一人。順番に対応していくのですが、待機中の方がどんどん増えていって……3人目くらいの方はもう、早くしろってブチ切れてるんですよね。
緊急性のない慢性疾患の方だけでもオンライン診療で対応できれば、患者さんを待たせなくて済むのに、と思ったことがあります。
- 小泉
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日にちや時間で区切ったとしても煩雑になってしまうため、離島や医師少数地域だけでも規制を緩和してほしいです。
また、地域の患者さんを元気にするためには保健指導が重要なのですが、同時に歯科口腔の方もしっかりやりたいので、歯科検診をオンラインでできるようになるといいですね。
- 葉田
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プロダクトの面ではイノベーションが進んでおり、10年後にはバイタルサインを1つの機械で測れるようになると思います。アメリカで開発している医療機器ですが、大きい歯ブラシのような機械を親指で持って息を吐きかけると、呼吸機能、酸素飽和度、心拍数、心電図、血圧まで出るんです。
イノベーションは進んでも、これを活用するためには、行政とお医者さん両方が意欲的である必要があります。海士町や鳥羽市のような例は奇跡に近いので、それ以外の島でどうしていくかを議論した方が良い気がします。
- 中山
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小泉先生の場合は、行政の担当者が変わった時が節目だったというお話がありましたね。
- 小泉
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本当に、一気に変わりました。行政に相談した際に、まず「他の地域でやっていない」。それから、やれない理由をたくさん挙げられるんですよね。
- 中山
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スマートアイランド推進事業で一歩を踏み出せたのは大きかったですね。
- 小泉
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はい、国土交通省さんに頭が上がりません(笑)。
- 中山
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参加者から質問が来ています。見守りロボットのランニングコストは、誰が負担しているのですか?
- 小泉
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患者さんからは取ることができないので、診療所で負担しています。
- 葉田
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日本は国民皆保険で医療にアクセスしやすい反面、自分の健康のためにお金を使う意識はあまりないですよね。民間からお金を取れないものは、補助金が終わった後の社会実装が課題になりますね。
原点は「人を救いたい」という思い。医師と行政による仕組みづくりを
- 中山
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今日はオンラインも含めて500人ほどの方に参加いただいています。参加者の方々へメッセージをお願いします。
- 葉田
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ただただ、人を救いたい思いで、そのための手法として学校をつくったり、本を出したり、機器を開発したりしてきました。手法は何でもいいのです。「イノベーション」など目新しい言葉に惑わされることなく「人を救いたい」という強い思いを持っていることが一番大事だと思います。
医者だけが頑張っても、行政だけが頑張っても前に進まない、という話がありましたが、あきらめなければ周りも動くと思います。
登壇者プロフィール
小泉圭吾(鳥羽市立神島診療所)
2003年自治医科大学医学部卒業後、県内外の病院勤務を経て、2009 年に鳥羽市立神島診療所に着任。その後、2 年間ほど島を離れ都内での総合診療、国内外のへき地医療に携わり、2015年に再度神島診療所に着任。神島診療所勤務は通算14年。
葉田甲太(エレコムヘルスケア株式会社 取締役社長 総合診療医)
1984年生まれ。国境なき医師団に憧れ、日本医科大学医学部医学科に入学。学生時代にカンボジアと出会い、現地に小学校を建設。その経緯をつづった本「僕たちは世界を変えることができない。But, we wanna build a school in Cambodia.」を2008年に出版、2011年に向井理さん主演で映画化。へき地医療、離島医療から東京でのICUまで総合診療医として勤務しながら、2017年7月に認定NPO法人あおぞらを設立。世界各国でJICAなどと連携しながら遠隔新生児蘇生法教育などを実施。2023年10月、ITの力を使いさらに世界に医療を届けるためエレコムヘルスケア株式会社 取締役社長に就任。
モデレーター
中山俊(アンター株式会社 代表取締役 整形外科医)
鹿児島県奄美大島出身。鹿児島大学医学部を卒業後、東京医療センターで初期研修。2016年アンター株式会社を創業。2021年JMDCグループ参画。東京医科歯科大学 客員准教授。「医療をつなぎ、いのちをつなぐ」をミッションに医師同士がつながる場やサービスを運営。趣味は、温泉・サウナ。
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