つくろう、島の未来

2025年06月25日 水曜日

つくろう、島の未来

島と本土を結ぶ足として欠かすことのできない離島航路。全国的に進む人口減少と船員不足、利用者減少、修繕費や燃料費の高騰などから、定期船の減便や航路維持に不安を抱く声が高まっています。

島々の航路を維持するために、いま何が必要なのでしょうか? 研究者として全国の離島航路を見つめる九州産業大学の行平真也さんと、小型船舶の自律航行など海のDX化に取り組む株式会社エイトノットの木村裕人さんに、リトケイ編集長が話を聞きました。

行平真也
九州産業大学 地域共創学部 地域づくり学科准教授
大分県出身、博士(工学)。大分県職員として8年間の勤務を経て、2017年4月〜2019年3月大島商船高等専門学校で教員を務め、2019年3月より九州産業大学講師、2024年4月より現職。フェリーや離島航路の研究を行う。離島航路関係の委員会や航路改善協議会などの委員として全国の島に関わる。
https://researchmap.jp/masaya-yukihira


木村裕人
株式会社エイトノット代表取締役CEO
カリフォルニア州立大学を卒業後、アップルジャパンを経てデアゴスティーニ・ジャパンでロボティクス事業の責任者を務める。バルミューダでの新規事業立ち上げやフリーランス活動を経て、2021年3月にエイトノットを設立。小型船舶の自律航行の技術開発に取り組む。
https://8kt.jp/


鯨本あつこ
認定NPO法人離島経済新聞社 代表理事・統括編集長
地方誌編集者、経済誌の広告ディレクター等を経て2010年に離島経済新聞社を設立。「島の宝を未来につなぐ」ことを目的に、国内400島余りの有人離島地域の情報発信および地域振興事業を行う。


航路の利用者減少と人手不足。島々が直面する課題

鯨本:
今日は、離島航路の研究を中心に離島振興や地域振興に携わる九州産業大学の行平さんと、小型船舶の自律航行などの技術開発に取り組む株式会社エイトノットの木村さんに、離島航路の課題や航路の維持に向けた取り組みについてお話を伺います。

まずは行平さん、離島航路の研究を始めたきっかけを教えていただけますか。

行平:
大学を卒業後、大分県の職員を経て、2017年に屋代島(山口県周防大島町)にある大島商船高等専門学校の教員となり、フェリーの研究をスタートしました。その後、九州産業大学に移り、離島航路の研究にフィールドを広げ、今に至ります。

鯨本:
離島航路をとりまく社会変化について、現状をどのように捉えていらっしゃいますか。

行平:
各離島航路の事情は、人口規模や本土との距離など地理的条件によっても大きく異なるため、一概には言えないのですが、島々の人口減少により離島航路の利用者が少なくなり、経営が厳しくなっていく傾向にあります。

燃料費高騰や船価や修繕費の高騰も問題ですが、船員不足については全国的に厳しくなるとみています。

極小離島などいくつかの地域では航路の維持が難しくなってきており、このままでは島に住めなくなるのではと危機感を持って見ています。実際に島から集団離島した事例は歴史的にもあり、例えば1969年に八丈小島では集団離島が行われています。

1969年に集団離島し無人島になった八丈小島を臨む八丈島からの風景

鯨本:
離島航路を持続させるには、どうしたらよいのでしょうか。

行平:
離島航路の船員を雇用する際、船が拠点を置く母港が離島側になると、島に居住してもらう必要があるため採用のハードルが高くなります。そこで、下関市の六連島のように母港を本土側に変更して船員を確保する例も増えています。

鯨本:
母港が離島側か本土側か、というのも一般的にはあまり知らない問題でしたが船員確保のためには重要ですね。

下関市内から定期船で約20分の六連島。人口約80人が暮らす島は、母港を本土側に移すことで、船員確保のハードルを下げている

行平:
また、船を小型船舶化させることでコストを削減して収益性を上げるといった取り組みも行われています。

加えて、小型船舶化すると運航するための資格が海技士から小型船舶操縦士になるため、船員確保もしやすくなります。

九州運輸局管内において小型船舶化した事例は6事例ありますが、例えば、五島市の黄島(おうしま)では、定期船を小型船舶に置き換えました。100トン未満の船で運航している小規模な航路は、海域などの条件もありますが、小型船舶へのリプレイス(※1)も検討可能かと思います。

※1 ……新たに船舶を建造して輸送供給力を純増させるのではなく、古い船舶を処分して、その代わりとなる新しい船舶を建造すること(国土交通省海事局)

小型船舶に置き換えた五島市の黄島(おうしま)を行き交う定期船(提供:行平真也)

鯨本:
航路維持のために知っておきたいことがたくさんありますね。行平さんが委員長を務められた調査結果(「2024年度離島航路の現状を踏まえた小型船舶への移行・転換の効果や課題に関する調査研究」)も参考にしたいです。

船員問題のカギ。小型船に取り付ける「自律航行システム」とは

鯨本:
木村さんのエイトノットでは、小型船の自律航行技術を開発されていますが、どんなシステムなのでしょうか。

木村:
「エイトノット AI CAPTAIN」は、小型船舶向けの自律航行プラットフォームです。カーナビ感覚で目的地を選ぶだけで、障害物や他船をセンサーで検出し、AIが航行中の危険を回避して最適なルートを選んで航行し、周辺の状況に応じて自動で着岸します。

既存の小型船に後付けできるのが大きな特長で、新たに船を購入する必要がなく、今ある船を活かせるので、小さな島の航路には相性が良いのではないかと思います。

「エイトノット AI CAPTAIN」では、AI技術で他船や障害物を回避。最適なルートを選び航行する(写真提供:エイトノット)

鯨本:
広島県の大崎上島町で試験運航をされたそうですが、いかがでしたか。

木村:
2021年から実証実験を重ね、2025年1月〜3月、大崎上島町~竹原市間での夜間・早朝の旅客輸送サービスと、生野島への生協ひろしま宅配サービスを実施しました。

物流サービスでは、生活必需品や生鮮食品の配送を通じて住民の生活環境を大きく改善。フェリーの運航がない早朝や夜間の運航については、「夜に仕事が遅くなっても助かり、出張予定も組みやすかった」と島民の方に喜んでいただけました。

本土の事業者さんからも、「島で作業をして本土へ帰るまでの時間にゆとりができて、安心して残業することができた」と好評でした。

AI技術による自動航行システム「エイトノット AI CAPTAIN」を活用したスマート海上バス「ゆき姫」の夜間運航風景。実証期間中は、定期便が運行しない夜10時以降に大崎上島〜本土に移動できる貴重な足として活用された(写真提供:エイトノット)

鯨本:
利用者の反応から、手応えを感じられたようですね。

行平:
実証実験は期間限定になりますが、これが恒久化すれば島での暮らしは大きく変わるでしょう。お盆の時期など、需要が高まる時期に運航できると良いですね。

木村:
恒久化に向けては乗務員2名分の人件費が大きいので、財源確保が課題になりますね。

鯨本:
財源があれば船員確保はできるのでしょうか?

行平:
全国的な船員不足の中では、財源が確保できても船員確保に至らない可能性があるため、別の工夫も必要だと思います。地元の漁師が輪番制で海上タクシーに対応している例もあります。

株式会社わっか(愛媛県今治市)は、エイトノットの自律航行技術を採用することで、「ひとりの船長」でも観光船や海上タクシーとしてできるサービスの幅を増やしている(写真提供:エイトノット)

「陸の船長」が複数の船を安全管理する未来も可能に

鯨本:
東京都「次世代通信技術活用型スタートアップ支援事業(Tokyo NEXT 5G Boosters Project)」の支援を受けてスターリンクマリタイム(※2)を利用した運航試験を行ったそうですが、LTE(※3)と比べていかがでしたか。

※2……米国Space Exploration Technologies社の衛星ブロードバンド「Starlink」による海上高速インターネット通信網
※3……Long Term Evolution(ロングタームエボリューション) の略称。モバイル専用通信規格の1つ

木村:
船舶の自律航行を実装する際、通信網の安定性が課題になります。LTEの場合、利用可能な地域が限定されるため、圏外や電波が繋がりづらくなる離島航路の航行も想定して今回はスターリンクマリタイムの有用性を検証しました。

その結果、通信が高速で安定性も高いことが分かりました。陸上からのリモートモニタリングも可能なので、「陸の船長」が複数の船を安全管理するといったことも可能になります。

陸上から遠隔で船の安全航行をモニタリング。高速通信技術があれば「陸の船長」の活躍も可能(写真提供:エイトノット)

鯨本:
離島航路の維持にはどう貢献するのでしょう?

行平:
高齢化が進んでおり人手の確保が難しい離島では、少人数で広域をカバーできる技術はありがたいですよね。車のカーナビやバックモニターのように、当たり前の技術になっていくといいですよね。

鯨本:
なるほど。自動車ではカーナビはもはや当たり前で、自動運転技術も進められているので、船舶のDX化も進んで然りですね。

木村:
DX化推進の流れで、航路事業者にも技術を評価してもらえたらうれしいですね。人口減少の弊害で競い合いがなくなり、あらゆる現場で技術力が低下していく傾向にあります。これまで人に頼っていた部分をシステムで補うことは、安全性の確保につながります。

航路維持のコストでは、船員費が最も大きいのですが、「エイトノット AI CAPTAIN」とリモートモニタリングを組み合わせれば、大幅なコスト削減が可能です。島々の小さなニーズを集めて一つの事業にすることで、採算性も確保できるのではないかと考えています。

行平:
将来的に、安全な航海に役立つシステムとして定着すれば、導入しやすくなると思います。導入への補助などもあるとありがたいですね。

島々の営みを未来へつなぐ離島航路

鯨本:
離島航路の維持は、島だけの問題ではないですよね。離島地域は日本全体の0.5パーセントの人口で世界6位の広さを誇る排他的経済水域(EEZ)の50パーセントを保全しているので、無人化すれば排他的経済水域が減少する恐れも生じます。

国土保全はもとより、日本が誇る豊かな文化や自然の多様性を未来へつなぐためにも、島々に文化的な営みがあることは重要なので、一緒に考えていきたいです。

広大な日本の海と、多様な文化を守る島々の営みは航路という最重要インフラによって保たれている

行平:
島によって事情が異なるので、DXが役立つ島もあるし、そうでない島もあると思います。課題解決の手段のひとつとして先端技術も活用しながら、離島航路への財政支援をより手厚くするなど、さまざまな施策を組み合わせ、総力戦で航路を維持していく必要がありますね。

木村:
多くの人にとって船は非日常の乗り物というイメージがありますが、海のDX化で船を身近な乗り物に変えていきたい。自律航行は始まったばかりの技術ですが、徐々に移行していくことで社会受容が進むのではないかと思います。

人口減少が進み、離島を数多く抱える日本は、世界で最も早く船の自律航行を実現させられるポテンシャルを持ったフィールドだと思っています。この日本から、グローバル展開を目指していきたいです。

<完>


あらゆる水上モビリティを自律化し、海に道をつくる


エイトノットのホームページでは、水上モビリティ向け自律航行技術の概要や事例を公開しています。


■「次世代通信技術活用型スタートアップ支援事業(Tokyo NEXT 5G Boosters Project)」とは

東京都では、都内スタートアップ企業が、都心部から郊外・山間部、離島を持つ東京というフィールドを活かしながら、世界で通用する競争力を磨き、5Gをはじめとした次世代通信技術を活用した新たなビジネスやイノベーションを創出し、都民のQOL(Quality of life)向上に寄与する有益なサービスを創出するとともに、各スタートアップ企業の企業価値向上を目指しています。

本事業は、東京都と協働して支援を行う事業者を開発プロモーターとして募集・選定し、スタートアップ企業に対し多角的な支援を行います。開発プロモーターは、3ヶ年度にわたり支援先スタートアップ企業等の開発・事業化を促進するため、連携事業者(通信事業者や実証フィールド提供者、研究機関、VC・金融機関等)と連携しながら、資金的、技術的な支援やマッチング支援等を行います。支援先スタートアップ企業は、開発プロモーター等の支援を受けながら、次世代通信技術等を活用した製品・サービスの開発及び事業上市を目指します。

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